第3話 笑顔を作るのも仕事

「あ、仕事中に男たらし込んでたヴェールさんだ」

「おデートのお誘い、上手くいって良かったわね」

「ぐぅっ……」


 理由は違えどやってることは大差ないので言い返せなかった。

 やはりこの二人の耳にも届いているか……。


「凄い噂になってたよ。人気No.1受付嬢の意中の相手ーとかなんとか」

「いっそ殺してください……」

「物騒なこと言わないの。どうせ誘ったのもリュウセン氏を説得するためなんでしょ」

「……リオーネさんは流石に分かりますか」

「事情も知ってるしね、ヴェールなら公私の区別くらいするでしょ?」


 自分のことを理解してくれる同僚の存在に少しだけ救われた気がした。

 

「……Sランククエストを諦めさせるにもまず理由を聞かないといけませんから。でもギルドでは話してくれそうになかったので場所を変えようかと」

「話してくれるまで帰しませんみたいな?」

「朝までコースですか! ひゅー大胆!」

「違っ! 私的な話なら仕事場よりプライベートの方が話しやすいと思っただけです!」

「ベッドの上の方が口も軽くなるしねー。あ、下の口が緩まるのは女だけか」

「ただの食事ですって!!」

「はいはいどうどう。クレアも弄りすぎよ」

「ごめんごめん。ヴェールが可愛くってつい」


 息荒く思わず食いかかるように否定してしまい、リオーネに制止される。

 クレアもふざけているだけと理解してはいるがどうも我慢できなくなる。このお堅い性格をなんとかしないと後の話し合いに響きそうだ。

 せめて冷静に、取り乱すことだけは絶対にないようにしないと。







「ヴェールちゃん。この後お茶どう?」

「水分補給は間に合ってますので」

「えーあの男はいいのに俺はダメ?」

「あなたも十分魅力的ですよ。きっと他に良い出会いがありますから」

「ちぇー。ああいうのが好みなのかー趣味悪いなぁ」


 あれ以来言い寄って来る男性冒険者が増えた。

 そして断る度に噂されるのは私とリュウセンの関係について

 全くの誤解とはいえ、ここで言い返してもムキになっていると思われるだけ。

 それならただ冷淡に、誰に何を言われても私は受付嬢として対応するだけ。

 そして近づいてきたのは女性冒険者、言い寄って来ることはないだろうと少し安心した。


「こんにちは。今日はどんな御用で……」

「こんにちは。笑う死神スマイリーパーさん」

「――――」


 冷や水をかけられたかと思うほどの悪寒を感じた。

 彼女が呼んだその名前は、過去に聞き覚えのある忌み名だったから。


「冒険者を笑顔で死地へ送り出すなんて、まさに死神の所業よね。ピッタリすぎて私もつい笑っちゃう」

「……何の御用ですか?」

「いやね、最近貴女がまた新しい男誑かして無茶させてるって聞いたものだから」


 彼女が言っているのはリュウセンのことだろう。

 確かにAランククエストのソロ攻略が無茶というのは同意だが、噂しか知らないような輩に指摘される謂れはない。


「そんな事実は存じ上げません。私はただ危険に配慮しつつ、それを踏まえた上で本人の希望を尊重してクエストを受注しているだけですので」

「じゃあ何でレイサムは死んだの?」

「……」

「貴女が口説いて彼に無茶なクエストを受けさせたんじゃない」


 矢継ぎ早にされる糾弾。

 ダメだ、取り乱してはいけない。

 こういうときこそ冷静に、受付嬢としての対応を心がけないと。

 

