第2話 無鉄砲な冒険者を説得するのも仕事
3日後、彼は帰ってきた。
「オオヌマヘビの皮だ。依頼達成だな?」
「あ、はい……」
汚れの目立つ格好だが、大怪我などは無いらしくひとまず安心する。
その後じわじわと驚嘆が押し寄せてきた。
(本当にソロでAランククエストを……ちゃんと強い人だったんだ)
AランククエストとなればAランク冒険者4人のパーティで挑むのがセオリーだ。
それをソロでクリアするとは……流石と言わざるを得ない。
しかし次の言葉に私はまた慌てさせられる。
「じゃあ次の依頼だ」
「いやちょ、ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「なんだじゃないですよ! そんなボロボロな人に行かせられる訳ないじゃないですか」
「問題ない。ポーションは飲んだ」
「ポーションで疲労は回復しません!」
「だが……」
どうしてもすぐに出発したがる男冒険者。
しかし危険なクエストから帰ってきているのだからどこか不調がある可能性が高い。
万全でないのにまた自ら危険へ足を踏み込むなんて許せるわけがない。
「3日間休養! それまで絶対クエスト受注しませんから!」
「……承知した」
「鍛練とかもダメですよ。疲れが取れていなさそうだったら受注禁止期間伸ばしますから」
「むぅ……」
「分 か り ま し た ね?」
「わ、分かった……」
「それならよろしい。遅れましたが、クエストお疲れ様でした」
最後に労いの言葉で見送る。
この調子だと次に会うのは3日後の朝一か。
不安に思いながらも、私は見守るしかない。その分注意深く見張ることにした。
◇
「やるわねリュウセン氏」
「雑魚狩り脱却かー、意外とイケメンだしありかも……」
今回の一件で同僚二人のリュウセンへの評価も変わったらしい。
実績を出した途端に手のひら返し、当然のことかもしれないがつい小言を言いたくなる。
「不謹慎ですよクレアさん」
「そうよ、ヴェールのお気に入りに手を出したらダメ」
「おっといけねぇ。お嬢の逆鱗に触れるところだった」
「だから!」
「まあまあ怒りなさんな。可愛いお顔が台無しですぜ」
「誰のせいですかまったく……」
あくまで私を恋す乙女に仕立て上げたいらしい。
茶化されるのはあまり慣れていないから困りものだ。
「それで残りAクエ2つだっけ? 案外行けちゃうかもね」
「さあ? どうですかね」
「あれ、上手くいってほしくない感じ?」
「そうは言ってませんよ。失敗して欲しいなんて口が裂けても言えませんし」
クエスト失敗なんて、受付嬢としては実力に見合わない依頼を受理してしまったことになるのだから嬉しいはずがない。
ただそれだけの意味で答えたつもりだったが、別の意味でも捉えられてしまった。
「あー確かに、Aの失敗って死んじゃうことの方が多いし。あれ? でも成功してもSランククエストに行くってことはいずれ……」
「クレア!」
「あっ……ごめんヴェール……」
リオーネに咎められて自分の無神経な言葉に気づいたらしいクレア。
でも謝る必要はない、私だって同じことを思っていたから。
思っていたからこそ、止めないといけないんだ
「いえ大丈夫です……絶対にそうはさせませんよ。担当受付嬢として」
冒険者の無茶な考えを改めさせる。
その説得も受付嬢の仕事だから。
◇
「こんにちはリュウセンさん。しっかり休めましたか?」
「ああ。準備は万全だ」
「つまり今日受けるクエストは……」
「Aランク、2つ目だ」
予想できていたが、心のどこかで思い直すことを期待している自分がいる。
それだけ彼の決意は固いか。
「どうしてそこまでSランククエストを受けたいのですか?」
「それは……今は言えん」
今は、というのはどういう意味だろう?
