夏空の紙飛行機

生意気アホ毛

夏空の紙飛行機

 騒がしい蝉の声。朝からジメジメと暑くて嫌気がさす。

 窓から吹き込む風はもはや温風で全然涼しくない。冷房設備なんてものは田舎の学校にはなくて。

 オレのクラスの担任は今日もめんどくさそうに出欠確認をする。

 「えー次、カワハラ……は欠席だったな」

 カワハラ……ああ、チアキのことか。

 珍しいな。チアキが学校を休むなんて。昨日見かけた時は元気そうにしてたけど、夏の暑さにやられたか。

 ここしばらくまともに話してないから何も聞かされてない。幼馴染って言っても高校生にもなればそんなもんか。

 でも、割と健康面には気をつけてそうなチアキが暑さくらいで急に体を壊すか? 今までそんな姿見たことない。

 じゃあ何か別の事情が…………いや、そっか。今日、だったな。

 学校めんどいし、サボるついでだ。オレもアイツに会いに行ってやるか。

 つまらない朝の学活がようやく終わって、担任が教室から消える。今なら行けるかな。

 トイレにでも行くふりしながら荷物を持って教室から出る。

 教師どもには極力みつかりたくない。どうでもいい説教で時間取られんのは腹が立つし、何より無駄だ。そのまま昇降口で靴を履き替えて、奴らがいないことを確認しながら駐輪場に来た。

 雑に自転車のロックを外して、ヘルメットも被らずに漕ぎ出す。さっさと学校の敷地から脱出して、ありったけの力で加速をかけた。途端に心の曇りが晴れていく。

 グングンと飛ばして坂道を登れば、すぐに下り坂。整備が遅れてるのか微妙にひび割れて凸凹とした坂道。でも、ブレーキなんて必要ない。

 ハンドルから離した両手を広げて目を瞑れば、ああ、最高だ。

 吹き抜ける夏の風がすれ違いざまに髪を撫で付けるのを感じる。今だけは、頬を伝う汗すらも気持ちがいい。

 ふと思う。空を飛べたらどんな気分だろう。アイツは言ってたな。それはもう比べようがないほど堪らない気分だろ、って。

「はぁ……はぁ……」

 呼吸が苦しい。暑い。上り坂続きで、もう汗だくだ。途中の墓地を通り過ぎて漕ぎ続ければ、ようやく目的地についた。

 蒼い空。眼下に広がる田舎景色。その向こうには広大な海。

 やっぱここから見る景色が一番だ。

 適当に自転車を止めたら背中のリュックをその辺に放り投げたら、緑の芝に仰向けに寝転んで空を眺める。夏とは思えないほど涼やかな風がオレの上を通り抜けていく。夏の暑さも、ここにいるときだけは忘れられる。

 この高台にはオレとアイツとチアキの三人でよく来ていた。特に何をするわけでもなく、ただぼーっと景色を眺めながら、昨日は親に叱られたー、とか、友達と喧嘩したー、とか、なんてことない話をするんだ。

 後はそう、紙飛行機。オレとアイツはよくここで紙飛行機を飛ばしていた。どっちが遠くまで飛ばせるか、なんて競い合いをして、お互いの紙飛行機の行く末をじっと見守る。結局いつも、いいところで風が吹いてしまって勝負は決まらない。

