第6話 私の今の仕事
「最近また担当受付嬢代えたいって人増えたわねー」
「そうね。私のところにも担当外の冒険者が相談に来るし」
いつもの昼休憩中、どこかで聞いたような話を同僚が話す。
しかし例のごとく、私はその話を知らなかった。
「そうなんですか? 私一度も言われたことありませんけど」
「まあそりゃ、ね」
「相談しに来るのもヴェールの担当冒険者だけだし」
私の担当冒険者が別の受付嬢に相談しに行く。
それはつまり、私の担当が嫌になったということか。
「私、何か嫌われることしてしまったのでしょうか……」
あれだけ言い寄られるのは困ると思っていたのに、避けられるのも普通にショックだった。
しかし避けられているのは本当でも理由は私の思っているようなものではないらしい。
「嫌うというか、好かれる可能性がなくなったからというか……」
「失恋の傷が疼くんだってさ」
失恋というのは告白を拒絶されるか、想い人が他の者と結ばれるか、そのどちらかがないと成立しないだろう。
告白された覚えもないので今回は明らかに後者、つまり私に恋人が出来たという事実が周知されているということだ。
「え? みんな知ってるんですか?」
「そりゃねぇ。うちのNo.1受付嬢の恋愛話となればみんな黙ってないでしょ」
「まあ噂がなくても二人の様子見てれば分かるけどね」
「そんなに分かりやすいものですか……むぅ」
仕事で鍛え上げた笑顔でポーカーフェイスは上手くなったつもりだったが、顔以外に漏れ出てしまうのはどうしようもない。
バレてしまっているのなら隠す必要もないだろうが、担当冒険者が苦しんでいるらしいので可能な限り自重しよう。
「まあでも、しばらくしたら嫌でも担当変わることになりますよ」
「え、何それヴェール受付嬢辞めるの?」
「ちょっとやめてよ。貴女が辞めたら冗談抜きで仕事回らなくなるじゃない」
からかい顔から一転、本気で困ったようにマジレスする二人。
確かに受付嬢の仕事量は多いし、自分も人一倍以上に仕事をしている自覚はある。
「あはは……まあ引き継ぎが落ち着くまでは裏方の事務作業手伝いに来ますから」
「マジ話なのか……」
「あーあ、これで残業増えたら呪うわ……」
「呪うって……私としては祝って欲しいところなんですけど?」
今度は私がからかうように言って見る。
するとクレアは心底驚いたように、リオーネはやっぱりかという納得した表情で返答してくれる。
「祝うって……まさかヴェール?」
「薄々そんな気はしてたけど、やっぱりそういうこと?」
期待に満ちた視線を受け、私は期待に応えるように言葉を返す。
「はい。寿退社です」
◇
受付嬢を辞めて数年の月日が流れた。
私は晴れて結婚して家庭を持った。
と言っても今までのハードワークのせいで専業主婦では暇な時間に耐えられないため、未だに前職の事務作業手伝いをしている。
けれどそれも近いうちに辞めることになるだろう。
詳細な時期については……お腹に授かった新しい生命に聞いてみないと分からない。
かつての同僚達とも仕事場で会うが、その度にやれ仕事が増えただのと愚痴を聞かされている。
それでも彼女たちにも良い出会いがあったようで、私と同じように仕事を辞めてやろうと画策しているらしい。
そして私の夫、リュウセンもまた毎日疲れたようにため息を漏らしている。
「ダメだ……仲間が何を考えているのか分からない……」
私が出した条件に従って彼は仲間を作った。
最初こそ誰にも話しかけられないほどのコミュ力不足を発揮していたが、今では出会いに恵まれ一つのパーティを率いる存在になっている。
「人の心が分かる人なんていませんよ」
「そうなのか? 受付嬢の頃の君には全て見透かされているよう思えたが」
「そう見せていただけです。大事なのは相手を不安にさせないよう気丈に振舞うことですよ」
「そうか……No.1受付嬢と呼ばれていた君がそう言うのなら間違いないのだろう」
「……なーんか、最近意地悪言うようになってきましたね」
「む……仲間の影響かもしれないな」
「なるほど……なら今回は許してあげます」
彼には親しい人間が増えた。
それは彼を助けてくれる存在が増えただけでなく、守るべき存在が増えたということ。
その精神的支柱もまた彼の心を助けてくれるだろう。
それこそが私の望んでいた堅実であり、彼は私の理想の人物像を実現した。
だから私も約束を守る。
私が彼の生活を堅実にする。
人生は変化し続けるものだから絶対の安心なんてものはないけれど。
それでも私は彼の人生を堅実にするために彼に添い遂げる。
「では、行ってくる」
この数年で私の人生も大きく変化した。
でも変わらないものもある。
私のこの性分だけは、多分一生変わらない。
「はいーーーーいってらっしゃい。あなた」
今日も私は笑顔で彼を送り出す。
笑顔で死地へ送り出す、それが受付嬢の仕事。 独身ラルゴ @ralugo
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