こんなので充分だと思う

 枕元に避妊具を置いておく。

 今日は妙にやる気があってな、たまには楽しみたいと思う自分が居て。

 普段は互いに仕事をしていて、充分な時間も無く疲れもあって、帰宅して飯食って風呂入って寝る。

 こんなのがルーティン化していたわけだ。

 明日は休日でこれと言って予定も無い。だから、久しぶりの夫婦の時間をなんて、そう考えて避妊具を置く。

 期待しているのだが、相手が乗るかどうかは分からない。


 性交の同意に関して今は見ることができないが、某サイトのコメント欄に多数記載があった。

 ほぼ全てが懸念を抱き反発する意見だったが。

 曰く「暗黙の了解」だの「少子化が加速する」だの「とんでもない法律」だの「同意の証明なんてできない」なんてのも。挙句には「美人局が跋扈する」なんて奴まで。そもそも声掛けられて、鼻の下伸ばして着いて行くからだろ。自業自得だっての。下心しか無い奴なんて法で救う価値すらない。

 他にも無数にあったが、いずれも昭和脳がもたらす、陳腐な被害妄想の類だったな。

 昭和脳なんて勝手に呼んでるが、あの時代の女性に対する男性の態度。


「デートしたらやっていい」

「泊まったらやっていい」

「嫌よ嫌よも好きのうち」

「車に乗ったらやっていい」


 実に身勝手な言い分だったわけで。

 女性の意思なんてガン無視してたわけだ。それが昭和脳。

 脳内の情報をアップデートできない、昭和世代の寝言のオンパレードだった。


 あの世代の男性の多くは、女性は黙って男に従え、だ。男より三歩下がって歩くのがいい女、なんてのもあったわけで。亭主関白とか言っていたような。

 カビの生えた女性像を勝手に描いて、勝手に条件を作り支配していた。

 男尊女卑の時代でもあって、男女同権を阻むのも、その年代の男どもだ。

 揃いも揃って女性とのコミュニケーションを無視する。

 家じゃろくに口も利かないし「飯」「風呂」「寝る」だ。昭和の男ってのは、異性に対してコミュ障ばっかりじゃないか。


 じゃあ今はと言えば、その反動もあってか女尊男卑の傾向も見て取れる。

 まだまだ一部に男尊女卑は残っているが。それでもかなり男性の優位性は削がれた。

 もっとも女性の地位向上に伴い、別の問題も出てきたが。

 少数派の問題だな。これはまた別のことだから、ここでは取り上げない。

 ただ「行為」という点では男女関係無いし、少数派も多数派も同じことだろうと思う。

 狭い範囲に収めず広く考える必要はあるだろうと。


 さて、寄り道したが。


 枕元に置いた避妊具だが、そのままになっている。

 確か確認してたよな。置いてあると言うことは「同意」ってことでいいんだな。期待しちゃうぞ。久しぶりだし。

 そろそろ子どもも欲しい頃だと思っているし。

 あ、でもあれか。避妊したら子供できん。次はどう誘うかも考えておこう。


 妻の顔を見ると微笑んでる。


「明日。用事無いんだよね?」

「無いな」

「のんびりできそうだね」


 そうだな。ゆっくり、たっぷり。


「たまにはしっかり休むのもいい」

「寝ちゃうの?」

「あ、いや違うんだが、休日はしっかり」

「だよね」


 今夜は励むが明日はのんびり過ごす、ってことなんだが。ちょっとだけ揶揄う感じの笑顔がな。

 まあ、それなりに期待はしてそうだ。

 夫婦の同意を得る手段なんてのは、難しく考える必要は無い。

 避妊具を置くでもいいし「今夜いい?」と問うだけでもいい。例えばだ、旅行に誘う場合に「今度旅行でも行くか?」と同意を得るだろ。買い物をする際にも「これ、買ってもいいよな」とかな。

 同じことだ。

 どこにも違いは無い。なのに性に関してだけ同意を躊躇する理由は?

