マシュマロ、愛の誤解
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マシュマロ、愛の誤解
閑静な住宅街の中に、一軒の住宅があった。
外壁は清潔感のある白いサイディングで覆われていて、窓枠や玄関のドアは木目調のブラウンで統一されていた。
その家に、学ラン姿の少年が帰宅していた。
「ただいま」
そう言いながら、一人の少年が自宅玄関をくぐる。
その少年は、身長は平均よりもやや低めで童顔、顔立ちも整ってはいるが幼さが残り、髪型は前髪が長めの黒髪と、全体的に幼い印象を受ける少年だ。
学年は中学3年生だが、まだどことなく小学生のような、あどけなさがあった。
名前を、
彼の家は、どこにでもあるような二階建ての一般住宅であり、決して裕福とは言えないまでも、特に貧しいわけでもない家庭だった。
貴志が帰宅すると、パタパタとスリッパを鳴らして小走りに駆けよってくる存在があった。
貴志は予測していなかったのか、ギョッとした表情になる。
「おかえり貴志~!」
それは、まるで飼い主を見つけた子犬のように駆け寄ってきたかと思うと、そのままの勢いで抱きつかれる。
そして、ぎゅーっと強く抱きしめられたあと、頬ずりをしている。その様子はまるで、本物の犬を相手にしているかのようだ。
「ね、姉ちゃん! 今日は大学で夕方まで講義があるんじゃなかったの?」
姉の行動に動揺しながらも、なんとか疑問を口にする貴志。
しかし、そんな弟の質問など気にすることなく、彼女は嬉しそうに答えを返す。
「今日はね、休講になっちゃったんだよ! だから、早く帰ってこれたんだ~♡」
そう言って、またギュッと抱きしめながら頬ずりをする彼女の名前は、遠藤
彼女は、ブラウスのワンピースを重ね着し、肩甲骨あたりまである栗色の髪をハーフアップにして束ねており、毛先がふわふわと揺れている。
大きな瞳は、ぱっちりとしていて二重瞼、睫毛も長く、肌の色は健康的な小麦色で、唇はぷっくりとして艶やかだ。
そんな、とても愛らしい容姿をした女性なのだが、言動はやや子供っぽいところがある。
いわゆる残念美人というやつなのだ。
それはさておき、貴志としては、そろそろ解放してほしいところなのだが、相手は一応姉なので、あまり邪険にもできず、されるがままになっていた。
そこへ、第三者の声が割り込んでくる。
声の主は、母親だった。
腰まで伸びたストレートの髪を緩く一つにまとめている。
瞳の色は茶色に近い黒。少し垂れ目気味だが、穏やかな眼差しをしていて、口元はいつも優しく微笑んでいるように見える。
シックなカラーのワンピースを着ているが、彼女は全体的に明るく若見えで年齢は30歳前くらいに見えるが、実際は40歳に近い。
名前を遠藤
「柚葉。貴志に何をしているんです。大学生にもなって、みっともないですよ」
明子が呆れた様子で声をかけると、柚葉は渋々といった表情で、貴志を解放する。
「え~。いいじゃない、貴志は私の弟なんだからさ~」
ぶーぶーと文句を言いながら、不満そうな表情を見せる柚葉。
明子は、娘に向かって手を伸ばすと二人を引き離す。
「まったく。大学生にもなって、いつまでも弟にべったりでは困ります。少しは大人になりなさい」
母に注意されたことで、少しシュンとなる柚葉。
貴志はホッと胸を撫で下ろしていると、明子のあやしい視線を感じた。
そのことに気づいた貴志は、思わず身構える。
すると、明子は、にっこりと微笑みながら口を開く。
「おかえり~貴志。あんな小娘より、大人の女の方がいいわよねぇ?」
貴志は、その言葉に背筋がゾワッとするのを感じた時には、明子に抱きしめられ豊かな胸の中に顔を埋められていた。
逃れようとジタバタともがくのだが、全く身動きが取れない。
「あー! 何してるのよ、お母さん!!」
その様子を目撃してしまった柚葉が絶叫する。
母の暴挙を目にした柚葉は、慌てて駆け寄り、母から貴志を引き離す。
「何って、おかえりなさいのハグじゃない。私は、貴志の母なのだから当然でしょう? それより柚葉は大学に通学するのに、アパートを借りてあげるって言ったのに、どうして実家から通学するの? 大学生なんだから、いい加減弟離れしたらどうかしら?」
涼しい顔で答える明子に対して、柚葉は顔を真っ赤にして怒りだす。
「何よ。私は貴志のお姉ちゃんなのよ。私が、この家から出て行ったら、貴志はお母さんと二人暮らしになっちゃうじゃない!」
ちなみに、父親の方は、単身赴任中のため、現在はこの家にはいない。
そのため、この三人家族構成となっている。
「そうよ。せっかく貴志と二人っきりになって、一緒にご飯食べたり、お風呂に入ったり、一緒に寝たりのスイートライフを過ごせると思ったのに……。柚葉のせいで台無しだわ」
そう言うと、明子は拗ねたように頬を膨らませる。
「な、なんて破廉恥なことを考えてるのよ! 親子がそんなのダメに決まってるでしょ!! 貴志は、私のものなんだからねっ!!!」
そう言って、柚葉は感情をあらわにし明子に詰め寄る。
「あら。いつから貴志はあなたのものになったのかしら?」
明子も負けじと言い返す。
貴志は、その間に明子の腕から逃れ、二人の言い争いを止めるべく声をかける。
その声が震えているのは、決して恐怖心からではない。
断じて違うのだ。
そう自分に言い聞かせながら、彼は二人に声を掛ける。
「お母さんも、お姉ちゃんも、落ち着いて。僕は、どこにも行かないし、誰のものにもならないからさ……」
貴志の言葉に、二人は同時に反応する。
「「貴志は、どっちが好きなの?」」
母は、真剣な眼差しで問いかけてくる。
姉からは、恐ろしいほどのプレッシャーを感じる。
(……こ、これは非常にまずい状況だ)
どうして僕が、姉と母から迫られなければならないのだと、貴志は冷や汗を流しながらも、慎重に言葉を選ぶことにする。
ここで選択を間違えれば、今後の生活に多大な影響を及ぼすことになるだろうことは想像に難くないからだ。
しかし、どちらを選んでも角が立ちそうな気がしてならない。
いや、間違いなく立つだろう。
二人は貴志を溺愛する性格の持ち主、ブラコンと逆マザコンだったのだ。二人共基本的に常識を持っているが、貴志のこととなると、理性が蒸発してしまう傾向があった。
だが、何とか取り繕わなければこの状況が続くことも容易に予測できるため、覚悟を決めた貴志は口を開く。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
どうやら、誰かが訪ねてきたようだ。
明子と柚葉は、互いに顔を見合わせると、気が削がれ深い溜め息を吐く。
貴志は、ホッと安堵の息を漏らす。
助かった。
そう思った貴志は、玄関を開けると、小包を持った配達員が居た。
「ご苦労さまです」
貴志は、荷物を受け取ると、受領印を押して品物を受け取る。
「貴志。誰から?」
明子が問いかけると、貴志は差出人を見て笑みを浮かべる。
「僕が通販で買ったものだよ」
貴志の言葉に柚葉は、小包を覗き込む。
差出人欄には、『天使のスイーツヘブン』とあった。
「僕。もう部屋に行くから」
貴志は、荷物を持って二階にある自分の部屋へと持って上がる。
「……何を買ったのかしら?」
明子は首を傾げる。
すると、柚葉は不敵に笑う。
「ふっふっふっ。お母さん、この勝負は私の勝ちよ」
勝ち誇った表情を見せる娘に、明子はムッとする。
娘の表情に嫌な予感を覚えた明子は、柚葉に鋭く視線を向ける。
「そ、それはどういう意味かしら?」
明子は娘を睨むが、柚葉は怯むことなくニヤリと笑って見せた。
「あの小包に差出人に何て書いてあったと思う? 『天使のスイーツヘブン』よ」
