笑顔で死地へ送り出す、それが受付嬢の仕事。

独身ラルゴ

第1話 ソロ冒険者を心配するのも仕事

 冒険者は掲示板を見てクエストを選ぶ。

 自分の実力に見合った階級のクエストを選ぶ。

 けどたまに、背伸びして無茶なクエストを選ぶ人もいる。

 そんな人のためにあるのが『担当受付嬢』という制度。

 受付嬢が担当冒険者の実力を把握することで、実力に見合ったクエストか確認するためのものだ。

 そして私、ヴェール・シエスタも受付嬢の一人。

 私の仕事は冒険者が決めたクエストを確認して受注し……。


「クエスト受注完了です。くれぐれもお気をつけて、いってらっしゃい」


 笑顔で冒険者を送り出すことだ。







「はーもううんざり」


 お昼休憩、同僚二人と机を囲み昼食をとる。

 のだが、一人が早々に項垂れていた。


「どうしたのクレア?」

「私の担当冒険者が口々に言うのよ……『担当変更できたらなぁ』って、それ本人の前で言う?」

「あー私もたまに言われるわ。で言い返す。『ここそう言うお店じゃないんで!』って」


 やけ食いの如くフォークを口に運ぶ。

 愚痴はこぼすが食事はこぼさない、器用な同僚達だ。

 私は不器用なのでキチンと飲み込んだのちに、純粋に質問する。


「そうなんですか? 私一度も言われたことありませんけど」

「「…………はぁぁぁ」」

「え、え? なんですか揃って?」


 示し会わせたように大きなため息を吐く二人。

 何に呆れられているのか分からず戸惑っていると、渋々答えを教えてくれた。


「そりゃ原因のあんたは言われるわけないわよ」

「担当変更したいって言うやつのほとんどはあなたを指名したいのよ。ヴェール」

「ええ……なんで私なんか?」

「こいつ嫌みか? 当て付けなのか?」

「落ち着きなさい天然よ。天然だからモテるのよこの子」

「そうだった……」


 口々に私への誹謗中傷を投げ掛ける。

 言葉自体は褒め言葉ばかりなので反論するつもりもないが。


「お二人はモテたいのですか?」

「そりゃそうよ! だって受付嬢なんて上級冒険者との出会いがあるからする仕事じゃない! ね、リオーネ!」

「いや同意を求められてもね、クレアほど願望強くないし。……まあ私も羨ましいとは思うけど」

「私は代わってあげたいくらいです……興味ない人に言い寄られても迷惑ですし」

「やっぱり嫌みよねこれ」

「今のは流石に嫌みね」

「えっと……ごめんなさい?」


 何を言っても理解されず嫌みと取られるので謝る他なかった。

 するとリオーネが顔色を変えて私に聞いてきた。


「逆にヴェールって気になる人とかいないの?」

「それね、私も興味ある」

「気になる人……あ」

「え? いるの!?」

「あのヴェールにも春が……!」

「いえ、そういうのじゃなく本当に気になってるだけで……」


 先程までガツガツと食べていた食事も今はそっちのけで私にガツガツ迫ってくる二人。

 うっかり声を漏らしたことに激しく後悔する。


「それでそれで? お相手は?」

「金髪剣士のライゼさん? それとも赤髪武術家のレンツさん? それとも……」

「それはクレアが気になってる人でしょ? 例に漏れずAランク冒険者だし、ヴェールは階級とか興味ないでしょ」

「あ、私が気になっているのもAランク冒険者の方ですよ?」

「ほらぁー! やっぱり女はみんな上級冒険者が好きなのよ!」

「だから好きとかじゃなくて……」

「で、その好きじゃないけど気になってる人は誰なの?」

「えっと……リュウセンさんって方で……」

「「……え?」」


 私が控えめな声で一人の冒険者の名前を上げると、また二人の顔が変わる。

 さっきまでは興味津々の明るい顔だったが、今は心なしか暗く見える。


「リュウセンって……あの?」

「知ってるんですか?」

「悪い意味で有名だからね……A級に上がって1年以上経つのに未だにBランク以下のクエストしか受けない、通称『雑魚狩りリュウセン』」


 その蔑称は私も聞いたことがある。

 けどそういう評価の仕方が私は嫌いだ。

 A級冒険者でも確実にクリアできるクエストを選ぶ、その姿勢はすぐに無茶しようとする冒険者よりよっぽど好感を持てる。


「それは失礼ですよ。あの人はソロ冒険者だから自分の身の丈に合ったクエストを受けてるだけです」

「ほうほう。うちのお嬢の心を射止めたのはその堅実な性格でしたか」

「だから好きとかじゃなくて! 私が気になってたのは……その、最近妙な質問をしてくるんです」