 無いよな。


 だが、実際には難しいとか、そんなの暗黙の了解でとか、言い訳が並びたてられる。

 なぜ、同意が難しいのかと言えば、日本の性教育が限度を超えた幼稚さだったからだ。臭い物には蓋の理屈で以て、触れることを憚る風潮もあった。

 性を語るのは卑しいだの汚らわしいだの下品だの、なんて刷り込みもあったのだろう。そのせいで、男は女性との性の話題に関してコミュ障になった。口にできない理由を並べさせたら、幾らでも出てきそうだぞ。

 知識なんてのは自分が抱いた女、またはエロビデオだのエロ本。道具扱いしかして無いだろ。思い込みだけで確認すらしてない。

 女子の生理なんて触れるべからず、ってのが昭和世代だっただろうし。知らないから気遣うこともできない。機嫌が悪いと生理だから、で片付けてしまいフォローが無い。


 まあ、こんな男性が長い間、上から押さえつけてきたのだから、真面な性教育なんてできるわけもない。


 残念だが、それに従うしか無かった女性もまた、男を増長させる原因となった。

 だから「強制性交等罪」や「強制わいせつ罪」も、加害者側の視点しか無かった。被害者の視点が無かったせいで、泣き寝入りが後を絶たなかったわけで。

 今回の改正で、やっと一歩を踏み出したと言えるだろう。

 まだまだ至らない点もあるし、解釈ばかりが先行してる面もあるが。

 どんな司法判断が下るかは暫し先の話だ。


 さあ、寝るぞ。

 ベッドに潜り込むと妻もまた潜り込んでくる。

 互いに見つめ合い頷くと、しっかり時間を掛けて楽しませてもらった。


 恋人同士での意思確認の方法なんてのも、やっぱり同じようにすればいい。

 懸念される「同意してたよね」「してないんだけど」なんてのも、きちんと決まりを作っておけばいいだけの話だ。

 そもそも、気に入らないから訴える、程度では犯罪として成立しない。

 喧嘩して勢い告訴するのか? したら有罪にできるとか思ってる?

 そりゃ無茶だろう。


 何のために構成要件があるのかってことだ。立証する必要もあるのだから、腹っ立った勢いだけの訴訟で勝てる見込みは無い。

 むしろ訴訟沙汰になれば、被害者とする側も多大な労力を必要とする。

 加害者に仕立て上げるのも、相応の準備は必要だろうよ。


「しないよな?」

「え、何を?」

「不同意性交等罪で告訴」

「しなくて済むように決めたでしょ」


 結局は、双方のコミュニケーションのあり方の問題だ。

 恋人だから、妻だからと適当でいいわけが無い。人であり感情があり、時に機嫌だって損ねるし喧嘩もする。それでも円滑にやるために、常にコミュニケーションは必要だし、相手に対しての気遣いだって必要だ。

 何もして無い奴に限って心配するんだよ。裏を返せば心配する奴は自覚があるってことだろ。

 ひとりの人として見て来なかったって言う。


 ただ、これらを面倒臭いと投げてしまう人も、おそらくは一定数居るのだろう。

 そんな手間掛けてまで付き合いたくないと。

 自由だ。そんなのは。


 おひとり様が良ければ生涯通せばいい。誰もそれを咎める権利なんて無いし、少子化がどうだの、言ったところで響くはずも無いのだから。

 ただな、その手間を掛けた分だけ、返ってくるものもあるとだけ。


「二人で食う飯って美味いよな」

「何、いきなり」

「いや、今思っただけ」

「あ、でもひとりよりはね」


 体だけじゃない。精神的な繋がりもな。


「できないもんね」

「え?」

「セッ……」


 確かにできないな。


      ―― Finis ――

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訴えられても困るのでお付き合いはお断りしたい 鎔ゆう @Birman

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