終章 はじまり/プロローグ
「僕からもいいですか?」
「いいよ」
「
僕は英傑の眼を視て言う。
うーん。と喉を鳴らしながら英傑さんは頬を掻いた。
「言わんとすることは、わかる。この際だから話そう――」
そう言うと、すべてを話してくれた。
まず、教師と刑事。これはやはり〈物語運営委員〉による命令で動いていたらしい。英傑さんは
そして、原良はらら先輩も役者だった。
これは偶然そうなってしまったことらしく。前から天宮剣一が情報を洩らしていた疑いがあったが、その証拠はみつからなかった。事情聴取により原良先輩の証言が得られるまでは。そこで木海月刑事として
英傑さんが藍乃宅へ侵入した件だが、以前話した通りらしい。
茨咲さんと原良先輩から僕の行方を訊き、電話をする。まったく出る気配のなかったため、僕が事前に話していた通りに事が進んでいると察する。藍乃宅に到着した頃、僕はスパナを持った巴メに殴られ、血が床に付着。おそらく、巴メがスパナを持って移動した際にカーテンが少し開き、その隙間から確認してヤバいと思った英傑さんは不法侵入に乗り出した。
すべて裏で手を引いていたのは〈物語運営委員〉。
しかし、行動して結果を得ることができなければ、助言も手助けもしない。
行動しない者は物語には選ばれない、果敢に挑まない者には主人公は務まらない。
僕はやはり、恵まれていたのかもしれない。
「――ご理解、いただけたかな?」
「なんか、英傑さんって凄いんですね」
「んー。どっちらかってと、凄いのは〈物語運営委員〉だね。なんせ私立英雄譚高校と物語特別対策部ものがたりとくべつたいさくぶの一陣に俺を送り込むくらいだから、よっぽどだよ」
「でもふたつの仕事を両立させる英傑さんも、やっぱり凄いです」
「面と向かって言われると照れるな・・・・・・」
英傑さんは唇を尖らせると、頭をポリポリと掻きむしった。
「ただな、『英傑』と呼ぶな。その名はもう死んだし、その存在は消えた。もう誰も、英傑は知らない。いいな?」
少し強い口調で英傑さんは言う。
僕は少し外を眺め、再び正面を見据える。
「かもしれません。でも、僕の知っている乃手坂白雲も、木海月真実も――二人とも英傑さんなんです。藍乃英雄のお兄ちゃんで、英雄にとってたった一人だけの兄妹。幾つもの名前があるかもしれませんが、僕の知るあなたは、英雄の兄である英傑なんです」
僕は一直線に英傑さんの眼を捉えて話す。
どんな顔であれ、姿であれ、名前であれ、英傑は死んではいない。勿論、消したい気持ちを否定しているわけじゃない。ただ、消すには勿体ないだけ。だって英雄のたった一人のお兄ちゃんが消えるなんて、そんなの寂しいじゃないか。
どうせなら僕は、英雄の兄、英傑と呼ぶ。
それは多分、英雄も望んでいることだ。
・・・・・・そうだと僕は知っているから。
「まったく。英雄も兎音くんも、似たり寄ったりだ」
「そりゃあ、幼馴染ですから」
「ふっ、お互いのことを理解し合っている人間を親友と言うが、他にも言葉があるんだ」
「何ですか?」
「相棒さ。俺じゃ君とは役不足だったらしい。これにて凸凹相棒おうとつバディは解散だな」
「悲しいです」
「・・・・・・時々夢想するが、君と英雄はいいパートナーになれたと思うよ」
「恥ずかしいですよ。英雄と僕とじゃあ、住んでいる世界が違いすぎる」
「でも君は今や主人公だ。胸を張ってもいいんじゃないか?」
僕は何も言い返せず、顔を伏せる。
英傑さんはその様子を見て――きっとニヤニヤしていただろうな。
「そんなそっくりさんには、これをプレゼントしよう」
話すと、英傑さんはポケットの中からUSBメモリを取り出し、テーブルの上に置いた。
USBはどこにでもありそうな品だった。表と裏に色褪せたシールが貼られており、空いたスペースには擦り切れた文字で〈遺言〉と書かれてある。
僕はそれを受け取り、頭を下げる。
「いいって。元々そういう約束だったし、それに渡すとしたら君がいいと思っていた」
