第5話 推しを前提としたお友達宣言
朝。いつものように下駄箱を開けて、最初に手に触れたのは上履きではなく指先を撫でる紙の感触だった。
丁寧に上履きの前に置かれていたのは、白い封筒。
手に取る。飾り気のない封筒の裏表を見ても、宛名はどこにも書かれていない。折りたたまれた逆三角形の先の周辺に幾度かシールを剥がした跡があるけれど、それ以外はこれといって変わったところはなかった。
手紙とはいかにも古風だ。
まさかラブレターなんてこともあるまい。
恋愛ドラマなんて観ないけれど、今どき手紙で告白なんてフィクションの中ですら風化された慣習だろう。
なにより、周囲から見たわたしの評価なんて十分理解している。
多様性の配慮から、わたしの通う高校ではジェンダーレス制服が採用されていて、男女の制服のどちらを着るかは生徒自身に委ねられている。
なので、わたしがスカートを履いていても校則違反ではないけれど、いくら学校で認められていようとも、まだまだ浮いてしまっているわけで。
化粧までして女装しているわたしは明らかに腫れ物。そんなわたしに好意を寄せる生徒なんているはずもなかった。
では、なんだろうと考えると、イタズラか嫌がらせの線で。
まさかカミソリの刃なんてないよなと、慎重に開封しながら中身を取り出す。
便箋は2枚綴りで、上から下までビッシリと丁寧な文字が隙間なく書き込まれている。そこに差し出し人の異様な圧力を感じ取ってしまい、読みもせずに閉じたくなってしまう。
そのままシュレッダーにでもかけてしまいたいけれど、だからといって見なかったフリをするわけにもいかない。
上履きに履き替え、廊下の端に寄って印刷文字のように綺麗に書かれた文字を上から追いかける。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――拝啓
やわらかな春風が撫でる、芽吹きの季節になりました。
健やかにお過ごしのことと存じます。
……元気、ですよね? いえ、学校で目にする限り、お元気そうではあるのですが、何分遠目で見るばかりで本当に元気なのかはわかりかねて。体調は崩されていませんか? もし、風邪を引いたのであれば、ご自宅に伺って看病させていただきます。決して、お部屋に伺いたいという下心はなく純粋に心配からくる気持ちですので誤解していないことを切に願うばかりです。春麗らかな季節に咲く桜のように美しくも繊細な姫偽様におきましては、どうかご自愛を。ただ、ご自愛と申しましても、その言葉通りの意味しかなく、1人だけの身体ではない、お腹に子供がいるといった意味を遠回しに表現しているわけではございません。本当です。嘘ではありません。どうかご容赦くださいますようお願いいたします。もし、ご不快に感じましたら――
~~長いので中略~~
――お話したいことがありますので、どうか、どうか、本日のお昼休みに屋上でお会いしてください。
ご体調を崩されませんよう、どうかお大事になさってください。
――敬具
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………なが」
始まりと終わりだけは丁寧に締められた手紙。
内容のほとんどは、ひたすらよくわからないことを並べ連ねて、謝罪を重ねる文章が綴られていた。
文字だから取り繕っているだろうに、それでもキョドっているのが伝わってくるあたり相当だ。誤解がないよう、慎重に適切に書こうとした結果、ぐちゃぐちゃになったというか……ぶっちゃけるとちょっと気持ち悪い。
隙間なく埋められた文字に圧倒されてしまう。
あと、わたしは男なので『貴女』ではなく、子を宿すようなこともないので無意味な心配でしかない。まさか、性別を勘違いしているとは思いたくはないが……一抹の不安を覚える。
しかも、予想通りというか、違うといいなと思いつつも、送り主はやっぱり皇塚先輩で。
手紙と合わさって本当にストーカーなのではないかと不安になる。
おそらく会いたい理由は写真のことだろうと察しはつくけれど、2人きりで人気のない屋上で会いたいと言われると、正直、普通に怖い。
行こうか、行くまいか。
「…………しょうがありません」
悩みはしたけれど、最近のストレスを考えれば行くしかない。それに、屋上は学校唯一の平穏の地だ。
秘密にすると約束してはくれたけど、待ち合わせ場所はその屋上である。違うとは思うけれど、暗に人質ならぬ
否定したいけれど、これまでの皇塚先輩の行動を考えると……微妙。
ブレザーの左胸ポケットを、上から触る。
微かな硬い感触。そこにはまだわたしの写真があって。
