その4 魔王の玉座

「お二方様、魔王との戦いのときが参りました。何があろうとも、決して『運命』から逃げないでくださいませ」

 遂に戦いの日がやって来た。俺と賢者の子は、準備を整えてお互いにぐっと手を握り合いながら巫女さんの後ろを付いていく。

 そしてたどり着いた一室には、石造りのいかにもワープゲートという一対のオブジェクトが不可思議な光を放っていた。

「この先に魔王の玉座があります。どうか逃げずに『使命』を果たしてくださいませ」

 巫女さんの言葉に、俺は答えた。

「逃げる訳ないですよ! この子と一緒なら、どんな『運命』だって耐えられます!」

「ええ、この世界でようやく出会った『運命』ですから!」

 賢者の子も力強く俺の手を握りながら答えた。

「それでは、この門をくぐってください。その先に魔王はおります」

 俺たちは何のためらいもなく、門の中へと飛び込んだ。


 ぶぅんと周りの空間がゆがむような違和感とともに、視界がゆがむ。俺の彼女の手を握る力がぐっと強くなる。

 彼女も俺の身体をもう一方の腕で、杖を手にしたまましっかりと抱きしめてくる。


 視界が落ち着きを取り戻した時、そこは薄暗い地下の空洞に築かれた神殿のようであった。

 俺と賢者の子は、ついに魔王と真正面から向き合った。

 魔王は神殿の中心へ置かれた巨大な玉座に鎮座して、こちらを見下すように睥睨へいげいしている。玉座の座面で既に人の背丈を超えているのだ、立ち上がれば人間の4倍から5倍の背丈となるだろう。吐息ひとつだけでこの空間をびりびりと震わせ、全身から背筋が凍てつくような邪気を発していた。

 賢者の子は手鏡に魔王を映し出した。

「……なに、これ……」

 レベルは680。俺たちよりはるかに高い。

 生命力ゲージは半分ほどの値を示していた。それでなお、魔王には圧倒的な余裕が感じられた。彼女の手が震えているのが傍目にも分かった。

「これって……いったい……」

『また来たのか、人間の勇者どもが。我の生命力をまたも削りに来たのか』

 魔王の大音声だいおんじょうが、地下の空洞を突き崩さんばかりに震わせながらこだまする。

『お前達で32人目か……性懲りもなく、異世界から転生した者を送り込んできよったか。質より量で送り込めば、少しずつ我の体力を削っていつか我を倒せるというつもりか』

 質より量? 体力を……削る?

『愚か者め。我を倒すための捨て駒風情が。前の奴ら同様、消し飛ばしてくれるわ』

「それじゃあ、俺の運命は……魔王に一太刀浴びせて消えるってこと?!」

「冗談じゃない、せっかく運命の人と出会って、一緒になったばかりなのに!」

 賢者の子が、真っ青になりながら鏡を覗き込んでいる。横にいる彼女の鏡の裏の『36』という数字、俺の鏡の裏の『35』。同じように魔王に挑んだのが他に30人……4人、魔王に挑まず逃げたのか?! まさか、その1人が街でへたり込んでいたあのおっさん?!


 賢者の子は俺の手を強く、強く握る。

「負けないよ……死なないよ……こんな運命、ひっくり返してやろう! ねぇ! 愛してるよ!!」

 彼女は魔王の目の前で、俺に決死の告白を告げてきた。

「俺もだ! お前を愛してる! こんな運命に負けてたまるか!」

『くだらぬ愛の言葉を我の前で交わしよってからに。二人仲良く消え去るが良い』

「させるかああああ!!」

 賢者の子はありったけの魔力を注ぎ込んで、全力の火球を魔王に叩き込む。

「うおおおおおっ!!」

 俺は全速力で魔王の元に飛び込み、使える限りの剣技をもって、魔王に剣を突き立てる。

 魔王はいくらかは傷ついたようだがそれを意に介した風もなく、ゆっくりと椅子から立ち上がり、俺たちを悠然と見下ろす。

 そのゆっくりとしたモーションの間に、俺たちは再度打ち込めるだけの攻撃を叩き込んだ。手鏡で相手の生命力を確認する余裕など無い。

 魔王の手に何か漆黒の球体が、周りに稲光を放ちながら練り上げられる。

『消えよ』

 漆黒の球体が、こっちに向かって一瞬で飛んでくる。

 かわせない!

 俺は、賢者の子を全力で抱きしめた。

 俺たちの身体が、刹那の間に分解され、さらさらと消え去っていくのを感じた。

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