その名を聞いて明子は、少し熟考して思い出す。
「え! もしかして、あの有名なスイーツ店の!?」
驚きの表情を見せる母親に、柚葉は頷く。
有名店である『天使のスイーツヘブン』の商品は、テレビ・ネットで話題のお店で、どれも大人気だ。入手が困難で数週間の予約待ちは当たり前。
物によっては半年先まで完売していることもあるという人気ぶりなのだ。
そのため、『天使のスイーツヘブン』の商品は、なかなか手に入らない幻のスイーツと言われているだ。
それが何故、自分の息子の元に届いたのか不思議に思ったが、先ほどのやり取りを思い出しハッとする。
「ようやく分かったようね、お母さん。明日は、何の日か知っているわよね?」
明子の表情が強張る。
明日──3月14日はホワイトデーだ。
バレンタインにチョコレートを貰った男性が、そのお返しをする日でもある。
柚葉は、明子にビシッと指を向ける。
その指先は、真っ直ぐに明子の鼻先に向けられている。
まるで、銃を突きつけているかのように見えるのは、気のせいだろうか。
柚葉は、不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「私はね。バレンタインデーに貴志に手作りチョコをあげたのよ。だから、貴志から私にお返しがあるのは当然よね?」
得意げな表情で語る娘を前に、明子は拳を握る。
「な、何よ。柚葉の作ったチョコレートなんて、たかが知れてるわ。私の貴志に贈ったのは、洋酒の入ったブランド物のトリュフチョコよ。市販品なんかとは比べ物にならないんだから」
明子は、勝ち誇ったように言い放ち、口の端を上げる。
大人の円熟した、その笑みは妖艶さを纏っていた。
ゾクリとした寒気を感じ、柚葉は思わず後退る。
柚葉は、悔しそうに歯噛みする。
手作りバレンタインチョコに注ぎ込んだ愛情だけなら、この世の誰にも負ける気はしなかったが、材料の質と味をブランド物と比較されると、勝ち目はないように思えたからだ。
明子は、勝ち誇った笑みを顔に貼り付けたまま、高らかに宣言する。
その笑顔は、悪魔の微笑みのように見えなくもない。
「手作りなんて、やっぱり小娘の考えそうなことねぇ~」
その言葉を聞いた瞬間、柚葉はカチンッとくるのを感じた。
(このババア……)
思わず心の中で悪態を吐く。
明子は続ける。
「あの有名店のスイーツよ。おそらく一個しか手に入らなかったハズだわ。ということは、貴志からホワイトデーのお返しを貰えるには、一人だけってことでしょ? だったら、当然私が一番じゃないとおかしいでしょ!」
明子は、鼻で嗤うと、腕を組んで胸を張る。
柚葉はギリリと奥歯を鳴らし、こめかみに青筋を立てながら、明子を睨みつける。
明子も、鋭い眼光で睨み返す。
両者の間に、見えない火花が飛び散っていた。
「ふ、ふふん。それはどうかしら、お母さんは確かに見た目は若いけど、貴志との年齢差を考えたら、どう考えても釣り合わないわよ。その点、私とは4歳の年の差よ。私が一番の候補だと思うのよね」
柚葉は、余裕の笑みを浮かべて見せる。
対する明子は、冷たい視線を柚葉に向ける。
(この小娘が。ちょっと若いからって調子に乗って……)
明子は内心で毒づくが、表面上は平静を保つ。
ここで動揺を見せたら負けだと悟ったからだ。
だが、心中穏やかではないことは言うまでもない。
二人は、静かに牽制し合う。
そんな二人の様子を、二階の自室にいた貴志は知る由もなかったのだった。
◆
3月14日、日曜日。
天気は快晴だった。
朝、いつも通りに目覚めた貴志は、小さな紙袋を手に身支度を整えて一階へと下りていく。
すると、母・明子が鼻歌を歌いながら調理をしていた。
近くには、姉の柚葉が食器を取り出して並べているところであった。
二人は、貴志の姿を確認すると、にこやかに挨拶を交わす。