「ありがとうございます」
「いいよ。それは君が行動した結果についてきた――いわば、英雄からの贈り物だ。さて、それじゃあお開きとしよう。俺の部下が君を家まで送り届ける。後日、改めて物語の主人公に選ばれた旨の連絡をさせてもらうよ」
僕は無言で頷き、手に持ったUSBを握り締める。
「それとだ。英傑とその他諸々の名前以外の名前。俺の本名を教えよう――」
英傑さんは教えてくれた。
名は、河岸木照乃かしぎてるの。
彼にとって、この名が新たな人生への岐路なのだろう。
僕は再びお礼を言って、外へ出る姿を見届けた。
今までが英雄の物語――始まらずとも結末を迎えた物語
そしてこの物語は――ただそこにあって拾われただけの物語
*
『ちゃんと映ってるかな? ・・・・・・あ、RECってあるね。ううんっ。これを観ている人へ。あたしは私立英雄譚高等学校に在学しています、藍乃英雄です。今回、あたしは自殺することは決意しました。赤裸々に告白すれば、自殺を考えたのは今回が初めてじゃない。でも、もう耐えられなくて。何もかもが嫌になって、辛くなって、生きている意味みたいなものを失って・・・・・・。こうなるくらいなら、主人公を目指すんじゃなかったって。
やっぱり、物語そのものが狂っていたんだって思った。
だから、あたしが自殺するのは誰かのせいなんかじゃない。
あたしに夢を与えて、進むべきレールを敷いた人でも。あたしの夢を応援して指導してくれた人でも。切磋琢磨してお互いに高めあった人でも、先輩として真摯に向き合ってくれた人でも。唯一無二のあたしの兄妹でも。物心ついた頃から、ずっと傍にいてくれた人でもない。
嘘じゃないよ。
苦痛に感じることもあったけど、彼がすべてをゼロに戻してくれた。
だからこそ余計に辛くなった。物語の主人公として歩むそのときに、業を背負っているあたしは・・・・・・誰かと一緒には歩めない。あたしはただ。恋人を見つけて、彼氏とイチャイチャして、結婚して子どもを三人産んで、孫に囲まれながら普通に生きたかった。本当は、それがあたしの我儘な夢だった。いつしかあたしの夢はすり替わっていたけど――でも後悔しているわけじゃない。あたしの後悔は、好きな人に好きと告白して。友達に〈ありがとう〉の感謝を素直に伝える。演技としてじゃなくて、心の底から勇気を振り絞って伝えること。だから、誰のせいでもない。強いて言うなら、あたしの心が弱かったからいけないの。狂気を跳ね除けるほど強くなくて、いつしかあたしも同じように狂気的衝動に駆られるんじゃないかって。
自制できないんじゃないかって。
・・・・・・後に残った人の気持ちを考えて、とは言わないで。あたしも、あたしなりに悩んで、でもこれしか方法が見つからなくて。誰かにとっては、ちんけでちっぽけに思えてしまうかもしれないけど、あたしにとってはそれが大きくて、頭と心を支配しているの。
・・・・・・・・・・・・。
でもね。不思議と怖いとは思ってない。だって兎音がいるから。きっとこれを見つけて、これを観ているのは兎音だから。あいつはみんなが思っている以上に、義理堅いから。
これを手に取っているのが、兎音だと願ってる。
そしてこれはあたしの我儘だけど、あんたが良ければ、主人公になってみない? あたしの抱いた本当の夢――兎音は覚えているかな。覚えていたら、どうか兎音が主人公に成って、あたしの代わりにあたしの夢を叶えてほしい。死んでいくあたしの、最後のお願い。全部を露見させてほしい。
心残りはそれだけ、かな。
最後にね?
兎音の隣が空席だったら、あたしを置いて? あたしの隣も空けとくからさ。
だからね? 好きだったよ、今も昔もこれからも。
じゃあ、またね』
END
名のない、ものがたり ー死んだ主人公と語り手のぼくー 白色はとこ @siroir_hatoko
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