「? 妙な質問というと?」


 私は彼とのやり取りを思い出しながら同僚達に話した。彼の不思議な言動について。


「うちで貼り出してるSランククエストについて聞いてくるんです」

「Sランクって、あの1件しかないやつ?」

「そんなの聞いてどうするの?」

「クエストの内容を聞くってことは、やっぱり受けるつもりなんですかね?」


 あまり考えないようにしていた可能性を提示する。

 しかし同僚達は勢いよく首を横に振った。


「いや、流石にありえないでしょ」

「うん。ソロでSランクとか無謀すぎるし、それもAランクすら受けないチキン野郎でしょ? ないない」

「で、ですよね! 私変に警戒しちゃって」


 かなりの物言いだったが、私も大方同意見なので今回は見逃そう。

 自分の予想は思い違いということにしたかったから。


「警戒する必要ないって。第一そんな無謀なこと言ってもヴェールは止めるでしょ?」

「……そうですね。だって、それが担当受付嬢の仕事ですから」


 担当受付嬢の仕事はクエストの受注管理。

 冒険者の実力を把握し、それに見合ったクエストか判断することだ。







「Sランククエストを受けたい」


(来ちゃいました……ありえない要望)

 先日の同僚との会話を遠い目で想起して、すぐに目を覚まし彼に向き直る。


「リュウセンさん、それは許可できません」

「何故だ?」

「何故って、それは実力が伴っていないからです」

「見ていないのに何故実力が分かる?」

「見てませんけど……そもそも実績すらない人の実力なんて分かるわけないじゃないですか!」


 私達の口論が周囲の注目を集める。

 普段からチラチラ見てくる冒険者だけでなく、受付嬢ですらコチラを見ている。

 それだけ私が声を荒げるのが珍しいのか? しかし気にしている場合でもない。


「リュウセンさんAランクすら受けたことないじゃないでしょう。だからいきなりSランクなんて絶対ダメです」

「ではいくつこなせばいい?」

「へ?」


 私は正論でこの男を黙らせるつもりだった。

 しかしその男は普段の様子からは予想できないような返答をしてくる。


「Aランククエストを受ける。いくつこなせばSランクを受けさせてもらえる?」

「そ、そういう問題ではありません!」

「ではどうすれば受けさせてもらえる?」


 何を言っても引いてくれない大男。

(いつもは口数少ないから分からなかったけど、こういう人だったんだ……)

 クールな人だと思っていたのにまさかこんな強情な一面があるなんて思いもしなかった。


「……分かりました。ではまず3件、Aランククエストを受けてください」

「そうすればSランクを……」

「受注するかどうかは別の話です。まずあなたの実力を見なければ話にすらなりませんから」

「そうか……」


 しょんぼりする男、ちょっと可哀想にも思うが同情してはいけない。彼が死なないための措置なのだから。


「ただ簡単そうにこなすと言っていますがAランククエストだって危険なんです。特にソロ冒険者なんてもっての他、お仲間を募ってみてはどうですか?」

「いらない。一人の方が楽だ」 

「危険にさらされても助けてくれる人がいないんですよ?」

「分かっている、対策は万全にする。二日待ってくれ」


 そう言い残して去っていった。

 無口で堅実なソロ冒険者だと思っていたが、今の一時で評価がガラッと変わった。

 無愛想で頑固、その性格ゆえ仲間を作らない。

珍しいタイプだが彼もまた面倒な冒険者の一人だった。

 そして数日後。


「準備が整った」

「本当にソロでAランククエストに行くつもりなんですね?」

「本当だ」

「無茶ですよ……」

「それは俺が決めることだ」


 それは己に自信があるのか、ただ意固地になっているのか無愛想ゆえに判断が難しい。

 しかし厳しく制限しすぎてストレスを与えるのもクエスト失敗の要因になりかねない。

 冒険者のケアも受付嬢の仕事、彼もA級冒険者なのだからクエストでのリスクマネジメントくらいできるはず。ならそれを信用してあげるべきか。

 

「絶対に、危なくなったら撤退するんですよ!」

「分かった。では行ってくる」


 その行ってくるという言葉、どれだけ望んでいなくとも私は笑ってこう言うしかない。


「……行ってらっしゃい」

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