終章 はじまり/プロローグ
「まっ、俺がこうした役職に就けたのも、マスターのおかげだから幸運だったよ」
「マスターってそんなに偉いんですか」
「うーん、俺の所属している機関の元・取締役だった人かな。今でもそれなりに権威は持ってるんだぜ? 俺はマスターに能力を評価されて、推薦されただけにすぎん」
「それって、偉いどころの騒ぎじゃないですよ」
「そうか? でも今は、
「え? そうなんですか?」
「ああ、あの場で話しただろう。俺は君を次の主人公に推薦する、なんてな。正式に決まれば、
マジか。あれって、てっきり冗談の類たぐいかと思っていたから。
やっぱり僕は数奇な運命に踊らされているような気がする。
これはもう、運とか奇跡とか、そんなレベルの話じゃない。
「でも、独断と偏見で判断しちゃったら怒られません? えっと、上の人に」
「いいんだよ。そもそも俺たちは〈物語運営委員〉と呼ばれる、物語における国際的な機関に所属し、物語の主人公並びに好敵手役ライバルや恋人役ヒロインやらを選任するんだ。自分で言うのもなんだが、チープな名前だろ?」
「いやぁーまあ、はい」
素直に、うん。と肯定しづらい。僕はさぞ、苦い顔を浮かべながら答えていただろう。
そんなことを考えていると、唐突にひとつの疑問が生まれた。
「――あ、ということは。もしかして英傑さんは英雄に会っていたりします? ほらだって〈物語運営委員〉って主人公も選任するなら」
「鋭いね、勿論会っているよ」
答えた英傑さんは、柔和な顔で背もたれに寄り掛かった。
「どんな経緯で出会ったのか、聞きたいです」
「普通に、だよ。俺は主人公に選ばれた英雄を迎えに行き、この喫茶店で色々話した。するとマスターがポロリと俺の過去を話して、英雄は俺の存在を知った。それから定期的に会ってお喋りして、『マスターには了承を得とくから、またここで話そう』と言った矢先、先立たれた。ただ、それだけさ」
ここで僕はようやく理解した。
まだ英傑さんが木海月きくらげ刑事だった頃、いつしか言っていた。『連れも一緒に来る』という言葉の意味。
余計に虚しくなる。あれは英雄のことだったんだ。
兄妹がようやく再会できたのに、兄妹でいられる時間は少なすぎた。
神の悪戯にしては、あまりにも趣味が悪い。
「話を戻すが、条件は多々あれど」
僕が思いを巡らせる間に、英傑さんは続ける。
「我々が主人公を選ぶ。今回の場合イレギュラーの中でも、とりわけ例をみないイレギュラーが起きたせいで大変だったが、あることを決めたんだ」
「あること、って・・・・・・! もしかして」
「そう、誰がいち早く
それは驚きだ。
こんな方法で物語の主人公を選んでいたなんて、考えてもしなかった。
おそらくこの〈主人公喪失事件〉の真実を明かすためには、情報を収集する能力、限られた情報から思考する能力、思考を行動に移す能力、人脈を作りまとめる能力を判断するのだろう。他にもあるのだろうが、これらが大きな要素に違いない。
だが生憎様、僕にはあまり備わっていないものだらけだ。
どっちらかと言えば、人様の考えや情報をハイエナの如く頂戴していただけだからな。
あ、でも――。
「そしたら、出来レースのような気もします。優遇された者が一番真相に近づけそうな気がするのですが」
「あくまでも公平さ。ある程度進んだ者には情報を与える」
「でも、これだけ長い時間過ぎたら、辿りつける人もいたんじゃ」
「まあ、たしかにいた。でも、途中で飽きる者やネットの情報だけでは辿りつけず白旗を振る者もいた。藍乃英雄は主人公に選ばれ強固なセキュリティに守られた。その家族も一緒さ。だからそのセキュリティを突破するのも難しい――それに英雄は、自ら情報を発信することはなかったから。ネットだけじゃ無理、身を挺して探さなければ見つけられないのさ」
それに、興味ない人も大勢いただろうし。と、付け加えるように話した。
英雄の死の真相を追う者の母数自体が少なく、捜す者はほぼネットを使って追っていた。要は、僕らは運が良かっただけだ。
捜索する者がほぼネット民だったことで、僕らだけが残った。
それに、英雄と同じ学校で幼馴染だったことが、大きなアドバンテージになっていた。
そんな感じだろうな、きっと。
「それじゃあ、俺からも質問したいことがある」
「あ、はい。いいですよ」
「どうして、
「・・・・・・・・・・・・」
「言えないか?」
言えないわけじゃない。
ただ、納得できるかどうか、わからないだけだ。
きっと論理的で、きちんと筋の通った話を聞きたいのかもしれないが、僕にそんなものはないのだ。そんなこと考えてもいない。ただ思ったように行動してみたら、あとから結果が伴った。それだけのこと。
でも話さなければ、納得もできないだろう。
僕はまた一口、カフェオレを口に運ぶ。
やっぱし、うんまっ。
「英雄とは顔なじみで、幼稚園時代からの親友です。だから英雄が凄くスパルタな教育を受けていたことを知っていたし、辛そうだなって勝手に思っていた。だからもしかすると、あの家族にも原因があるんじゃないかって、そう思って話を聞きに行ったら、黒かもしれないと感じた。要はほぼ勘です、それが的中しただけ」
「ふーん。だが、あとから聞いた話、兎音くんは
「ええ」
「わかっていた、だろ? 自分が痛めつけられるかもしれない、と」
「家を覗いたとき、外の光に反射するものが見えたんです。多分、バットとか工具とか。だから、もしも、を想定して行動していただけです」
「たまたま、もしも、が的中したと」
「その通りです。もしもが的中しました」
「嬉しくないねぇ、まったく。でも、言ってしまえば、誰も信用していなかったんだろ?」
「うーん・・・・・・。はい。100%はないですね」
英傑さんは軽く笑い、コーヒーを飲み干す。
僕も、カフェオレを飲み干し、クッキーを食らいつくした。
ごちそうさまでした。
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