未だ顔も見ず死出の道行き

目々

献杯あるいは毒杯

 ああ、先に始めてた。塩は……撒かなくていいか。好きに頼んでくれよ、何頼んでも今日は奢ってやるから。


 結構人居たか? お前も含めてサークルのやつは大概行ってるだろうけど……あ、そう。OBさんも来てたのか。まあね、先輩顔広かったもんな。飲み会とか合宿とか、イベントごと大体顔出してたし。俺みたいに卒業後はほぼ顔出してないようなやつとは、関わり方が違うもんな。俺はほら、そういう感じだからお前にしか頼めなかったんだけどな──違うちがう、悪口じゃない。お前ぐらいしか大学出た後も付き合ってるやつがいないってだけでさ。俺の交友範囲が狭いってだけのことだよ。感謝してるよ。


 一応な、ぎりぎりまで行こうとは思ってたんだよ。だからお前に香典は渡したし、ほら、喪服だろ。それでもいい大人が何やってんだって話だけど、どうしてもな。


 何で自分で行かないんですかってのはな、あー……通夜とか葬式に行くとさ、見ないといけないじゃん。棺に入ってるとこ。あれ見ちゃうと、取り返しがつかなくなっちゃう気がしてな。そうなってるとこを自分の目で見たら、もう騙せないだろ。


 仲良かったじゃないですかっていうか、そう見えてたんなら、まあ、俺はうれしいよ。先輩がどう思ってたかは知らないけど。先輩、誰とでもうまくやれるタイプだったろ? 新歓でも率先して新入生構ってたし、裏方とかも真面目にやってたし。頼まれた仕事もやるしそれ以上もこなしてくれる、そういう気の回るだったから、俺みたいなやつも気にかけてくれてたんだろうし。昔っからそうだった。


 付き合いは、古いっちゃ古いけどね。別に大したもんでもないよ。何、そんなこと聞きたいの? 別にいいけどさ。酒の肴にすんには辛気臭くないか。思い出話が供養になるってのも、あれあんまぴんとこないんだけどな、俺。

 いいよ別に、お前が聞きたいってんなら話すよ。わざわざお前に香典渡してもらった理由、みたいなもんだろうしな。じゃあしょうがない。責任があるな、俺に。今日は何要求してもお前に分があるよ。


 言ってもすげえシンプルな話なんだよ。経歴語りみたいになっちゃうけどな。高校んときに生徒会やってて、進学先が地元の短大とよく分からん私大が八割みたいな中で珍しく人様に名前を言えるような大学行ってそのまま就職して、そんでことあるごとに俺みたいなつまんない後輩にも声掛けてくれてたってだけ。

 俺が高校で生徒会やってたからっていうのが付き合いの根っこ。古い付き合いかもしんないけど、それだけ。そんなもん腐れるほどの縁じゃないだろ。


 何かあったか、っていったら……一方的なやつ、なんだよな。

 聞きたいんだろ。じゃあ、飲めよ。そしたら話してやる。心配すんな、潰れても面倒見てやるから。俺は今日は駄目だからな、お前来るまで結構飲んだけど、全然酔いがこねえ。大丈夫俺んちここから近いから。お前がどうなっても、寝床ぐらいは貸してやるから安心して酔っ払え。そうしたら、話してやれる。


 高校の、学祭でな。うちの高校、吹っ切れて馬鹿でも賢くもない微妙な学校なのに歴史だけはあったから、伝統とか自主自立とかそういうのが大好きでさ。普段はタコみたいな授業しかしないし部活の成績だってパッとしないくせに、学祭だけは盛大にやるんだよ。三日ぐらいだったかな、最初の二日だけ一般公開して、あとの一日は生徒の自主性がどうこうみたいなやつ。その後片付けで一日使って、実質四日か。

 学祭中、生徒会の連中は学校に泊まり込みだったんだよ。俺生徒会の会計やってたか、同じように割り当てられた部屋で泊まり込みしてた。会計も運営本部の一員ってカウントだったんだよ。四六時中いけ好かないやつと顔付き合わせて合わねえ金勘定してんの。合わねえんだよ出店の売り上げがよ。露店なんて適当な商売してんだなって思ったもん俺。五百円札を二千円札だと思って計算してきた馬鹿を見た俺が言うんだよ、信じろ。


