第16話 シャロン・ホームズの華麗な冒険
ヘレンとジュリアは、翌日の昼頃に帰って来たようである。というのも、この日は月曜日だったので、わたしたちは学校に行っていて、寄宿舎にはいなかった。ハドソン夫人から聞いた話では、無事に元飼い猫のマロンの最期を見届けることができたという。二人ともこってりしぼられたようだが、無断外出の罰則はどうにか受けずに済んだ。両親が学校に頭を下げて、どうかお願いしますと頼み込んだらしい。二人にとって、マロンは家族同然の存在であり、ペットと言えど、その死はとても耐えがたく辛いものだった。マロンと一緒に暮らせなくなっても、その存在は大きいままなのだ。
夕方になり、ヘレンとジュリアがわたしたちの部屋を訪ねて来た。シャロンは、二人を見ても、いつもと変わりないクールな態度だったが、わたしは、快く二人を部屋の中に招き入れた。
「あなたたちが先生や両親を説得してくれたみたいで、ありがとう。お陰で、マロンと最期までいられたし、親も怒らずに理解してくれた」
「それはよかった。二人も仲直りできた?」
「うん、ジュリアがいつまでも帰ってこないで、そのせいでマロンに会えなかったらどうしようとイライラしてしまったの。あの時は、腹が立ってどうしようもなかったけど、いざ弱っているマロンを見たらそんなのどうでもよくなっちゃった。二人で静かにマロンをみとることができたわ」
そうなんだ、よかった。二人のわだかまりも消えたみたいで、わたしはほっとした。
「でもお礼を言うならシャロンにして。わたしは別に何もやってないから。シャロンが一人で解決したのよ」
「ちょっと、私のことはどうでもいいってば。丸く収まったんならそれでいいじゃない」
それまで黙って聞いていたシャロンが慌てて遮った。でも、このままでは、手柄を横取りするようで心がモヤモヤする。はっきりとシャロンのお陰だと言っておかないと気が済まない。双子はシャロンに向き合ってお礼を言った。
「ありがとう、シャロン。今までは、正直ちょっと冷たそうと思っていたけど、誤解しててごめんなさい。本当は優しい人だったのね。あなたがいてくれて助かった」
「それに、両親が失礼なことを言ったみたいでごめんなさい。直接あなたに謝りたいと言っていたけど、校長に『もう大丈夫ですから』と止められて。その代わりお詫びの品を持って来たの。これで許してもらえるか分からないけど、どうか受け取ってちょうだい」
二人はそう言うと、シャロンに何かの包みを渡した。中身は分からないが、きれいな包装紙に包まれている。
「別にいらないわよ。私は好奇心でやっただけだから。それにご両親は別におかしなこと言ってないわ。突然知らない子供に何か言われたら大人は怒るもんでしょ」
「でも受け取って。これはお詫びだけじゃない、感謝の気持ちなの」
「それならなおのこと必要ないわ。別に感謝されるほどのことでもないし」
話が平行線のままになりそうだったので、わたしが割って入った。
「二人ともありがとう。ありがたく受け取っておくわ」
「ジェーン!」
「シャロン、ここで受け取らないと、あなたは今でも怒っていて謝罪を拒否しているというメッセージになるの。そういうつもりじゃないなら受け取っておくべきよ」
「そうなの……訳分からない……」
シャロンの戸惑った表情を見ると、本当に分かってないらしい。推理力は誰にも負けないのに、こんな簡単なことが分からないのは実に興味深い。普通の人とあべこべだ。
双子が改めてお礼を言ってから部屋を出て行った後、二人きりになったところでわたしは改めてシャロンを褒め称えた。
「よかったね、ヘレンとジュリアはマロンに会えて、仲直りもできて、親御さんや先生にも怒られずに済んだんだもの。全て丸く治まったじゃない!」
しかし、シャロンはどこか不満げだった。
「全て丸く治まったとは言い難いわよ。どうしても気に入らないことがある」
