3.その物語のおわりに
「遂に灯りも途絶えてしまった。今と違ってその小さな灯りを失えば、夜はもう暗闇だ。一歩も動くことができなくなる。夜の獣の気配、風の音。それらに耳を澄ましているしかない。そんな時、彼らは行く手に小さな灯りが灯るのをみつけた」
都と呼ばれる町があった時代。油で灯りを灯す時代だろうか。
一寸先は闇。今では考えられない状況だ。だから想像は難しかった。その先を聞くまでは。
「灯はわずかに移動している。そして兄妹はその灯りを追う。声をかけても聞こえないのか、灯は先へ行ってしまう。足元は道のない斜面でおぼつかず、支え合いながら二人は懸命にそれを追った。それが何なのかもわからないまま」
暗闇の世界でたった一つの灯。小さな炎の朱。きっと遠い場所だったのだろうと思い浮かべながら続きを聞く。
「そして、遂に路へ出た。行く手にはふもとの集落の明かりが見える。ようやく安堵の息をつく兄妹。気が付くと灯はどこへ紛れたのか消えていた」
それは民家の明かりに心を馳せていたから。灯は、そこへ向かう人の持つものだったのか、それとも……
「そのことに気づいた妹は、ふと、今来た道を……道のないただひたすらの暗闇を振り返って呟いた」
海に面した都から来た兄と妹。それはそんな彼らが知る言葉。それから、その名が示す知らずの火。
「『
……。
「すみません、オレ鳥肌立った! 全然怖くないのに鳥肌!!」
「え、待ってください。アスタロトさん。その不知火って」
「山犬って」
口々に叫びと疑問を上げている。すごく話しに傾倒していた上に、全然怪談じゃないのに、なぜか一気に涼しくなった。
「どうだろうね。ボクのただの作り話かもしれないし」
「かもって、アスタロトさん」
江戸と呼ばれる都から北。何日も北へ歩いた旅路の先。そこには三峯と呼ばれる霊峰がある。神の使いは狼とされていた。そのことを知る人間なら、おそらく思い至っただろう。
きっとそこなら大事にしてもらえる。
それを知っていた兄妹はその地へ向かったのだ。
「涼しくなった?」
「鳥肌」
「すみません、今の話本当ですか」
「不知火」と暮らす司の割と本気の問いにも、アスタロトはただ微笑み返しただけだった。
* * *
「その話、あの兄妹には?」
ひとしきりの話を聞いた後、清明はアスタロトに尋ねる。
「してないよ。するつもりもないけど……そうだね、気が向いたらいつかするかもしれないね」
それは気まぐれな悪魔の、気まぐれな古語りーー
* * *
霊獣である不知火の存在については本編では明記されていませんが、たぶん三峯神社の関係なんだろうなーくらいにうすぼんやり思っており、そこから出来たお話です。
送り犬の言い伝えは八ヶ岳山麓付近(山梨・長野両県)、不知火は九州地方で夏になると海上に現れる知ら不(ず)の炎。
いずれも実在する伝承なので、気になる方は近況ノートをご覧ください。
不知火のイラストも掲載しておきます。
https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16817330660384641511
いにしえ語り 梓馬みやこ @miyako_azuma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます