第4話 私情を持ち込まないのも仕事

 最後に見た彼の呆然とした顔がいつまでも頭から離れず、延々と私にストレスを与え続ける。

 けどこのストレスの原因は彼だけのものじゃない。

 それをストレスに思うようになったのは、私の過去に起因する。

 昼にあの女性から言われた『笑う死神スマイリーパー』という忌み名の元となる過去の話だ。


 時は4年前まで遡る。

 あの頃は受付嬢として歴も浅く、必死に対応していた。

 あの頃は多分ちゃんと笑えてなかった。

 忙しすぎて、笑顔に慣れてなくて、どこか作り物のような笑い方になっていた気がする。

 多すぎる事務作業をこなして、多すぎる担当冒険者の顔と特徴を覚えて、毎日が繁忙期に思えた。

 けどそんな担当冒険者の中でも一際印象の強い人がいた。


「ね、どっかランチにでも行かない?」

「すみません。業務時間中ですので……」


 男の名はレイサム・フルール。彼は毎日のように口説き文句を投げ掛けてきた。

 勿論私は全ての誘いを拒絶した。

 それでも諦めない彼に辟易とする毎日だった。

 けれどそれらの誘いは笑って誤魔化せる程度のものだったからよかった。

 

「このSランククエスト、クリアしたら俺と結婚して欲しい」

「そんな……約束できかねます!」

「いいからいいから、返事はクエスト終わってから聞かせてくれよ。その方がモチベーションも上がるし」

「でもSランクなんて……」

「大丈夫だって。俺なら絶対クリアできるからさ」


 そうやって押しきられ、私は受注してしまった。

 大丈夫という言葉を鵜呑みにして、いつも通り不出来な笑顔で送り出した。

 帰ってきたのはクエスト失敗を綴る書面だけだった。

 パーティーメンバー4人の内3人は重傷で帰還、残り1人のレイサムは死亡。

 言葉にできない重みが心にのし掛かった。


「レイサムのやつ、あの受付嬢にプロポーズする予定だったらしいぜ」

「哀れだよなぁ。振り向いて貰おうとして無茶して、死んだら元も子もないってのに」

 

 Sランククエストの受注なんて滅多にないものだから、噂が広まるのも早かった。

 その噂は私たちの会話の内容も含まれている。

 その噂に対する反応の大半は彼を悼む言葉だった。

 けれどほんの一部、私に対する言葉も聞こえてきた。


「ほらあれだよ……Sランク受注して死亡者出した受付嬢」

「実は実績欲しさで誑かしたとか……?」

「ヒト一人殺しといて平然と笑えるとか悪魔かよ……」


 あることないこと言われて、それでも私は何も言えない。表情にも出せない。

 だから仕事が終わって一人になってから独り言が漏れてしまう。私の本音を漏らしてしまう。

 

「……私のせいかよ」


 一言出てしまえば決壊したダムのように言葉の濁流は押し寄せる。


「勝手に宣言して、勝手に無茶して、勝手に死んで。でも私のためにやったんだから私があの男の死を背負うべきって? ふざけないでよ……誰も頼んでないよ……!」


 噂に流れるのは尾ひれのついた事実だけ。私の本心は噂にしてくれない。

 どうせ本心を語ってもまた悪女のレッテルが増えるだけなのだろうけど。


「強かろうが弱かろうがどうでもいいよ。私は堅実な男の方が好きだよ。頑張った人を労うくらいはするけどさ、愛するかどうかは別でしょ。なんで好きでもないやつの死まで背負わなきゃいけないの?」