 で、三日目の夜だったかな。メインイベント全部終わって、一般生徒はとっくに下校して、生徒会の連中も打ち上げみたいなこと始めてたんだよ。そこそこ人数いるから、体育館の使用許可もらってさ。

 俺はさ、一人で生徒会室にいたんだ。そういう打ち上げみたいな場、昔っから好きじゃなくてな。嫌いってわけじゃない、俺が場違いなんじゃないかって違和感がずっとあるってだけで……まあ、そんなやつが居たって気ぃ使わせるか盛り下がるかするだけだろ。そういうのも嫌だったからな。だったら最初からいない方がお互いのためだろ。


 明かりつけるとバレるからな。念のためにカーテン閉めて、真っ暗な中、スマホ見てた。最悪寝ればいいかなって思ってたけど、全然眠気が来なくてさ。

 戻るのもあれだし、いっそ校外出ようかとか考えたけど、近場に何にもないんだよな。公園で座ってたら不審者どころか補導もんだし。


 そうやってぼーっとしてたら、入口の引き戸がデカい音立てて開いた。めちゃくちゃびっくりして反射的に顔を出したら、先輩がいた。

 向こうもこっち見てちょっと驚いたみたいだったけど、そのままふらっと入ってきて、何してんのって聞かれて……まあ、正直に言ったよ。打ち上げダルいんでサボってますって。そしたら先輩ちょっと笑って、


「じゃあ俺といっしょだ、サボり同士でちょうどいいな」


 何がちょうどいいんだって思ったけど、言わなかった。一人くらいならいいかなって思ったからな。うるせえこと言い出したら俺が出ていけばいいだけだし。それにまあ、先輩ならいいかってのもちょっとはあった。なんだろうな、普段からバカ騒ぎするような人じゃないってのは何となく知ってたから。他の連中が騒いでるとこからちょっと離れて、でも浮いてるって感じじゃないんだよ。いつも会室の書類棚の前に椅子置いて座ってて本読んだりしてて、でもそれが自然に見えるから誰も文句言わない、みたいなさ。少なくとも俺には、そういう人に見えてた。


 そんで二人で何したかって、奥の方で映画観てた。前の晩に、生徒会室のスクリーンで見たいって家からDVD持ってきたのがいたんだ。生徒会室、据え付けでちっちゃいスクリーンがあったから。それ使って暇なやつが何人か見ててさ、どうせ泊まり込みだからって、遅くまで観てたんだよ。数年前にちょっと話題になった、社会問題含みの露悪ホラー。高校生が背伸びして見て、一週間ぐらい落ち込むやつ。

 それが残ってたから、ちょっと借りようってことだった。見つかりますよって俺はいったけど、先輩が大丈夫だって言い張るから、じゃあもういいかって。


 あー……あの映画、オチまで観らんなかったんだよな。打ち上げ終わって、他の連中が雪崩れ込んできて有耶無耶になったんだ。俺はあれから見てない、けど先輩はどうだろうな、先輩は観たのかもしれないな。俺の関係のないところで、ちゃんと最後まで。


 思い出ったら、このくらいだよ。あとはまあ、お前と一緒だ。大学入ってサークル同じやつ入って、どうにかこっちで就職して。知ってるだろ。そんで今、こうして喪服で飲み屋でくだ巻いてる。何だ、整理するとつまんないことしてんな、俺……巻き込んで悪いな、本当に。サークルの後輩だからって甘えすぎだよな。


 俺日本酒追加で頼むけど、お前何にする? 奢りなんだからさ、ちゃんと飲めよ。つうか飲んでくんないとあれだ、俺が困る。俺も飲むけどさ、頼むよ。


 俺にさ、こっち出てこいよって言ったのも先輩なんだよね。先輩は覚えてなかったろうけど、高校のときに。受験生のくせにさ、放課後とか空き時間にちょくちょく生徒会室に顔出してきて、馬鹿話してた。使う駅が一緒だったから、帰りが一緒になるときは途中のコンビニで買ったアイス食いながらだらだらくっちゃべってさ。


