嘆かわしい事態

脳幹 まこと

目覚めよ、国民たち。


 日本の夏の風物詩・花火大会が次々と中止を宣言しているらしい。

 理由は財政難。コロナによる謹慎が解除されたが、予想以上に厳しい状態にあるようだ。

 ああ、なんと嘆かわしい状態にあるのだろう。

 なぜ地方民は協力しないのだ。素晴らしい技術への畏敬の念を忘れてしまったのか。

【……義援金? カネなんてびた一銭も出すわけねえだろ。それをするのは地方民の仕事だろうが。甘ったれんな】


 日本の誇るべき自然もまた危機的状況にある。

 有名スポットには缶、プラ容器、ペットボトルが山のように放置されている。

 楽しむだけ楽しんで、後始末は取らない。快楽をむさぼる餓鬼のような不届き者達も多く見受けられる。

【俺はガンガンゴミ捨てるけどね。気持ちよく帰りたいし。こんなド田舎に来てやったんだから別にいいよな。他の奴らがまとめて拾うだけだし。チョロだろ】


 まったく嘆かわしいことだ。また古き良き伝統が衰退していくのか。

 これまでに一体、どれだけの日本の宝が失われていったことか。

 祭りもそう、漁業や畜産業もそう、能や落語もそう。

 目先の欲望に飛びつくあまり、本当に大切なものに誰も目を向けようとしない。

【国産の鰻食わせろや。どこもかしこもクソたけえんだよ。ぼったくりやがって】


 日本人の心は、いつからこんなに冷たくなってしまったのだろう。

 とにかく何事にも無関心を貫き通す。いつまでも対岸の火事だと思っているかのようだ。

 こんな世界で割りを食うのはいつだって、優しくて、真面目で、善良な人物だ。

 長く続けてきた知り合いの飲食店も先日、店仕舞いをした。

【俺の贔屓のラーメン屋潰れやがった。隣のジジババ向けの和菓子屋が潰れりゃよかったのに】


 今の日本人というのは、こんな時だけふてぶてしく現れて「応援してました!」などと戯言を発する。

 だが、当然ながらその意図は応援などではない。この発言がいくらバズるかである。頭が承認欲求で毒されているのだ。

 その証拠に「別れを惜しんだ」すぐ後には、また別の店で映えそうな商品片手にピースをする画像が添付されているのだ。

 彼らには節操というものがないのだろうか。

【お前らのせいでこっちの投稿が隠れるっつーの】


 資本主義は紙幣を絶対的な存在にしてしまった。

 紙幣を多く持つものが勝者であり、多くを決められるようになった。紙幣を多く持つには具体的な価値を、数多く、迅速に、恒久的に提供すればよい。

 そのルールを満たすように最善手を打ったのがGAFAガーファである。彼らが世界の王者であることは言うまでもあるまい。

【ムカつくけどアメリカ様だしな。どうにかすんのは無理だろ】


 逆に割りを食うのはどこか。その矛先は具体的な形を持った価値を持たない「伝統」「芸能」「自然」に向くのだ。

 日本人は次々と、外国から流れてきた「心地よさ」に踊らされている。日本人が持つ忍耐と愛国心はどこへ行ってしまったのだろうか。

【まあ、俺は普段ガンガンクーラー利いてる部屋で便利な生活を享受しているけど、お前らは伝統的な生活よろ。俺を幻滅させないでね】


 資本主義の行きつく先はどこか。

 それは先述したルールに従えば何となく想像がつくだろう。

「もっとも効率的な」ものだけが生き残り、すべてを牛耳るようになるのだ。


 目覚めよ、日本国民。

 俺が寝ているうちになんとかしとけよ。

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