「え? それって何?」
「結局大人は子供の言うことなんて信用しない。どんな正しいことを言っても『子供だから』と取り合ってもらえない。子供だからって間違っているとは限らないし、大人だからって正しいとは限らないのに。こんなの不公平だわ!」
「ああ……そのことね。でもアルバート校長がかばってくれたじゃない」
「他人にフォローしてもらっても意味がない。私自身の力で変えたいのよ。でもまだそんな力はない……本当に歯がゆいわ」
シャロンはそう言うと、悔しそうに唇をかんだ。わたしは、シャロンがここまで感情を露わにするのを見たことがなかった。誰に何を言われてもすまし顔だった彼女の中にこんな感情が隠れていたなんて。
「それなら、一緒に周りを変えていこうよ。私も手伝うからさ」
「ええ? ジェーンが? 手伝うって何を?」
「シャロンが誤解されやすいのって、子供だからだけじゃなくて、周りの反応が見えなくて突っ走っちゃうところもあると思うからさ、コホン、わたくしめが見守りを……」
冗談めかして言うと、シャロンは顔をしかめて反論した。
「見守り役ってこと? 生憎ですけどそこまで落ちぶれちゃいないわ。お気持ちだけで結構です」
「そんなこと言わずに素直になりなさいよ!」
しばらく二人でキャアキャア言い合っていると、ふと、シャロンが止まり、改まったように言った。
「ま、まあ、突き詰めて考えれば、私一人じゃ難しい局面もなきにしもあらずだったかもしれないけど。あなたが見えないところで調整してくれたところがあったんだろうなあという場面はなかったかと言えばうそになるわね」
随分回りくどい言い方だが、わたしは、思わずえっと言ってシャロンを見つめた。
「それどういう意味?」
「別に特別な意味なんかないわよ。まあ、退屈はしなかったから、もし今回みたいな謎がまた降ってきたら、ぜひチャレンジしたいわね。その時はあなたも一緒よ?」
ここでシャロンがにやっと笑ったのを、わたしは見逃さなかった。それは、まるで獲物を狙う動物のように鋭い、挑戦的な笑みだった。一瞬ではあったが、すごく貴重なものが見られた気がする。
「もちろんよ!」
そんなやり取りをしてたら夕食の時間になった。食堂室へ向かうと、今度は、グロリアとトリッシュが待ち構えていた。
「グロリアから聞いたわよ! シックスナポレオンズのコンサートの裏で、大変なことになっていたのね! 私も参加したかった! なんでも、グロリアが大活躍したって言ってるんだけど、本当?」
「ちょっと、グロリア、話を盛らないでよ! 確かに助けにはなったけど」
「間違ってはいないわ。グロリアにも、そしてトリッシュも協力してくれてありがとう。二人の証言が事件解決のために役に立ったわ」
シャロンが突然柄にもないことをいったので、わたしたちはびっくりして、一斉に彼女を見つめた。
「え? シャロン、今何て言った?」
「捜査のご協力感謝しますと言ったのよ。ただの儀礼的なあいさつよ。何かおかしい?」
シャロンは何が違うのか分からずキョトンとしている。
「やっだーシャロン! あなたやればできる子じゃない!」
そう言ってシャロンに飛びついたのはグロリアだ。
「そうよ! 今度は私も一緒に仲間に加えてね! 難事件をシュバシュバっと解決しちゃいましょう!」
トリッシュもう片方から抱き着いた。何が起きたか分からず、シャロンは目を白黒させた。
「ちょっと! なんでそんな話になるのよ!」
シャロンはやれやれと言うような表情を浮かべていたが、彼女と一緒にいる時間が多いわたしには分かる。これは、本気で嫌がっているのではない。よかった。こうしてみんながシャロンのいいところを知ってくれれば、もっともっと、学校生活が充実していくはずだ。
「あら、あなたたち一緒にいたのね。呼びに行く手間が省けたわ。ちょっと私の部屋へ来てくれない?」