 学校のプリントとかお便りで紙飛行機を折るもんだから、その度チアキに叱られる。それでもオレとアイツはやめなかったけど。

 ……そうだ、紙飛行機、久しぶりに飛ばしてみるか。

 確か学校から配られてたどうでもいいプリントかなんかの紙があったはずだ。立ち上がるのが少し億劫だけど、そのくらいは我慢しよう。

 リュックをとってきて手を突っ込めば、二、三枚ほどいい感じの紙が見つけられた。一応クシャクシャにならないようにクリアファイルに入れてるオレ偉い。

 一枚だけ取り出して、風で飛ばないように気をつけながら折っていく。いい感じの台が無いから仕方なくリュックの背中にクリアファイルを敷いて机代わりにする。

 学校の机とかでなら簡単だけど、リュックの背は硬さが無いから微妙に作りづらい。

 前はどうやってここで紙飛行機作ってたんだろ。

 よし、あとはここを折れば。できた。

 ちょっと不格好だけど、まあいっか。

 すぐに飛ばしてしまうのはもったいない気がして、紙飛行機を持ったまま再び芝原に寝転がる。

 蒼い空と紙飛行機。懐かしいな。

 楽しかった。いつか大人になっても、三人でなんでもないことして笑い会えるんだと思ってた。 

 でも、アイツがいなくなってからは…………。

「やっぱり来てた」

 ふと声がして目を向ければ、見慣れた顔。

 金髪に染めて、耳にはピアスまで開けて。中学までは真面目な優等生だったチアキも今となってはこれだ。

「ああ、チアキか。あんま近くに立つと、お子様パンツが見えちまうぞ」

 チアキの私服姿を見るのは割と久々だな。上半身は肩出し、下半身はスカート。随分と肌の露出面積が多いな。

 見ようとしているわけじゃないのに、スカートがヒラヒラと風に揺れるせいで本当に下着が見えそうだ。

 見えても見えなくても、別にどうでもいいけど。

「ッッ! 見ないで! 変態! あと、もうお子様パンツなんて履いてないから!」

「あっそ、悪かったな」

 軽い冗談で言ったつもりなのに、そんな怒るなよ。まさか未だに、熊さんパンツを見られたことを根に持ってるのか? もう何年も前の話だろ。あれは事故で仕方がなかったんだし、謝ったんだからいい加減許せ。

 そもそも小さいときは風呂だって一緒に入ったことあるし、お互いの裸を見るなんてなんでもないことだったろ。まあでも、確かにチアキは色々と成長してるし、オレも男だし、嫌なもんは嫌だよな。

「ていうかリク、その格好、学校抜け出してきたの?」

「ああ、まあな」

 そういえばオレ今学校の制服着てるんだったな。学校のことなんてすっかり頭から消えてた。

「まあな、じゃないよ。また抜け出したの? 無断でいなくなったら、先生たちだって困るでしょ? 学校から保護者に連絡がいって、おじさんやおばさんだって心配するし」

 どんだけ格好や振る舞いが変わったって、やっぱり根が真面目なのは変わらないらしい。チアキらしいや。

「わかったわかった。良いんだよ、いつものことだから。そもそも、お前だって学校サボってるじゃんか」

 そりゃあもちろん親を心配させたいわけじゃないけど、だからといって良い子ちゃんでいるのは無理な話だ。教師共に「お前らの話聞きたくないから帰ります」なんて言っても奴らが納得するわけない。だから抜け出す。学校行ってるだけマシだろ。

「ワタシはきちんと学校に言ってから休んでるし。それに、だって、今日は……ソラの命日、だし……」

 ソラの命日。アイツが死んだ日。オレたちが三人じゃなくなった日。

「ごめん、そんなつもりじゃ」

 軽い反撃のつもりで言ったのに。あーあ、オレってバカだな。なんでチアキに言わせちまうんだよ。あんな顔して、辛くないわけがないのに。

 なんで、死んじまったんだよ……。

「……それ、飛ばさないの?」

 隣りに座りこんだチアキがオレの紙飛行機を見ながら言う。

「んー、なんか、まだかな、って」

「なにそれ、よくわかんない」

「オレにもわからん」

「相変わらず、不器用なんだね」

 バカにしてるわけじゃなく、ただ純粋にそう思ったんだろうな。オレが昔から不器用なのは本当かもしれないけど、こればっかりは自分でやってから言って欲しい。

「リュックの上で紙飛行機折るのはなかなか難しいぜ。チアキも作ってみろよ」

「まあ、いいけど」

 流石に紙は……持ってきてなさそうだ。当たり前か。

 近くに放っておいたリュックを寝転んだまま取り寄せて、そのままチアキに渡す。

「そん中に適当な紙が入ったクリアファイルあるから、それ使え」

「ん」

 ガサゴソと音を立てながら、チアキは真剣な顔して紙飛行機を作っていく。

「できた。どう? リクよりは上手いでしょ?」

 得意げに笑って、チアキは完成した紙飛行機をオレに見せびらかす。

 ちっちゃいガキのような喜び方。お前はずっと、そうやって笑ってりゃ良いんだよ。

「見た目は確かにチアキの方が綺麗だけど、性能はどうだろうな」

 ちょっと悔しくて、そんなことを言ってみる。

「ふーん、そこまで言うなら勝負してみる?」

 勝負か。久しぶりにしたくなってきた。

「望むところだ」

 二人で一緒に立ち上がって、少しだけ距離を取る。

「負けたほうがアイスおごりね」

「いいぜ」

 アイスくらい、いつでもおごるけど。まあ、どうせ勝負するなら掛けるものがあったほうが面白い。

「せーので行くよ」

「おう」

 返事と同時に右手に持った紙飛行機を構える。何度もやった、馴染みの姿勢。

「「せーの!」」

 蒼い蒼い夏空に、飛び立つ二機の紙飛行機。

 その行く末を、オレたちはただ無言で眺めていた。

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