しかし口の硬そうな彼が言えないと言うならこれ以上追及しても無駄か。
「分かりました」
「言わないとクエストを受けさせて貰えないのだろうか?」
「いえ? どんな理由でも関係ありません。余程の人格破綻者でなければクエスト受注の条件は実力が伴っているか、その一点だけです」
「そうか、助かる」
そう、あくまで彼の動機は関係ない。
私が危険視しているのはソロ冒険者がSランククエストに挑もうとしている部分なのだから。
「では行ってくる」
「お気をつけて、いってらっしゃい」
実力が伴っているのなら、大手を振って送り出すことができるから。
◇
「あらら、今日もお嬢はご機嫌ななめですなぁ」
「Aランククエスト2つ目、クリアしたそうね」
「しかもタイデンヒグマの討伐。もう雑魚狩りなんて言う人もいないだろうね」
送り出してから数日後、彼は無事帰還した。
汚れた格好ながらポーションで治せない程の大ケガもないらしく、彼の実力は本物だと思わざるをえなかった。
今は例のごとく3日の休暇を与えたところだ。
「担当受付嬢としては一緒に喜んであげるべきなのでしょうけど……」
「まあリュウセン氏の目標を知っている以上難しい話ね」
彼の目標はSランククエストに挑むこと。
敢えて危険な道へ進もうとしている人を応援するなんて気軽にはできない。
だからこそ全員が同じ疑問を持ち、クレアがそれを口にした。
「でもなんでそんなにSランク受けたいんだろ」
「報酬目当てとか?」
「様子からしてお金とか即物的な感じじゃなかったんですよね」
「でも教えてもらえなかったんでしょ?」
「はい……」
本人に聞いても「今は言えん」とのこと。
受付嬢としてはどこまでをクエスト受注の判断材料にし、またどこまでプライバシーを尊重すべきなのか。非常に難しい問題に直面していると思う。
「もし条件達成したらヴェールはどうするの?」
「そうですね……やっぱり私が言い出したことですから素直にSランククエストを受注するしかありませんよね……」
実際リュウセンに実力があることはAランククエスト2件のクリアで十分に分かった。
そもそもSランククエスト受注に明確な条件がない以上、実力者の受注拒否なんてできるはずがない。
しかし冒険者の無茶を止めるのが受付嬢なのだから、私の判断も間違いではないはず。
「でも最後まで説得を止める気もありません。次が終わったら一度きちんと話してみようと思います」
◇
「3つ目を受けに来た」
約束の休止期間明け、当然のようにリュウセンは来た。
これをクリアすれば私が出した条件を達成してしまう。
だから私も次の手を打つ必要がある。
「リュウセンさん。一つお願いがあります」
「……まさかクエストを受けるなと言いたいのか?」
「全然違いますよ。リュウセンさんがAランクをソロクリアできる実力者だということは十分に分かりましたから」
「じゃあなんだ?」
男から威圧感を感じる。それは彼の強者としてのオーラなのか、それともただ大柄で無愛想な男性だからか。
分からないけど私は言葉に詰まる。
でも言うぞ、今更尻込みなんてしていられない。
「このクエスト終わったらどこか食事に行きませんか?」
「……む?」
彼は明らかに疑問符を浮かべている。
突然誘われたらそうなるのも無理ないか。
それにしても冒険者を誘惑するなんて、受付嬢として恥ずべき行為だと思っていたから今にも逃げ出したい気分だ。
それでも自分で立てた計画だから、やるしかない。
「……俺と君の二人で? 何故?」
「ダメ……ですか?」
以前同僚から教えてもらった「ヴェールみたいな可愛い子から上目遣いで誘われたら男なんてイチコロよ!」を実践してみた。
(あこれ自分に余程自信がないとやっちゃダメなやつですね。客観視すると死にたくなる……)
人気とか可愛いとか言われても自分じゃよく分からない。だからこんな媚びた台詞、自分からすればただの恥さらしだ。
顔を暑くさせながら注意を逸らすと、いつの間にか付近の冒険者にも注目されていた。
「おい、あいつヴェールさんに誘われてるぞ。何者だ……?」
「羨ま死刑……」
「絶許……」
回りの反応を見るに同僚の評価も丸っきり嘘でもないのか。いやそれでも恥ずかしいことには変わりないのだが。
さてかなりの代償を払うことになったが、その結果はいかに……?
「……じゃあ、クエストが終わったら」
よし! と心の中でガッツポーズする反面、私なにやってるんだろう……と少し落ち込んだ。
ともあれ作戦第一段階成功だ。
「ありがとうございます」
「では行ってくる」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃい」
残りは彼が無事クエストから帰還することを祈るだけだが、今までの様子からしてそれほど心配する必要もないのだろう。
これで彼との話し合いの席は得られた。
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