06



アンジェルの誕生日は、城下町も賑わっていた。

国中が彼女の誕生を祝っていた。花が舞い、音楽が奏でられる。城下町は人々の笑顔で溢れかえっていた。

パーティーの支度で侍女たちがかかりきりのため、護衛騎士の出番はない。パーティーホールへのエスコートも父王だ。ずっと働きづめだったのだ。セヴランも今日ぐらいは休んだらいいとアンジェルは思う。

明日からどうしようか。今日、婚約者ないし候補者を決めてしまえば、セヴランをいつ解任してもよくなる。護衛は女性騎士で固めることになるだろう。

それがすぐにでないにしても、別れる前に最後に最大級の感謝を伝えたいものだ。それにしても、自分から護衛騎士の解任を告げられるだろうか。言い出せなくとも、父が頃合いを見計らって外すかもしれない。

明日からの展望が浮かばず、アンジェルはつらつらとそんなことを考える。侍女たちにより、身を清め、磨き上げられ、この日のため精緻な花の刺繍が施されたドレスを纏う。八重の花弁のようなスカートがふわりと広がる。あげられ、高い位置で結わえられた髪は、珍しく腰より上に毛先があった。化粧を施されると大きな瞳の愛らしさが際立ち、花の妖精とみまがうほどだ。

見事な仕上がりに、クラリスたち侍女へ礼をいって労う。彼女たちも満足そうに微笑み返した。

心が定まらなくとも、状況は移り変わってゆく。パーティー開宴の時間がきて、父王が迎えにきてエスコートされる。

刻一刻とセヴランと離れる時期が近付いているのを感じる。歩調を合わせて隣を歩く父は優しく、自分を大事にしてくれていると知っている。目に入れても痛くないほど愛されているというのに、自分も誰かを愛したいと願うのは我儘だ。期限付きとはいえ、それを許してくれた父は本当に愛情深い。


「今年のお願いをまだ聞いていないな。誕生日プレゼントは何がいい? アンジェル」


こうして毎年娘の望むものを、と直接訊いてくれるのだ。だから、アンジェルは屈託のない笑みを返した。


「何も、浮かばないの」


本当に何も浮かばない。これまでは、毎年ひとつは浮かんだというのに。王家の者として定められた未来以外、先がみえなかった。

娘の笑みをどう受け取ったのか、少しばかり眉をさげ、父王は浮かんだらいうように言葉を添えた。

宴の間には周辺国の王侯含め多くの人間がアンジェルの誕生日を祝いにきていた。きっとアンジェルが招待状を送った婚約者候補もいることだろう。父王が開宴を告げ、アンジェルも祝いに訪れてくれた礼を述べる。そんな挨拶の最中にも、アンジェルはある人を探して視線を巡らせる。

職務に真面目なセヴランのことだ。会場の警備など他の業務をしていたりしないだろうか。もしそうなら、一目ぐらい推しの姿を拝みたい。父王から休暇を与えられているであろうというのに、そんなことを思い、つい姿を探してしまう。

招待客を見渡せるよう、階段の踊り場から挨拶をしていたので、アンジェルは人を探しやすい位置にいた。

数多の人の頭がみえる。もちろんストロベリーブロンドの髪の者もいくらかいた。けれど、同じストロベリーブロンドであっても、アンジェルには見分けることができる。彼は清潔感のある身だしなみはするが、自身の容姿を磨こうという意識がないため他の貴族令嬢令息と違い艶やかではないのだ。あの淡く光を反射する髪を香油で磨いたら、神々しいこと間違いないとアンジェルは踏んでいる。

そんな自身を粗雑に扱うことのある彼だから貢ぎたくなるのだと、きっとセヴランは知らないだろう。

ほどなくして、アンジェルのよく知るストロベリーブロンドをみつける。それも、目の前で。階段をおりた先に貴公子姿のセヴランが待っていた。


「どう、して……」


アンジェルは呆然として、彼と向き合う。探していたけれど、本当にいるとも思っていなかった。


「見たいとおっしゃっていたでしょう。ひよこ頭」


流さなければ目にかかるほど長い前髪がずいぶん短くなっていた。


「可愛い……、似合っていないのがとてつもなく可愛いわ……!」


拝めると思っていなかった短髪のセヴランに、アンジェルは感激する。感嘆があとから溢れるのを押さえるために、両手で口元を覆うほどに。聞いた通り確かに似合っていない。けれど、それが大変愛らしく映る。本人も似合わない自覚があるのか気恥ずかしそうで、それがまたいい。

つい反射で推しの供給に反応してしまい、疑問に対する答えになっていないと気付くのが遅れた。これまでの労をねぎらって彼は休暇をもらっていたのではないか。貴族のラザールの養子である以上、臣下として彼にもパーティーに参加する資格はある。しかしながら、彼は常に客ではなく騎士としての立場でいた。だからこそ、アンジェルは驚きを隠せない。

