悪意のない怨念

石倉 商兵衛

閉ざされたそれは

 あれは、私が大学に通う為に平屋のアパートで一人暮らしを始めた時の事だった。

 私がその部屋に入って少しした頃、それは起きた。

 大学とバイトを終えて帰宅した私は、普段通り玄関の鍵をかけて、お風呂に入り、髪を乾かして、ご飯の支度を始める。そこで突然、激しく玄関ドアをノックする音がし出したのだ。

 何事かと思い外の様子が窺えるインターホンで外を確認するが、そこには誰も映っていない。

 怖くて何もせずにいると、やがてノックは鳴り止んだが、その日から無人のノック現象が頻繁に起きるようになった。

 地元に住む大学の友人達に相談すると、なんでも昔このアパートで殺人事件が起きたのだという。

 近くの路上で通り魔に遭った人が、当時の私の部屋だけ明かりが点いていて助けを求めるも、逃げ走り息を切らしていた事と恐怖で声が出ず、ドアを思い切り叩く以外にできなかったのだとか。部屋の中に居た住人の女性はそれに怯えドアは開けられる事はなく、最終的に事件自体は解決したものの被害者は亡くなったらしい。

 心霊現象に詳しい友人からは、こういう現象は事件当時開けられなかったドアを、現象時に開ければ解消できる事が多いとも聞いた。

 それから私が盛り塩を用意して身構えていると、ノック現象は二日後に、また起きた。

 インターホンの機能で外を確認するも、やはり誰もいない。

 怖い。

 しかし意を決してドアを開けに行こうとする。だが、体が動かない。

 恐怖心はあれど、それを冷静に知覚する頭はある。まるで金縛りに遭ったかのように微塵も動かない体で立ち尽くしていると、更なる異変が私の心を揺さぶった。

 いつもなら鳴り止む頃合いなのに、音が鳴り止まないのだ。むしろ次第に大きくなっていく。

 そしてもう一つ。真横の半開きの押し入れから、白い手が二本、私の体を掴んでいるのに気付いたのだ。

 その瞬間、私は有無を言わさぬ力で白い手に押入れへ引き込まれていく。

「いやぁぁあ!! 誰か助けて!!」

 反射的に襖と縁を掴む。

 だが抵抗空しく、尚も大きくなっていくノック音の中私は押入れの奥へと引込まれる。


 バタン!


 そこで、私は、助かった。

 最後の音は偶然見回りに来ていた大家が私の声を聞きつけ、ノック音中にドアが開けられたもので、心霊現象はそれで解消された。

 大家の話では、事件の後、同じような現象に対処できず押入れに引き籠っていたのであろう当時の住人の女性が、昔に餓死死体で発見されたことがあったと明かされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪意のない怨念 石倉 商兵衛 @ishi5shou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