ナルシストではないので持ち歩いていたくはないけれど、捨てるに捨てられないでいる。
「……はぁ」
写真も、ため息を。
これを最後になくなるといいなと、わたしは昼休みに屋上に向かうことを決めた。
■■
昼休みになって、わたしは早々に教室を抜け出して屋上を訪れた。
わたしだけが鍵を持っているので、先に行かなければ皇塚先輩を待たせてしまう。
それでもいいのだけれど、待ち構えられているのも嫌なので、向かう足はせかせかしていた。
塔屋の壁に寄りかかって座る。
お弁当の入った包みを横に置いて、手を付けずに待っていると軋みながら扉の開く音がした。
立ち上がって顔を覗かせてみれば、そこには緊張した面持ちで立っている皇塚先輩がいた。
「こんにちは」
「あ、あぁ……こ、こんにちは」
挨拶をすると、少しどもりながらも返ってくる。
綺麗な眉が悲しそうに下がっている。これだけで、学校中の女の子は悲鳴を上げて、なにがなんでもその憂いを取り払ってあげたいと思うのだろう。
けれど、残念ながらわたしは女性の格好をしていても男なので、そんな健気な思いは抱かないのだけれど。
「…………」
目が合わない。顔も明後日の方向をむいている。
呼び出したのは皇塚先輩なんだけど……続く沈黙。屋上に吹く風の音ばかりが耳を擦る。
無言が痛いとは思わない。
けれど、こうしていても時間の無駄でしかないので、仕方なくわたしから話を切り出すことにした。
「今日の呼び出しは写真のことでしょうか?」
「――ッ!?」
反応を伺うように問うと、皇塚先輩は自身の蒼い瞳よりも顔を真っ青にする。
息苦しそうに襟元をギュッと握りしめ、耐えるようにしながらもぎこちなく頷いた。
わたしは胸ポケットから写真を取り出す。
教室で、自分の席に大人しく座っているわたし。
ラミネート加工までされたそれを、わたしが両手で持って皇塚先輩に見せると、彼女は目を見開いて写真を凝視してくる。
「盗撮は困るのですが」
「っ、ごめんなさい……!」
素直に謝ってくる。
深々と頭を下げて土下座しそうな勢いに、わたしのほうが困惑してしまう。
艶のある短い銀髪が重力に従ってさらりと流れて落ちる。
謝ってほしいわけではないんだけど。
つむじを向けられたところで困ってしまう。
頭を上げてと伝えると、皇塚先輩は肩を丸めながら上半身を起こす。
拳を軽く握り、不安からか手の平を指先でしきりに撫でるように動かしている。
ただ、その視線はずっと写真に固定されていて、
「その、……写真を」
下唇を噛んで、言葉が詰まる。
続くはずだったのは、『返してくれないか?』だろうか。
ただ、それ以上皇塚先輩がなにかを口にすることはなく、唇を噛み締めるばかり。
まぁ、盗撮写真を返してくださいなんて、厚かましくも言えるはずもないか。
「変なことをしないのであれば」
そう言って差し出すと、なぜか「……」と押し黙ってしまう。ちょっと。
「念のためにお尋ねしますが、ストーカーというわけではありませんよね?」
「すっ……!? ち、違うから……!」
両手を突き出してブンブンッと横に寄って否定される。
なんだか慌てているのが気になるが、違うというのならば、とりあえずこの場はそれでおさめようと思う。追求してもいいことはないし。
「少し怪しいですが……それなら、お返しします」
歩み寄って、伸ばした手に写真を乗せる。
皇塚先輩は「あ……」と喉から声を零して、目尻を下げる。
「……いいの?」
「わたしのではありませんから」
受け取った写真を大事そうに胸に抱く皇塚先輩を見てなんだかなぁと思いつつ、彼女の脇を抜ける。
これ以上話すこともないので、「失礼します」と帰ろうとすると、後ろから手首を掴まれる。その力は強く、皇塚先輩の感情をそのまま表したかのようだった。
腕を取られたまま振り向くと、皇塚先輩は俯くように前のめりになっていた。
「……なにか、他に御用でしょうか?」
「、わ……、私……と」
つっかえつっかえ、詰まった喉からどうにか言葉を絞り出すかのようなか細く弱々しい声。
捕まえられ、逃げ出すことも叶わないので待っていると、突然、頭が持ち上がり驚いて身を引く。
露わになった顔はのぼせたように真っ赤で、瞳は涙で濡れたように潤んで揺れている。
その顔が一度くしゃりと歪んだかと思うと、目を強く瞑って思いの丈を叫んできた。
――わ、私と推しを前提にお友達になってくれないっ!?――
わたしの盗撮写真を偶然拾ったら、学校で最も推し活される王子様系美少女に『推しを前提に友達になってほしい』と告白されました。 ななよ廻る @nanayoMeguru
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