ゼカリアの空論

腕時計

ゼカリアの空論

鉄片の混じった機械仕掛けのような雲の隙間が荒屋を照らした。地面で反射して理論で希釈された馬鹿な噂話が実現した世界。

「ニビルが通り過ぎたとしても、その影響は計り知れず、人のいなくなるまでこの放……」

同じ内容を捕まえているラジオは、周波数を変えたとて変わらない。天を覆う鉄が電波を反復させている。キュートアグレッションを拡大解釈したような世界の裂け目から幾多もの怪談が這い出た。あるものは甘んじて自分の死を受け入れ、またあるものは必死に抵抗して栄誉ある死を遂げた。

皿に乗せた鉄ネジとオイル、都市鉱山の一角をフォークでまとめ、頬張った。ここら辺には放し飼いの猟犬と、死者の魂から来る妖精が来ていたらしかったが、今はどこかへいったらしい。だったら、この白い猫はどう説明すればいいのだ。

「   」

それは愛らしく鳴く。荒屋で腰掛けたベッドと相対するような位置の椅子に奴は座っていた。私は言う。

「お前はどういう幻覚だ」

その呼びかけに猫は答えない。まぁ、自分から「私は人間を喰らう生物です」とは言わないだろうからな。

一通り補充の済んだ私は立ち上がり、体についた埃を落とし、暑苦しいコートを脱いだ。そして肌から樹立した鉄をヤスリで削り、落とした。最近はやけに鉄が肌から生えてくる。これもニビルの幻覚なのだろうか。それとも事実なのだろうか。

首から下げた懐中時計を見る。相変わらずそれは十三時二十五分を示す。また旅路に着こうと家屋から出ると、白猫は私の足跡を辿った。

「なんだ、ついてくるのか。幻覚よ」

猫は腑抜けたあくびを出した。私は「ハッ」と吐き捨てて、どこに行くかわからない家路についた。

日光はほとんど遮られ、入ってきた光も地上を乱雑に照らすものだから、夜のような場所と、白昼のような場所が良く分かれている。雨は酸と鉄屑を伴い、それは体を蝕んでいった。

「お前はどうやって生活してきたんだ?」

私は白猫に問うた。奴は答えない。ただ私の後についてくるだけであったし、もう数日の移動、何も摂取していないように見えた。その代わり、猫は私に目線を向ける。私は目線を合わせるように屈んだ。

「……私か?普通さ。物を食って、意志を持ってどこかへ向かっている旅路の途中。ロード・オブ・ザ・グローリー……なんてな。ドゥームズデー・カルトの集団自決からはるばる逃れて、今この場にいる。事の真相を確かめるためにな」

「  」

白猫は相槌を打った。私はまた歩き始めるために前を向いた。やはり変わらぬ歯車の林に、鉄柱の竹よ。どうか前の世界に戻ってくれ。あの、はるかに冷ややかな光を発す星が皆を見る前に、体組織の数十パーセントが機械に置き換わって尚生き続ける前に、プレートを流産する前に。チョコレートコスモスを追悼式に献花する前に。

人というものを見つけられた試しがない。意志を持つ故に脆弱な体をしているんだ。野生の動物はもう順応しきっているのに。


「第二の死を受ける皆様方へ。早急にこの世を去り、神の審判を甘んじて受け入れなさい。神はあなたが第二の死で以って侵攻することをよしとするでしょう。」


「けぶりの伴う神の裁きよ。今この時、顕現するその中に、なぜ我々がいないのですか。」


地面からの声に私は耳を貸さない。地面の唸りは電波的で、それはどこかの基地局で半永久的に機械が喋っている。私に向けられたメッセージではないのだ。それに私は今や1人では……

私は後ろを振り返った。そこに猫はいない。やれやれ漸くくたばったか。いや、地面の割れ目から顔を出している。

「         」

猫はそう言った。私は見捨てることもできた。が、なぜか手を伸ばしていた。

「しっかり捕まれよ、ほら」

私の片手を奴は両手で掴むが、こちらの方が引っ張られていく。何かが地面の底から猫を引っ張っているのか。右手で猫の後ろ足を掴み、そこから持ち上げようとするが、何かの感触が私の右手を伝い、透明な何かが私の体を突き飛ばした。

「あっ」

私は穴から落ちる。最後に見た空は嫌に明るくて、私は反射的に目を閉じた。

「   」

猫は叫んだ。私は落下距離などわからないから曖昧に覚悟を決めた。最後の数瞬だけ目を開ける。

そこは地獄でもなんでもなかった。そうか、ただの夢。ただ、ベッドの上。

猫が布団を挟んだ私の腹の上で寝ている。起こすのもナンセンスだ。私はそのまま予定を考えた。

十三時二十五分にサンスベリア追悼式の礼があるはずだ。それまでに買い物を済まさなければならない。今日は高タンパクな機械食が安売りであったはずだ。後は

「……もうそろそろ退いてくれない?ゼカリア」

猫を揺すると、彼の透き通ったエメラルドグリーンの目が私を見た。私は彼を持ち上げ、起床する。持ち上げたまま、私は言った。

「お前っていつも何考えて生きてんだ?」

そう問うも、いつも奴は

「   」

としか言わない。私が伸びをしたら白猫も真似をした。

「にゃぁ」

猫がそう言うので、私もその鳴き声の真似をした。

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