第51話 似た者同士?

夫人は、また怒りが1周回ったような笑顔を見せていた。


暗黒微笑……。


そうだ。


この表情を暗黒微笑と名付けよう。


夫人は公爵が天然を発揮していた時より怒っているようだ。


少しだけど、赤い魔力が夫人の体を包んでいるのが見える。


ライカさんが、怒ったり姿を変化させたのが、激しい雷のような雰囲気だとしたら、夫人は内側で炎が燻っている感じだ。


しかも、それがいつ激しい炎に変わるかわからない不安定な状態に見える。


僕がそう判断するのは、夫人が微笑む度、体を包む魔力が大きくなったり小さくなったりしているからだ。


「あ、あの――っ。お母様、師を怒らないで下さいね。私のことを考えて言ってくれたと思いますので……」


魔力は別にしても、見るからにピリついている夫人にハツさんが機嫌を伺いながら声を掛ける。


「優しい子ね。大丈夫ですよ。怒ることはありません。ちょっと意見するだけです」


「ですが、今はその――」


「わかっていますよ。またあとでちゃんとお話しますから」


「わ、わかりました」


ハツさんの言葉を受けて、クオレさんの周囲に漂っていた魔力は霧散した。


やっぱり夫人は違う。


怒っていてもちゃんと自分を持っている感じだ。


娘であるハツさんの言葉をすんなりと受け入れた。


これが母親という感じなんだろうか?


ダメなことはしっかりと注意し、でも自分が間違っていれば素直に受け入れる。


僕には母親という存在がどんな感じなのかわからないけど、これだけははっきりしている。


どうにかして、じいちゃんに夫人の爪の垢を煎じて飲ませたい。


でも、こういう人ほど本気で怒らせると恐いのかも知れない。


じゃあ、僕にはじいちゃんくらいの程よくいい加減な方がいいのかも……。


そんなことを考えていると、クオレさんはいつもの癖で考え込む僕に優しく微笑み。


そして、自己紹介をすると言ったハツさんの手を握ぎった。


「ほらほら、そんなことよりも自己紹介でしょ。公爵家の人間として失礼のないようにしゃんとして下さい」


「はい! お母様」


夫人の後押しを受けたハツさんは、勢いよく席を立ち僕の方に向いた。


椅子が音を鳴らし、印象的な黒髪が揺れる。


「私は三大公爵家の一つ、ジークハルト・シュタイナー公爵の娘。ハツ・シュタイナーと申します。以後お見知りおきを! リズ君!」


元気な挨拶とは真逆の綺麗なお辞儀を披露する。


その格好は冒険者だけど、まるで貴族らしいドレスを着ているように見えるほどだ。


僕はこの整った所作に目を奪われた。


とても先程まで、表情豊かに騒いでいたとは思えない。


貴族の細かなことなんて知りもしないけど、きっと何度も繰り返し練習してきた結果なのだろう。


僕がまじまじと彼女を見つめていると、ハツさんは不思議そうな表情を浮かべ手を差し伸べてきた。


「握手です! 握手しましょう! リズ君!」


ああ、これなら知ってる。


さっきも交わした。


一応、男爵家出身だけど、貴族のイロハは何も知らない。


ハツさんがそんな僕を気遣ってこの慣れ親しんだ挨拶を選んでくれたのかは、わからないけど。


じいちゃんに師事してもらっているなら、もしかしたら僕の事情も聞いているのかも知れない。


だから、僕はその気遣い? に席を立ち応じた。


「では、僕もえーっと。リズ・ヴァートリーと申します。今は祖父と旅をしております。その……一応、男爵家出身のようです」


そう。


僕はまだ両親の顔をすら知らない。


だから、”ようです”。


としか言えない。


それに今後会えるのかもわからない。


自分の病である魔力欠乏症が原因でその手を離され、じいちゃんの元へきたのだから。


僕の発言を受けて楽しく会話をしていたはずのこの場が静まった。


周囲を見るまでもなく、同情する目で見られているに違いない。


気遣ってくれたかも知れないハツさんには、とても申し訳ないことをした。


「リズ・ヴァートリーです。祖父と旅をしながら冒険者をしています」と名乗っていれば良かったのかも知れない。


そうすれば、彼女の気遣いを無碍にすることなく、自分の過去を明らかにすることもなかっただろう。


でも、ここは貴族の家。


それも三大公爵家であるシュタイナー公爵邸の中だ。


僕が貴族ということ名乗らなくても、その内明らかになると思う。


その時を待ち隠し続けても良かったけど、僕やじいちゃんを受け入れてくれているシュタイナー公爵の皆さんには正直に応じるべきだ。


そんな心構えをしているとハツさんが僕の手を勢いよく掴んできた。


「うんうん! 宜しくね! そっかー、それもそうだよね! 師のお孫さんなんだから」


「は、はい。そうだと思います」


「あはは、なんだい? その戸惑った顔は?」


「いえ、なんというかもっと――」


僕が同情されると思っていたと言い掛けた時――。


それで何かを察したように、ハツさんが言葉を発した。


「ああ、同情はしないよ?」


「えっ?!」


「つまり私とリズ君は似た者同士なんだよ!」


「似た者同士? 僕とハツさんが……?」


「そうだよ!」


「は、はぁ……」


でも、一体どこが似ているというのだろうか?


じいちゃんに師事しているから?


それとも冒険者の資格を有しているとか?


それとも貴族っていうこと?


ハツさんは生まれながらに公爵家で育ってきた人。


僕とは似ても似つかない。


じゃあ、なんだろう?


考えていたことを当てられたことが関係しているのかな?


いくら考えてもわからない。


僕がハツさんの勢いと言葉に動揺していると、夫人と公爵が顔見合わせて、暖かい視線を向けてきた。


「うふふ、この子ったら」


「ふっ、いいじゃないか。似た者同士が出会えたんだから」


「あらあら、そんなこと言っちゃって。どうなっても知りませんよ?」


「ん? 仲が良い友達ができるのはいいことだろう?」


「ふふっ! そうですね」


「ああ……そうだ」


あれ? おかしいな。


僕が曖昧で「男爵家のようですなんて」反応しにくい挨拶をしたというのに、ここに居る皆は全く表情を変えていない。


それどころか喜んでいるようだ。


今、手を握っているハツさんは「弟弟子であり、似ている君と私はライバルだ!」なんて言いながら、腕をぶんぶんと振ってくるし。


僕らの隣で、話を続けている公爵とその隣にいる夫人も娘に友達ができたと会話を弾ませている。


それだけじゃなくて、僕らのやり取りを一室の隅で見守っている使用人の皆さんも大袈裟な反応を見せていた。


ライトンさんはハンカチで泣いているのか? 涙を拭い。


その横で先程まで笑いを必死に堪えていたテルーさんは号泣し、鼻水を垂らし始め。


二人の隣で笑い転げていたミーニャさんは、安堵の表情を浮かべていた。


僕が予想外でしかない周囲の反応に戸惑っていると、二人の世界に入り浸っているじいちゃんとライカさんがようやく会話し始めた。

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死んだと思えば大体なんだって出来る! 世界を変えれない僕は自分を変える事にしました。 ほしのしずく @hosinosizuku0723

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