 だから本音を言うのは一人のときだけ。

 汚い言葉は今吐き尽くして、明日また綺麗な私を見せつける。


「そんな風に言われるなら、二度と無茶なんてさせてやるか。雑魚には雑魚に似合いのクエストしか受けさせてやらない」


 私は笑顔の作り方ばかり上手くなっていく。


「死にたきゃ勝手に一人で死んでよ……」


 誰より綺麗な笑顔を作って冒険者を送り出す。

 できるだけ死の危険がない安全な死地へ送り出す。

 それが担当受付嬢の仕事だから。







「ヴェール、その……大丈夫?」


 いつも通りの昼休憩、けれどいつもと違って私の前にいる二人は浮かない様子。

 いつも直球でデリカシーのない言葉を投げ掛けるクレアもまた、迷いながら半端な質問をしてきた。


「クレアさん? 何がですか?」

「何がって……なんかちょっと変だし」

「変? 私はいつも通りのつもりですけど……もしかして仕事のミスでもありました?」

「それはないけど……」

「じゃあ問題ありませんね」

 

 何かを心配してくれているようだが、その何かは分からない。

 せめてこれ以上心配させまいと歯切れの悪い彼女にも平静を装って答えた。


「問題ないわけないでしょ」


 どれだけ普通を振る舞っても回りからは異常に見えるらしい。

 もう一人の同僚、リオーネもまた私に問う。


「あれから10日以上経つのにリュウセン氏は一度もギルドに顔を出してない。何があったの?」

「……何もなかったとは言いません。けどリュウセンさんが来なくなったのは返って良いことなのかもしれません」

「どうして?」

「あの人は、Sランククエストを受けるべきじゃないからですよ」

「……そう、担当の貴女がそう言うなら良いけど……」


 それ以上は同僚も口を挟んでこなかった。

 彼女達もまた私の過去を知っている。

 だからこれ以上は踏み込めない。

 私も踏み込ませる気はない。






 

 代わり映えしない無味無臭の毎日。

 少し前までは一人の冒険者に一喜一憂させられていたのにそれもなくなった。

 担当冒険者に適した依頼を進め、受注し、私的な誘いをしてくる者は適当にあしらう。

 なんて退屈な日々だろう。でもこれでいい。

 この仕事に刺激なんていらない。

 選択一つで人の命が左右されるのだから、何も変わらない平穏な日々が一番だ。

 そうすれば取り繕う必要もなくなる。

 私は自然な笑顔を振り撒くことができる。


 でもこの日は違った。

 久々にやってきた一人の男性が私の平穏を乱した。

 ギルドに入ってくるなり注目を浴びる男。

 それは噂の影響もあるが、それ以上に彼の身なりが視線を集めていた。

 ボロボロで血だらけの装備、フラつきながら歩を進め、向かう先には私がいる。

 すぐにでも倒れそうな彼を介護すべきだと思った。

 けれど動けなかった。彼の強い眼差しがそうさせてくれなかった。

 時間をかけて私の目前に立ち、なお無言の彼に私は口を開く。


「……お久し振りです。リュウセンさん」

「ああ」

「その傷は……どうされたのですか?」

「気にしなくていい」


 相変わらずの無愛想。だからこそ彼はいつも通りなのか、それとも返事をする気力すら残っていないのか判断つかない。

 こんなボロボロなのに、治療院すら行かずにギルドへ立ち寄ったのはなぜ?

 用があるのなら、早く用事を済ませてやらないと。


「それで、今日は何の御用で?」

「……一つだけ、報告しておきたかった」

「報告……ですか?」

「例のSランククエスト、廃棄しておいて欲しい。あのクエストは……もう誰もクリアできない」


 息を切らしながら言葉を紡ぐ。すぐにでも休ませてやりたい。

 でもそんなになってまでしたかった報告を、私は正しく理解してやらないといけない。


「それは……どういう意味ですか?」

「意味なんて……ない。標的がいなければ……依頼自体が無効、だろう…………」


 言い残して、彼は意識を失った。

 倒れる巨駆をなんとか私の細腕で支え、必死に声を張る。


「リュウセンさん! 誰か担架を!」


 彼が言い残したのはSランククエストの破棄依頼。

 ボロボロの身体と、いつもクエスト達成の証を入れていた麻袋。

 考えずともその答えを予測するのは容易だ。

 リュウセンはギルドを介さず個人的にSランククエストに挑み、標的を討伐して生還したのだろう。

 呆れ果てながらも、私は彼の医務室行きに付き添った。

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