食堂室にハドソン夫人がひょっこり顔を出して、わたしたち4人を管理人室に連れて行った。何事かと思いながら着いて行くと、管理人室のテーブルに焼き立てのアップルパイがあるのが目に入った。
「はい、これは事件解決記念に私が作ったの。みんなには内緒よ。ここで食べて行ってね」
何と、ハドソン夫人がわたしたちのためにアップルパイを作ってくれたのだ。わたしたちはキャーと黄色い歓声を上げながら、大きくパイを切り分けて口いっぱいに頬張った。シナモンが利いているちょっと大人の味のアップルパイは、いくらでも食べられる気がする。ふと、シャロンの方を見ると、無表情で口だけもぐもぐと動かしていた。なんだ、私甘い物は好きじゃないのなんて言うかと思ったら、まんざらでもなさそうじゃない。わたしは、心の中でクスリと笑った。
だが、これで全てが終わった訳ではない。後日、わたしは、学校でシャロンの姉、マーガレットに出くわした。いや、わたしが出没しそうなところを狙ってマーガレットが待ち伏せしていたのかもしれない。
「聞いたわよ。あなたなかなかやるじゃない」
マーガレットは、いつもながら自信満々に胸を反らして、わたしに話しかけた。
「わたしは何もやってませんよ。全ては、シャロンが解決したことです」
「あの子すごいでしょう? さすが私の妹よね」
確かに。マーガレットはともかく、シャロンの凄さは、わたしも今回まざまざと見せつけられた。
「もうお姉さんにも話は行ってるんですね」
「当たり前じゃない。私は至る所に情報網を張り巡らせているの。シャロンが私に隠れてコソコソ何かしようと思っても無駄ですからね」
「そんなにシャロンを見張りたいなら、同じ寮に入ればいいじゃないですか。なぜお姉さんはベイカー館にいないんですか?」
「私と同じ寮に入れようかと思ったら、あの子に拒否されちゃったのよ! 全く失礼よねえ! 私はディオゲネス館というところにいるから、遊びに来たければいつでもおいで! じゃ、これからもよろしく。シャロンを頼むわね」
マーガレットは、自分の言いたいことだけを言って颯爽と去って行った。やれやれ。マーガレットも相当の変わり者であることだけは確かだろう。シャロンが毛嫌いする気持ちがちょっと分かってしまう。本当はいい人なのかもしれないけど。
その夜、自分の部屋で、わたしは便箋を取り出し、パパに手紙を書くことにした。
「どうしてメールじゃないの? わざわざ手紙なんて面倒なだけじゃない?」
「でもこうして形に残るものもいいでしょ? 後から簡単に見返すこともできるし。サプライズの意味も込めて、特別なことがあったら手紙を書くことにしたの」
それを聞いたシャロンは、へえ、そんなこともあるのねとそっけない返事をした
「そうだ! ねえ、シャロン、家族への手紙にあなたのことを書いてもいいかな? わたしにも友達ができました、って」
シャロンは椅子に座って本を読んでいたが、ページをめくる手を一瞬止めて、わたしの方を見た。
「それって特別なことなの? 別にいいわよ、ご自由に」
「あと、今回の事件のことを文章で残してもいいかしら? ぜひ記録しておきたいの」
今度は少し顔をしかめた。さっきよりも時間をかけて考えている様子だ。
「他人に見せびらかさないという条件ならOKよ。でも、変な修飾を入れず、事実をつまびらかに書いてね。必要以上にドラマチックにしたり、成果を大げさにしたり、そういうのはいらないから」
ぶっきらぼうな口調ながらも、シャロンの許可が出て、わたしは心の中でガッツポーズした。実は、そのためのノートは既に用意してある。わたしは、机の引き出しから少し高級な作りのノートをそっと取り出すと、表紙に「シャロン・ホームズの華麗な冒険」というタイトルを書いたのだった。
シャロン・ホームズの華麗な冒険 雑食ハラミ @harami_z
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