「そんなつもりはありませんでしたが、私の行動で不快にさせてしまったのならお詫びします」

「いらないわよ。詫びるくらいなら彼を返して」

「……不可能です。故人が帰ってくることはありません」


 彼女も無理難題と分かっていながら要求したのだろう。

 故人が帰ってくることはない。

 当然の答えだけれど、私の反応が気にくわなかったのか彼女は激昂した。


「何よその態度……返しなさいよ! 彼を、私のものだった頃の彼を!!」

「ちょっ、と……やめて……」

「おい、何してる!」

「離しなさい!」


 掴みかかってきた女性を警備兵が囲み拘束した。

 それでもなお、彼女は訴えをやめない。


「人殺し! あんたなんかが受付嬢やってるから冒険者も死ぬのよ!」


 根拠のない暴論、そう吐き捨てることもできた。

 けれど私の心には重く響いた。私の過去は、その言葉を否定させてくれなかった。

 その後女性がギルド外へ連れ出された。

 入れ替わるように、一人の男がギルドに入ってきた。

 静寂の中、男は私の前まで近づき口を開く。


「クエスト完了したのだが……出直すか?」

「……その必要はありませんよ。お帰りなさいリュウセンさん」


 どんな時も、どんな人にも平等に笑顔で接する。

 それが受付嬢の仕事だ。







「お昼はすみませんでした。私のせいでギルドの雰囲気を悪くさせてしまって」

「いや、構わない」

「それでは改めて、Aランククエスト3つ目のクリアおめでとうございます」

「ありがとう」


 傾けたグラスを触れさせて音を鳴らす。

 私達は約束通り、リュウセンと二人でディナーに来ていた。

 とはいえ大して仲が良い訳でもなく、寡黙な彼との食事は静かだった。

 これは私が話しかけるまで会話が始まることはなさそうだ。


「そういえばリュウセンさん」

「何だ?」

「ソロでAランククエストってどんな風に攻略してるんですか? いつも数日間かけてるみたいですけど」

「? 大して面白い話でもないが、何故そんなことを聞く?」

「他の冒険者の方へアドバイスするときの参考にしたいんです」

「なるほど……では話そう」


 それからの彼は想像以上に饒舌になった。

 いつも無口だから話すのが苦手かと思っていたが、単に自己主張が少ないだけで質問に対しては事細かに説明してくれるらしい。

 私も相槌を打って話に花を咲かせた。

 彼の話は食事が終わる頃まで続いた。


「3件目のスナクジラはとにかく警戒心が強くてな……油断するまで待っていたら時間が掛かりすぎてしまった」

「それで4日も寝ずに観察し続けるなんて、他の人にはとても真似できなさそうですね」

「そうなのか? まあ話はそんなところだが……参考になっただろうか」

「はい。貴重なお話ありがとうございました」

「それで食事も終わりみたいだが……今日は解散でいいのか?」


 話が盛り上がりすぎて目的を達する前に終わりの時間が来てしまっていた。

(できれば話の中でさりげなく聞きたかったけど、こうなっては仕方ありませんね……)

 私は駆け引きなしの直球勝負で聞くことを決意した。


「最後に一つ、質問していいですか?」

「構わないが」

「では、何故Sランククエストを受けたいのですか?」

「……食事に誘ってきたのもそれが聞きたかったからか?」

「はい」

「それは……答えないと受注して貰えないということか?」


 その質問に対して、今回の目的を果たしたいのなら肯定すべきなのだろう。

 けれど私個人としては、それはしたくなかった。

 ただなんとなく、この人に職権乱用するような人間だと思われたくなくて。


「いえ、個人的な質問です。関係ない部外者は黙っていろと言うのであれば私は淡々と職務を全うするだけです」

「そう……か……」


 彼はしばらく沈黙した。

 だがその沈黙は答えないという頑とした態度ではなく、何かに迷っている様子だった。

 やがて迷いを振り払うように彼は顔をあげた。


「分かった。話そう」

「……あの、本当に無理に聞こうとは思ってませんよ?」

「いや聞いて欲しい。この話に関しては君も当事者だ」

「当事者? 私が?」


 訳が分からず聞き返すと彼は一呼吸置いた。

 まるで言葉にすること自体に勇気が必要な様子。

 彼は一体何を言おうとしているのか、聞き漏らさないよう耳を澄ませた。


「……アプローチのつもりだった」

「…………は?」


 聞いても理解できなかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。

 きっと私の理解力に彼の思考回路を読み解く力がないだけだと、そう思いたかったのかもしれない。


「俺は不器用だから……受付嬢の君にこの気持ちをどう伝えれば良いのか分からなかった。せめて高ランクのクエストをクリアすれば少なからず好印象になると思って……」


 細かに説明され、改めて理解する。やはり認識を間違えてはいなかった。

 彼は私に愛を伝えるために高ランクのクエストに挑むのだと言っている。

 ならば私は……彼に幻滅しなくてはならない。


「その……どうだろうか?」

「どうか……ですって?」


 私は震える手を押さえるように、力一杯机に叩きつけた。

 バンッ! という音がフロアに響く。周囲の客が私に注目する。

 けれど私は目を逸らさない。私の意思を彼に伝えるために。


「そんな言葉、貴方の口から聞きたくなかった……! ……さよなら」


 溢れそうになる涙を堪えて席を立ち上がる。

 多めの金銭を机に残し、逃げるように彼の前を立ち去った。

 私はこの日初めて、笑顔以外の表情で彼に別れを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る