終章  はじまり/プロローグ


終章  はじまり/プロローグ


 藍乃白白あおのしらしろ藍乃巴あおのともメ。二人は捕まった。

 連行され、取り調べが行われているというが、二人とも黙秘を貫いているらしい。だが、少なくとも傷害罪、監禁罪、凶器準備集合罪・凶器準備結集罪の他にも、余罪はつくだろうと英傑えいけつさんは――木海月きくらげ刑事は話してくれた。


 裁判が行われるのはもっと情報や証拠が揃ってから、とも言っていた。藍乃夫妻側にも弁護士を立てる権利はある。判決が下るのはまだ先の話かも。


 一方、僕はと言うと、痛みと失血した影響で警察と救急車が到着した頃には、意識が半分朦朧としていた。病院に搬送後、おでこがパックリと裂けていたらしく出血が酷かったが数針縫うことでなんとかなった。後頭部も同様、数針縫った。脳に目立った外傷もなく正常であることから、脳に何かしらの障がいが残ることはないそうだ。不幸中の幸いとは言ったものだ。


 殴打された脛も、幸いなことに綺麗に亀裂が入っただけで、砕けてはないらしい。そのため、早くても二週間も経てば完璧に治るとのこと。ただ、頭も足も怪我をしていることもあり、痛み止めは常時ポケットに常備している。


 じゃないと、痛くて痛くてたまらない。


 入院中、原良はらら先輩や茨咲いばらさきさんがお見舞いに来てくれたりと、フルーツやお菓子などをプレゼントしてくれた。独りでも寂しくないと啖呵を切っていた僕だが、やはり誰かが来ると嬉しいもので、二人が去ると寂しく感じる。


 ついでにというか。

 僕の大嫌いだった城愛じょうあいこと、城愛克也じょうあいかつや。度重なる事件により学校への内部監査が入り、数々の生徒への体罰や(心理的精神的な体罰も含め)女生徒並びに教員へのセクハラ問題が挙げられ、近々学校側からの処分が決定することになったらしい。要はお役御免となる、やったぜ。

 結局あいつは事件関係なく、ただただ嫌みな奴だった。


 それと、天宮剣一あまみやけんいちの件だが今は音沙汰なし。

 カメラが抑えた映像と自宅から見つかった英雄えいゆうの日記が決定的な証拠となり、天宮剣一はすぐさま起訴された。メディアでは連日報道されているが、現実、専門家がお互いの見解を述べるだけで何かが起こるわけでもない。まさに異例尽くしの事態に、専門家もMCも頭を悩ませている様子だった。現状、この事態を喜んでいる人はマスコミとネット民だろう。


 しかし天宮剣一は消されたのではないかという意見も多々ある。物語に関わる機密情報の漏洩に加え、未遂とはいえ生徒へ淫行を働こうとしたのだ、それも主人公になるはずだった者への。裏で消されても、何ら不思議じゃない。

 いや、不思議かも。


 結局のところ、知らない、わからない。が答えである。


 日記はというと、証拠品として大事に管理されているらしい。誰に戻ってくるのかはわからないが、おそらくは英傑さんに戻ってくるだろう。


 そして、英雄の件について。

 僕は退院後、英傑さんからの連絡を受け、白雪しらゆき通りにある喫茶店へと向かった。

 勿論、送迎はいい車に乗った黒スーツの怖い人たち。僕の質問にも答えず、ただただ沈黙を貫き、頷きすらしないのだから、乗車中はずっと委縮しっぱなしだ。多分、英傑さん同様〈物語に関わる機密機関〉の人達だろう。


 そして喫茶店へと到着した僕は、そのまま店内へと入る。

 いつものように、マスターはカウンターで食器を洗い、前回と同じ席に英傑さんは座っていた。

 僕は松葉杖を使いながら英傑さんが座っているテーブルまで移動する。


「お久しぶりです。英傑さん」

「おお、元気そうじゃないか水扇すいせんくん」


 英傑さんも黒スーツに身を包み、上品にコーヒーを啜る。


「ええそうですね。後頭部とおでこに針縫って、足の骨にもひびが入っていますが、頗すこぶる元気です。元気100倍です」

「はははっ! 嫌みが言えるうちは元気だろうね。さっ、座りなさい」


 僕は松葉杖をテーブルに立てかけ、着席する。

 マスターは何も言わず、僕の元へとカフェオレとクッキーを置く。


「え? 僕まだ注文してないですけど」

「サービスだ。若いもんは、年寄りの善意を黙って受け取るもんだ」

「そうだよ。マスターのカフェオレも絶品だよ」

「ほら、飲んだ食った喋った。喫茶ってのは、そんな場所だ」


 そう言うとマスターはカウンターへと戻って行った。

 僕は言葉に甘えてカフェオレを一口飲む。

 これまたびっくり、ミルクの甘みと若干の苦み。口の中ですべてが調和している。てっきりカフェオレは甘くてなんぼと思っていたが、これは大人なカフェオレだ。中々癖になる美味しさがある。


 美味いな、これ。


「・・・・・・覚えているかい? 俺が捨てられたと言ったことを」

「あ、はい。覚えています」


 僕はカップを置き、姿勢を正して聞く。


「まだ俺が赤ん坊だった頃さ。俺は難産だったらしくてね、そのせいか生まれてからも病弱で身体が弱く、主人公にはなれないとすぐに判断され、俺は藍乃夫妻に捨てられた。身勝手な話だが、藍乃夫妻にとっては物語の主人公に成れるか否かが、一番重要だったらしい。俺は程なくして、赤ちゃんポストに入れられた」

「赤ちゃんポストって、子どもの――あの?」

「ああ。詳しい内容は伏せるが、捨てられた結果、皮肉にも物語に携わる者に成った――それが俺だ。預けられた後は紆余曲折あったが、なんやかんやあってマスターに引き取られ、今の俺がいる」

「じゃあマスターは育ての親で、里親ってことですか?」

「そんなところだ」

「はへぇ」


 中々重めの話だ。ただ重い、の一言で言い表すのも失礼だろうけど。


 どんな理由であれ『藍乃英傑』という名を与えられて生まれてきた。でなければ、英傑と言われても、白白も巴メも反応しなかっただろう。小さく細く薄く消えかけだったとしても、愛されていた。だが望まれなかった。しかし本人はそれでも、『藍乃英傑』の名も存在も消したかった。

 何があってそうなったのかは知り得ないが、そこには様々な葛藤と決断があったに違いない。


 ただ、あの家族がどうしてあそこまで歪んでしまったのか謎だ。何度考えても答えは出なかったし、そもそも何故、物語と主人公にあそこまで固執していたのか・・・・・・。もしかすると、英傑さんの件が絡んでいるのかもしれない。今聞けばわかることがあるかもしれないが、蒸し返してほしい問題じゃないだろう。


 それに英傑さんがすべてを知っているわけでもあるまいし。


 僕はカフェオレに映る自分を見て、一口喉に入れた。

 うめぇ。

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