 そんときにさ、お前向こうでも後輩になってくれよって。アイスの棒齧りながら、そんなこと言うの。冗談っていうか悪ふざけだったんだろうけどね、そういうことをさ、すらっと言う人だったから。


 ──そうだよ。本気にして、俺も珍しいやつそこそこちゃんとした大学生になったよ。志望動機はさ、適当書いたけどな。都会に行きたいってぐらいのこと言っとけば、別に他のやつもつっこみゃしないし。第一あれだ、言えるかよ、先輩と同じ大学に行きたいからなんて。なんか間違って本人に聞かれたら、それこそ俺が死ぬしかないだろ。恥だよ。

 そんでまあ、同じ大学受かったって、連絡取ったら先輩喜んでくれて、サークルに紹介してくれて……そっからは、別に説明いらないだろ。大学でのことは大体お前も知ってるはずじゃん、後輩なんだから。普通に遊んで、普通に飲み会で顔合わせて、たまに飯食いに行ったりしてってぐらいだ。先輩、知り合い多かったし。俺べったりってわけでもなかったし、それで別に良かった。古い知り合いだからって妙に気にかけられたり気ぃ使われると、俺が辛い。邪魔になりたかないだろ。そこまで俺の存在なんか見えてないだろうけど、羽虫も視界にちらつくと鬱陶しいからな。


 お前から見てさ、先輩……ああ、そうだよな。いい人だったよな。そうじゃなきゃ死んだって連絡、あんなすぐに回んないか。会場に人いっぱい来ないよな。悼む奴も惜しむ人も、たくさんいるだろうな。だから俺一人いなくても何にも問題ないんだ。分かるだろ、そういう感じ。


 事故死なんてさ、信じたかねえのよ、勝手だけど。

 そういう死に方していい人じゃねえもん。酔って階段から落ちて、なんてさ。死に方に上等もクソもねえだろうけど、マシな死に方ってのはあるじゃん。あとはほら、因果応報。だとしたら先輩、そんな死に方するようなことしてねえだろ……釣り合わねえじゃん勘定が。そういうの、嫌だろ。いきなり打ち切り漫画みたくいなくなんの、誰が喜ぶんだよ。


 あー、そうだな。その顔。多分俺と一緒だよな思ってること。

 俺がこんなんなる理由、分かんないよな。だって俺も分かんない。


 なんで先輩にこんなにこだわってんのか、全然分かんねえんだよ。確かにずっと、高校生の頃から俺の近くに先輩はいたけど、それだってただ居たってだけで……深い交流なんて全然ない。精々学祭の夜ぐらい、あとは平均的な先輩後輩みたいな関わり方しかしてない。それだけでこんなに引きずるなんて思うわけねえじゃん。

 致命傷なんて一回も食らってない、先輩は俺にそこまで近づいてない。俺だって、先輩に踏み込んだことなんてない。少なくとも俺はそう思ってる。そうだろ?


 それでもこの様なんだからさ、勝手だよな、人間。

 知らないところでこんなぐちゃぐちゃになってて、先輩だって困るだろうな。けどまあ、悪いけどどうにもならないんだよ、どうにかしたくないしな。だから通夜も葬式も絶対行かねえ。見ちまったら、受け入れるしかないだろ。似た人を見つけてももしかしてって思えもしない、そんなもんを突きつけられんの、無理なんだよ……。


 悪いな。いいよ俺の分は。グラス空いたんなら好きなの頼め。何飲んだって怒りゃしない、お前も駄目になって全部忘れてくれよ。こんな醜態。

 あー……、お前は俺の葬式来そうだな。別に止めやしねえよ、好きにしなよ。ちゃんと死んだ、って納得してもらった方が健全だろ。

 そうなったら、お前はちゃんと踏ん切りつけてくれよ。こんなろくでもないやつのこと、覚えてたっていいことないからな、きっと。

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未だ顔も見ず死出の道行き 目々 @meme2mason

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