目を白黒させるアンジェルに、セヴランは目元をやわらげ、彼女の前に跪く。


「王女殿下」


姫様と呼ばれないことに、つきり、と胸の痛みを覚える。退任の挨拶をわざわざ彼からされるのか。最後だから、彼が神供給してくれたのだとアンジェルは思った。


「自分は生涯あなたを忘れることがないでしょう。なので、どうか伴侶としてあなたを生涯守る許可をいただけませんか」


だから、最後の挨拶かと思いきや求婚を懇願され、アンジェルの思考は一時停止した。


「ラザールだけでなく、息子のセヴランまで所帯をもたないと言い出すから困ってな。誰なら伴侶にできるのか聞いたら、私の天使アンジェだというではないか」


「はい。陛下の大事にされる殿下を忘れることができません。王女殿下が心を占めている以上、他の女性に二心を持つことなど到底無理です」


「進言に耳を貸していただき、感謝いたします。陛下」


「最愛の姫をどこかの国の者と結ばせたら、その国を知らず贔屓ひいきしてしまうのでは、と懸念するそなたの意見はよく分かる」


騎士団長としてラザールは王女の婚姻について意見をしていた。周辺国と親交を深めるのもいいが、たった一人の王女の婿を優遇しないとは王も言い切れなかった。中立を保つために、国内の者を婿入れさせる選択肢もあってよいというラザールの進言を、王は受け入れた。その進言に親心がなかったかといえば嘘になる。だが、同じ父親である王はその点も含め共感したのだ。


「とはいえ、アンジェルが望めば、の話だ。どうする?」


推しに婚姻を願われているという異常事態を理解するため、アンジェルが固まっている間に、父王が経緯を説明した。つまり、アンジェルの心ひとつで、婚姻相手を選んでもいいと。そして、その選択肢に推しとの結婚もあると。

ようやく理解にいたったアンジェルは、恐れ多さにガタガタと震えだす。


「そんな……、だって、望んではいけないことで……、私は、推しが、セヴランが幸せになってくれれば」


「あなたにフラれれば、自分は少なからず不幸にはなりますね」


「それはいけないわ! 貴方は幸せになるべき人よ!」


推しとの婚姻など禁忌と思っていたアンジェルだが、断るとセヴランが不幸になると聞けば、間髪入れずにその未来を否定した。


「では、お受けいただけるので?」


「うっ、それ、は……」


見上げてくる眼差しから逃れることができず、アンジェルは困惑する。推しの顔を真っ向から拝める機会を棒に振るなど、アンジェルにできる訳がなかった。自分を求めてくれると思わなかったから、顔が熱くて仕方がない。固い彼のことだから、色事に関心を示したらもっと照れたりするのではと想像していたが、予想外に腹をくくると迷わない男だった。そんな彼もカッコいいと惚れ直してしまいそうになる。いや、すでに時遅しだった。

差し出された手の魅力に、アンジェルはあらがえなかった。深呼吸をくり返して、ふるふると震えながら彼の手に、自分の手を重ねた。

そうして、隣立つ父親へ振り向く。


「お父様、本当は……、お願い、あったの。私、ゼヴランがほしいわ」


ずっと、願ってはいけないことだと思っていた。一目惚れして好きだと自覚した瞬間、気持ちを伝えても、気持ちを求めないと決めていた。近くにおけても、手の届かない人だとばかり思っていた。

愛娘の願いに、父王はそうか、と少し寂しそうに微笑んだ。いつかこんな日がくると解っていた。むしろ、十八になるまで、ぞんぶんに愛させてくれた娘は実に親孝行だ。そんな娘の願いならば、叶えてやりたい。

アンジェルは新たな決意を胸に宣言する。


「セヴラン、貴方の幸せが私にあるというのなら、私は精一杯貴方を幸せにするわ」


「ありがたき幸せ」


許可を得たセヴランは、白魚のような手の甲へ唇を落とした。

推しを幸せにするために覚悟を決めたはずのアンジェルは、その触れ合いだけで顔どころか全身を真っ赤にする。一人で立つのも怪しくなるほど動揺を露わにする彼女に、セヴランは愛しさがこみ上げ、抱き上げた。

当然、アンジェルは余計に狼狽する。


「お姫様抱っこなんて、だっ、だめよ、セヴラン!」


「姫様以外の一体誰にお姫様抱っこするんですか」


姫を抱くための名称を王女本人が拒否するとは、奇怪しな話だ。


「推しに触れるなんて、恐れ多すぎるわ……! 供給過多よ!!」


「っふ、もう推しじゃありませんよ。アンジェ」


愛しい人になろうと、推しであることには変わりない。そう主張したいアンジェルであったが、初めてみた彼の笑顔の破壊力と愛称呼びという供給過多に昇天し、気絶したため伝えることができなかった。

期限付きの彼女の推し活は、これから一生涯続くことが確定したのだった。



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王女の推しゴト 玉露 @gyok66

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