その5 転生のその先

 俺の耳に、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。聞き覚えのある、親しみ深い母親の声だ。

「ベッドの上……?」 と思考がぼんやりと流れる中、ゆっくりと目を開けてみる。白い部屋、俺の目の前で俺の名前を連呼している母親。ポッ、ポッと心拍に合わせて音を立てる機械。病室、それも集中治療室か?

 目を開いた俺の顔を見て、母親が泣き崩れている。

 やがて、母の押したナースコールに応えて、看護師らしい女性が俺の横にすっ飛んできた。

 俺は大けがをしながらも生きていることに気がついた。だが、その原因は魔王の攻撃ではなく、現実世界で起きた交通事故だった。意識不明の状態が3日間続いたらしい。左腕と右足が骨折していたが、それ以外は大丈夫だとのことだった。


 数週間後、ギプスが取れ、脳や内臓の検査結果にも問題がなく、リハビリを開始することとなった。

 リハビリルームは、窓から差し込む陽光が明るく照らす、活力に満ちた音楽と、元の生活を取り戻そうとする意気にあふれた場所だった。理学療法士の先生から、しばらく動かしていなかった腕や足の筋肉を鍛え直す指導を受け、機能回復訓練が始まった。


 夢とも現実とも付かないあの世界で、勇者として簡単に与えられた、豪快に剣を振るって魔法の火球を放つ能力のようにはいかない。リハビリにおいては先生の指導にじっくり耳を傾け、可動域が戻りきらないうちの痛みに耐えつつ、トレーニングマシンなどを用いた地道な訓練が続くのだ。

 慢心のわき上がる余地もない。メニューをこなしつつ、少しずつ可動域を広げ、筋肉を付けていった。

 

 その日、隣のベッドでは、同じくリハビリを受けている若い女性がいた。彼女は理学療法士の先生に脚を動かされ、「いたたっ!」と小さく声を上げていた。その声には、どこか聞き覚えのあるトーンがあった。

「この声は?」 疑問に思った俺は、思い切って声を掛けてみた。

「すみません、もしかして……」

 彼女が「ああっ!」と驚きの声を上げ、顔を向けたとき、俺の疑問は確信に変わった。彼女は間違いなく、あの賢者の子だった。

「まさか、ここで会うなんて……!」彼女の瞳には驚きとともに、何か深い感情が浮かんでいた。


 それからの俺たち2人の様子は、周りからは、同じリハビリ室で再会した元恋人同士が、お互いに励まし合いながら熱心にリハビリに励んでいる様子に見えるようだ。

 時には思い通りに回復が進まず、一方が弱音を吐くこともあったが、そんなときにはもう一方が励まして支える。その様子は理学療法士の先生にとっては頼もしいもので、周りの患者にとってほほえましいものであったようだ。入院中のおばあさんから若い二人への応援だとして、お見舞いの品をお裾分けしてもらうこともあった。

 俺の方がどうしても退院に時間がかかってしまったが、彼女は自身の通院リハビリの際には俺の訓練を応援してくれた。


 俺たち2人は退院後も休みのたびにデートを重ね、今もこうして交際を続けている。

「もしかして、これが『運命』だったのかな?」

 あの奇妙な出来事、魔王との戦いを思い出しながら、俺は彼女に問いかけた。賢者のような思慮深さをにじませながら、彼女は言う。

「間違いなくそうだと思うわ。もし『使命』の本当の意味に気がついて逃げ出して、金貨を手に街へ繰り出していたら、お互いこうして出会う『運命』はなかったかも」

「もしもう一回呼ばれることがあったら、今度は魔王を倒そうな」

 俺は彼女を守る勇者として、その身体をぐっと抱きしめた。


──────

あとがき


 本命になる作品を書いておりますが、それを公表する前に練習的にアップロードする作品として書きました。

 ひねくれ者なので、単純な転生ものにしたくないとして「なんの見返りも求めずに転生させるのか、なら報酬は何なのか?」という疑問を盛り込んだり「帰ってきてしまう転生もの」にするなどしてしまいました。まぁもっと前から同じ事考えてるかたはいらっしゃったかと思いますが、ネタ被り有ったとしても新米の習作ということでご容赦を。

 また本命が出来ましたら、その際にはみなさまよろしくお願いいたします。

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転生したらレベル限界突破してて可愛い賢者と一緒に運命と真っ向から向き合いました 神野 浩正 @kannokousei

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