白城冬花
狩人が依頼を達成したか知る前に、狩人の行方が分からなくなった。彼が贔屓にしている情報屋も行方を知らないと言っていた。脅しても答えは同じだったので、事実だと思われた。果たしてどうしようかと頭を捻らせている時に、局員から一人の青年を発見したと報告があった。彼は狩人の依頼に載っていた、人物の頭部を抱えていた。何故か? そう疑問を呈するしかなかった。すぐに彼が誰か判明した。黒木捨一。彼は十年前に失踪してから今日、誰もどこに行ったか知らなかった。
十年前。小学校が登校しない黒木を心配し、学校が家に訪れると黒木の姿はなかった。代わりに母親が、殺された状態で倒れていた。首を鋭利な物で刺された出血死。獣にでも食い荒らされた跡があった。調査をすると黒木は、父親は赤子の時に蒸発。母親が一人で育てていたが、その母親にこれまで過度な虐待をされていた。彼は逃げることも出来ずに、一人で母親の暴力を受けていた。そして、ある日突然それが爆発。最後に彼を目撃した借金取りは、顔を真っ赤にしながら母親を食べる黒木の姿を見た。そんな彼は何故か、突然標的の頭部を抱えながら、表社会に現れた。彼は十年間どこで何をしていた? それを彼がその口から語ったことはなかった。何故十年後に突然姿を表したのかも。
私は彼の顔を見た時に、見覚えがあると思った。昔に下町を歩いている時に、母親らしき人物と楽しそうに笑っている男の子がいた。多少他より記憶力に良い私は、成長してたとしてもその面影を忘れるはずがなかった。彼はあの時の男の子だった。だが、発見当時は瞳から光が消え、別人と言われる方が納得出来た。
彼は何が何でもナイフを離さなかった。危害を加えるつもりはなかったが、お守りのように手から離されるのを嫌った。銃を突き付けられても、それが見えないかのように動じなかった。ただ邪魔をする者を無言で倒していった。こちらも手荒くするしかなく、力で彼を無力化した。戦いに負けて拘束されても、表情が変わることはなかった。負けたことによる悔しさも、捕まったことによる焦りもなかった。彼は初めから死んでいた。そう思ってしまった。心も身も全てが。
私が小さかった時に母国、シルフィスで戦争が始まった。一方的にラボス帝国に侵略され、日常は消し去れられた。あったのはただ壊された世界。人々は飢えに苦しみ、どこもかしこも戦場と化した。戦火は瞬く間に母国を覆い、私の目の前で大親友が命を落とした。避難をしている時に、帝国軍から玩具の的のように頭を打たれた。彼女の命は言葉に表さられないほど尊いものなのに、呆気なく殺された。私達には生きることが許されないというように。両親も私を逃がすために犠牲になった。私は嬉しくなどなかった。そのようなことをするのなら、私も一緒に死にたかった。大親友を守れるのなら、代わりにそこに立ちたかった。だが、幾ら後悔しても状況が変わることはなかった。それらのことはもう過去であり、私は今を生きていた。
私はその後逃げている最中に友軍に救助された。気付けば親族は誰一人生き残らず、私は天涯孤独だった。私はこの戸羽国に避難し、戦争のない普通な世界で生きた。ラボス帝国は超大国であることを良いことに、残虐行為をいつまでも続けた。多くの周辺国が母国、シルフィスを援助したが、ラボス帝国には勝てずにシルフィスは崩壊した。私は成人する頃には、戦争が最悪の形で終わりを迎えていた。それはシルフィスの長年の歴史が終わるということだった。シルフィス人は、数えられるだけしかいなかった。ラボス帝国は異常なほどまでにシルフィス人を大量虐殺した。紛い物と蔑まれてきたが、自分達こそ正統派である、と。それを伝えるためだけに多くの血が無惨にも流された。
このような悲劇がこの世から消えることを願って、私は入局したはずだった。なのに、子供一人さえこの腕で守ることが出来ないのでは、本末転倒だった。ただ黒木が私達では救えない時点にまで来ているのは、以前から分かり切っていた。人肉が彼の個性の一つと組み込まれてしまっている中、それを取り除けば彼は彼が何者であるかが分からなくなる。だから、人肉を奪おうとすれば彼は抵抗した。目を離せば死んでしまいそうに。ただ皮肉でもあった。自分があれほど血を流れたのを嫌ったのに、彼の価値と数人の命を天秤にかけては、彼を選んでいた。あの時を忘れてしまったかのように、私は別人と化していた。
この平和な地を初めて踏んだ時に私は何を思ったのだろうか? 私、スノフラ・シルフィスがこの国で生きるために新たな名を得た時。白城冬花の名を授かり、新たなに生きると考えた時。シルフィス王国の王族唯一の生き残りが、諦めてはならないのだった。私がここで倒れれば、先に死んだ者にどのような顔をすれば良い? 彼らは私を恨み、妬み、殺意を込めて睨み付ける。何も出来ない小娘と蔑み、殺されるだけの罪人。
私は母国を愛しているはずなのに。あの三色の国旗が表す美しさを忘れたこともない。空の青、太陽の橙、自然の緑。神の化身と呼ばれるシルフィス王国は美しい、はずだった。なのに、今は思い出せない。あの戦火が全てを飲み込んだ。私の心さえも。いつまでも過去に囚われて抜け出せないのだった。
でも、一つだけはっきりしていることがある。もし、ラボス帝国の者に出会えば、この手で我を忘れて裂くだろう。それが出来る唯一の復讐。でも、怖いとも思う。その後に私に残っている物はきっと何もないからだった。大好きな家族がいなければ、生きる意味などない。常に荷物を整理し、いつでも逝けるようにしているのはその表れだった。だから、結婚もしようと思っていない。生き残った私だけが楽しく生きられるはずがなかった。この身はシルフィスのためにあり、私のためでは一度もなかった。この道を進むことで私は幸せになれる。家族に空でいずれ出会える。もう寂しくなる必要はどこにもなかった。この生きてきた役目さえ果たせれば、楽園がきっと待っている。
シルフィスに栄光あれ。
MADNESS 影冬樹 @kagefuyuki
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