第5話 冒険者を導くのも仕事
リュウセンが目を覚ましたのはおよそ3時間後だった。
裂傷や火傷は傷跡として残ったものの、幸いにも致命傷になりえるものはなかった。
あの場面で倒れたのも過労が原因、また数日間に及ぶ無茶な討伐法を実施したのだろう。
起き上がる彼は側にいた私に話しかける。
「…………ここは?」
「ギルドの医務室です」
「そうか……世話をかけてすまない」
謝意を感じられない無愛想な謝罪。
それ自体は今さら気にもならなかったけど、言葉を発する彼を見ていたら無性に腹が立ってきた。
少し怒気を孕ませた声で問いを投げる。
「さて、改めて現状の説明をしていただけますか?」
「……既に分かっているのでは? その……怒っているようだし」
「怒らせるような事をした自覚があるなら、きちんと自分の口から説明すべきでは?」
「む……分かった」
するとしばらく彼は黙りこんだ。
説明のために頭の中で整理しているのか、これ以上私を怒らせまいと言葉をえらんでいるのか、分からないが口下手な彼なりに考えてくれているようだ。
そしてようやく口を開く。
「……討伐に、行っていた」
「どこへ、何を?」
「東の山脈、そこに住まう竜種レントヴルムを……」
それは紛れもなくうちのギルドで唯一張り出している、Sランククエストの討伐対象だった。
「……はぁ」
「と、討伐は成功した。その証明に素材の一部も持って返って来て……」
「結果さえ良ければ問題ないとでも?」
「……すまない」
彼は再度謝る。その謝罪は失言に対してのものだろう。
ならば彼にはまだ謝らなければならないことがあるはずだ。
「なんでそんな無茶するんですか……」
「……無茶ではない。今回はその証明をしたかった」
「盛大に倒れておいてよく言えますね?」
「だが生きている」
「それは……まあ……」
生きている、その言葉を彼はどんな意味を持たせて言ったのか。
そのSランククエストで死人が出ていること? それが私の担当冒険者だったこと? リュウセンはどこまで知っている?
考えても分からないから、また質問する。
「じゃあ、その証明をしたかった理由はなんですか?」
証明をしたいということは、彼は自分という人間を見て、知って欲しかったということ。
証明したい相手は私で、彼は私を好いている。
その理由次第で私の中の彼という存在も形を変えるだろう。
「……堅実な人が好みだと、聞いたことがあった」
ポツリと言葉にする。
顔を背け、気恥ずかしそうに、けれど耳まで真っ赤にして。
そうまでして私に伝えたい言葉を彼は口にする。
「俺は昔からリスクという物が苦手で、確実にこなせることだけをしてきた。こなせるようになるまで実力をつけるようにしてきた」
段々と話すスピードは一定になり、語るほどに彼の物語は想像しやすいものになっていく。
彼の過去が、私の中に流れてくる。
「けれど回りからは低ランククエストを受けることが良く思われなくて、『冒険者なのだからもっと冒険しろ』なんて言われたが、俺には理解できなかった。死に急ぐ奴らの言葉は無責任で、それで俺が死んでも責任は取れないだろうに。だから俺はソロで仕事を続けた」
彼の話には共感できるものがあった。
勝手なことばかり言って、勝手に冒険して、死の責任は誰にも取れないのに誰かを責めたがる。
私が嫌いな人種を、彼もまた同じように嫌っているらしい。
「そんな中、一人だけ俺を否定しないでくれる人がいた。毎日低ランクのクエストを受けても嫌な顔一つせず笑顔を返してくれる存在、それだけが救いだった」
言わずもがな、私のことだろう。
これは多分、リュウセンという男がヴェールという女のどこに惹かれたのかを語っている。それなら彼が話し辛そうなのも頷ける。
「その笑顔も仕事相手に向けるものだろうと思っていたが、どうにも違うように思えてしまった。他の冒険者と接するときはどこか貼り付いた笑顔に見えて、けれど俺が対面するときは安心したように笑ってくれて。この女性も俺と同じなのかもしれないと思った……勘違いだったらすまない」
彼の言う笑顔の違いは、たぶん勘違いなどではない。
私は死に急ぐ冒険者が苦手で、実力に見合っていないクエストは受注しないと決めていた。
けれどどんな人にも笑顔で接することが受付嬢としての仕事だから、笑顔を作り続けた。
そんな中変わらず危険のない仕事を選ぶ彼を前にして、安心して気が緩むこともあったのだろう。
「次第に俺はその笑顔に惹かれて、だがその笑顔は皆に好かれているものだから焦ってしまった。そんな中彼女の好みは堅実な人間だと聞いて、どうすれば堅実さをアピールできるかと考えるようになった」
彼がその女性を好きになった理由は分かった。
だがそれなら何故、彼はSランククエストなどというリスクを求めたのだろう?
その答えも彼は説明してくれる。
「俺がBランクを受け続けているのを彼女は見続けている。だがただ実力に見合ったクエストだと思われていたみたいで、正直不本意だった。Sランクをクリアすれば伝わると思った。俺ならどんなクエストでも堅実にクリアできると」
長い話だった。普段無口の彼からは想像できないほど、今までで一番彼の声を聞き続けた時間だった。
それほど彼はこの話を私に伝えたかったということか。
「俺の想いは、伝わっただろうか」
改めてそう聞いたのは、返事が欲しいからだろう。
自分のできる全てを尽くして、言葉も尽くして、その結果を彼は私に求めている。
どんな結果でも構わないからと、彼は真摯に顔を向ける。
だから私も答える。私の本当の想いを。
「それだけじゃ堅実とは言えません。私の思う堅実にはまだ足りない」
「そうか……ならどうすればいい?」
一瞬落胆仕掛けて、それでも可能性が潰えたわけではないと思ったのかすぐに向き直った。
私はその顔に向けて次の言葉を送る。
「そうですね……まずは仲間を作ってください」
「……仲間なんて不確実な要素、堅実だとは言い難い」
「いいえ、貴方が仲間を助けて堅実なパーティにするんです。それだけの実力を身につければいいだけの話ですよ」
「無茶を言ってくれる……」
「Sランクが無茶でないと言うのならそのくらいやってくれませんと」
私は彼をAランククエストに送り出すことすら不安に思っていた。
それは彼が一人だったから、不測の事態に陥っても助けてくれる仲間は誰もいないから。
そんな不安を残していて堅実などと言えるはずもない。
私の求める堅実は、死の不安を限りなく取り除いてくれる存在だから。
「そうすれば私は貴方を心配する必要がなくなるから、受付嬢の仕事も辞められる」
「受付嬢を、辞める?」
「ええ……そうすれば今度は、貴方の生活を堅実にしてあげられる」
はっきりと言葉にする。いくら不器用で鈍感だったとしても流石に伝わっただろうか?
それは彼の表情を見れば明らかだった。
「それは、つまり……」
「あーもー……わざわざ聞かないでくださいよ。恥ずかしいんですから……」
「……すまない」
伝わったと分かったから、私は改めて羞恥を感じた。
我ながら詩的な言葉を使ってしまったことに恥じて、顔を少し逸らす。
赤く染まっだ顔を直視されないようにして、改めてお願いする。
「だから仲間を作ってください」
「ああ。約束しよう」
これでちゃんとお互いの想いは伝わった。
すれ違うことなく、死に急ぐこともなくなり、誰もリスクを負わずに済む。私ももう心配しなくてよくなる。
これできっと、自然な笑顔を作れるようになる。
これからはきっと、彼が私を笑顔にしてくれる。
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