第4話 王子様兼盗撮犯から呼び出し

 ■■


 放課後を告げるチャイムが鳴る。

 それをスタートの合図にするかのように、クラスメートたちが帰りの準備、はたまた友人たちとの他愛もない雑談に移る。


 学年が変わったばかりとはいえ、既に高校生活は2年目に突入した。

 1年の頃から同じクラスで友達なんて子はそれなりにいて、既にある程度グループのまとまりができている。


 女子の制服を着ていることもあり、距離を置かれているわたしは磁石に吸い寄せられる砂鉄のように固まるクラスメートとは違い、手早く帰りの準備を済ませる。

 それを寂しいと思うことはなかった。

 むしろ、よく知らない大人たちが勝手に決めたクラスメート。1つの部屋で過ごすように言われたからといって、仲良くしようという考えはなく、よく無警戒に信用できるものだなと思ってしまう。


 今の時代、産みの親だって信用なんてできないのに。

 そんな取り留めもないことを考えつつ、わたしは机に引っ掛けていた鞄を持って教室を後にする。入り口を出る直前、「さようなら」と誰に向けたかもわたし自身わからないまま、礼儀として挨拶を残して廊下に出た。


 大仰な笑い声を上げながら追いかけっこをしている男子生徒たちに危うくぶつかりそうになりながら、両手で鞄を持って下駄箱を目指していると、なにかの塊が目に止まった。

 それは人で、生徒で。

 主に女子たちの集まりだった。気にはなるのか、男子生徒たちも遠巻きに見ている。


 なんの騒ぎだと思っていると、塊の中心にたけのこのように飛びてた見知った顔を見てなんとはなしに状況を察する。

「あの、ちょっと……どいてほしいんだけど」

 眉尻を下げて、小さく両手を上げる姿は、そのまま彼女の戸惑いの心情を表していて。

 屋上でも見た、皇塚先輩の眉目秀麗な顔を目にして、なにをしているんだと目を細める。

 1、2年の教室ぐらいしかない2階の廊下に、3年である皇塚先輩が来る理由なんてないはずなのだけれど。


「ヒスイ先輩! 探し物ってなんですか?」

「私たちも一緒に探します!」

「任せてください!」


 われもわれもと他の女子を押しのけながら、負けんとする気合の現れか、叫びのような声が漏れ聞こえてくる。

 その内容から事情を察したわたしは、ブレザーの胸ポケットに入れておいた写真に触れる。

 撮られた覚えのない、わたしの写真。


 これを探しているのかと、困り顔で女子生徒たちの相手をする皇塚先輩を見る。

 返そうかな、と指で掴んだけれど、盗撮であろう写真を返す気にはどうしてもなれなかった。

 わたしの物ではないけれど、自分の写真を返すというのも変な話だ。


「……ウリ坊の群れをかき分けるのも嫌ですし」

 イノシシと言わなかったのは、女子相手ゆえに自粛したからだ。

 刺激して、角で突かれるのは御免被りたい。


 それに、と左手首を持ち上げて裏返す。

 どれだけ周囲が騒がしくとも、狂うことなく針を進ませる時計が、アルバイトの時間が近いことを教えてくれる。

 餌に群れなすウリ坊たちに飛び込んで、時間をかけることなくことが済むかと言えば、まず間違いなく無謀な賭けだ。


 なら、まぁ……いっか。

 回れ右。少し遠回りになるけれど、面倒事に巻き込まれるよりはマシだと、反対側の階段から降りることに決める。


 こうして、この日は何事もなく終わったけれど。

 さっさと返せばよかったなと。わたしは後になってこの時の判断を少しだけ後悔することになる。



 ■■


 視線というのは、存外肌で感じるものだ。

 呼吸や足音などといった人の気配なのか、それとも、第六感のような感覚器官が人間には備わっていて、視線という目に見えないモノを敏感に察知しているのか。


 わからないけれど、確かに今、わたしは視線を感じていた。じーっと、刺すような視線を。

 振り返ると、慌てたように引っ込む灰簾石タンザナイトの瞳。

 バレていないと思っているのか、廊下の曲がり角から再び慎重に顔を出す。

 それを見て、わたしは胃に重苦しく溜まった息を小さく吐き出す。


 見られている。そう思ったのは、皇塚先輩に出会った翌日からだった。

 校舎内、どこへ行くにも視線を感じて、どうにも気になる。

 振り向けば隠れる。逃げる。けれど、やっぱり戻ってきてまた物陰からコソコソと見てくる。


 まるで監視されているようだ。

 あまり周囲のことを気にしないわたしだけれど、こうも露骨に、常に見られていては疲弊もする。

 本人は気付かれていないと思っているのかもしれないけれど、

「キャー! ヒスイ先輩、こんなところでなにしてるんですかっ!?」

 と、ギャラリーが騒ぎ出すのだから、背中を向けていても所在なんてすぐにわかる。


 これが1日だけなら気にもとめなかったけれど、視線を感じるようになって早3日。週の初めだったことも災いして途切れることのない監視に、どうしたものかと悩んでしまう。


「あっ……申し訳ございません」

 バイト先では、皇塚先輩はいないにも関わらず、どこかで見ているんじゃないかと気もそぞろになってしまい、ミスを重ねてしまう。

 マスターには体調が悪いのかと心配され、迷惑をかけてしまった。

 ……お客様にはどういうわけか喜ばれたけれど。


 1日が終わって布団に倒れ込むと、身体を上から押さえ込まれたような感覚に襲われ、立ち上がる気力もなくなった。

 学校に通い、バイトで働き、家事をこなして。

 時刻は22時を回る。いつもならこの後、復習や予習に当てるぐらいの余力はあるのだけれど、体力以上に精神的な疲労で机につけない。


 長いこと使って綿が潰れてぺったんこになってしまった枕に顔を埋める。うぅっ、と唸って鼻先をぐりぐり押し付ける。

「このままではいけませんよね……」

 両手を組んで、助けてくださいと神様に祈ったところで事態は好転しない。

 この世界に神様なんておらず、なにもしない者に優しくはない。いずれは息絶え、死ぬしかなくなる。


 それを、わたしは誰よりも知っているのだから。

「でも、追いかけると逃げてしまう」

 自分からは近付いてくるのに、こちらから手を伸ばすと逃げていく猫のように。

 振り返り、追いかけようとすると皇塚先輩は逃げてしまう。教室に向かって同じこと。


 噂に聞いた話では、誰が話かけても逃げてしまい、煙のようにどこかにいなくなってしまうとか。

 そういったところがミステリアスで素敵と、皇塚先輩の話で花を咲かせる女子生徒がうっとりと零していたけれど、それは本当にミステリアス神秘的なのだろうか。

 どちらかといえば、野生動物が人間から逃げ出すのと似たようなものを感じてしまう。


 はぁ……と、最近やけに増えたため息が零れる。

 ごろんと寝返りをうち、天井を見上げる。

「……どうしたものでしょうか」

 吐き出された悩みは答えに辿り着くことなく空気中に霧散する。一緒に意識まで手放してしまっていたのか、気付けば瞼が閉じ、暗闇が世界を覆った。


 結局、この日はなにも事態は好転しなかったけれど。

 どうやら零れた悩みは遠く離れた渦中の王子様にまで届いたようで、翌日の学校で向こうから誘いがあった。



 ■■


「…………。

 手紙?」

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