「おはよう。貴志」
貴志は、二人に挨拶をする。
それから柚葉と明子は、一瞬だけ睨み合って、そっぽを向く。
「さあ。貴志、座って」
柚葉は弟を席に着くよう促す。
二人の視線は、貴志の手にしている紙袋に注がれる。
あの中に、間違いなくホワイトデーのお返しが隠されているのだ。
人気からいって入手できたのは一個のみ。
つまり、もらえた方が貴志の本命ということだ。
そして、今日、ホワイトデー当日に、それをもらえる可能性が最も高いのは、自分なのだと柚葉も明子も自負していた。
貴志は頷きながら、テーブルの席に着いた。
するとテーブルの上には、トースト、目玉焼き、サラダ、フルーツヨーグルトなどが並べられる。
飲み物は、レモンティーだ。
いただきます。
と言って、厳かな朝食が始まる。
貴志は、手を合わせて食事の前の挨拶をすると、まずはレモンティーを一口飲む。
レモンティーの香りが口の中に広がり、鼻腔をくすぐる。
次に、トーストを手に取り、バターを薄く塗ると、サクッとした食感とともに、香ばしい香りが広がった。
次は、目玉焼きだ。
黄身を割ると、トロリと流れ出す。
フォークで掬い取り、口の中へと運ぶ。
半熟加減が絶妙であり、口の中で蕩ける味わいがたまらない。
「貴志。美味しい? その目玉焼きは私が作ったの」
明子が得意げな表情で問いかける。
貴志は素直に頷く。
「うん。おいしいよ、お母さん」
その様子を見て、母は満足気に微笑むと、今度は娘の柚葉に話しかける。
どうやら今日の出来具合についての評価を求めているようだ。
柚葉は、黙って咀嚼しながら、小さく頷いている。
「ま、まあまあね。でも、もう少し、火を通して黄身を固めた方が良いわ」
明子は、娘の感想に敵意を感じた。
貴志が母親の作ったものを食べて、美味しいと言ったことが面白くないらしい。
明子は、そんな娘の心情を見透かしたようにニヤリと笑う。
次に貴志は、サラダを口にした。
シャキシャキとしたレタスとミニトマトのスライスに、フレンチドレッシングがかかっている。レタスのみずみずしい味にトマトの甘み、そこに酸味のあるドレッシングが加わることで食欲を刺激してくる。
最後にフルーツヨーグルトを口に含むと、酸味の中にリンゴ、バナナ、キウイの優しい甘さが広がる。
「どう。貴志、そのサラダとフルーツヨーグルトは、私が作ったの」
柚葉の言葉に、貴志は驚きの表情を見せる。
「え。お姉ちゃんも作ったの。うん。美味しいよ」
普段料理をしない柚葉の手作りという事実に、貴志は驚愕する。
不思議そうにしながらも、笑顔でいる息子の姿に、母親は苛立ちを覚える。
(レタスをちぎって、ドレッシングをかけ。ヨーグルトはフルーツを入れただけなのに。まったく、この子ったら……)
明子は柚葉を見ると、してやったりと言った表情をしている。それを見ると、母親としての腕前を疑われているような気がしてならない。
(まあ良いわ)
明子は、今はそんなことよりも、ホワイトデーのお返しの行方の方が重要なのである。
(さて、どのタイミングで渡してくれるのかしら)
明子が思案していると、貴志は食事を終え、ごちそうさまを言う。
「えっと。今日は、ホワイトデーだよね」
不意に貴志が声をかけてきた。
((来たっ!))
柚葉と明子は、待ち望んでいた瞬間が訪れたことに歓喜する。
明子は、ワクワクした気持ちで返答を待つ。
柚葉は緊張の面持ちで貴志を見つめる。
貴志は持参した紙袋から、小さな箱を差し出した。
それを母親の前に差し出す。
明子は歓喜の表情を浮かべ、柚葉は驚愕のあまり目を見開いて固まった。
「お母さん。いつも、ありがとう」
貴志はそう言って、ニッコリと笑う。
柚葉は愕然としていると、自分の前にも同じく小さな箱が差し出された。
「お姉ちゃんも、いつも、ありがとう」
呆然としたまま、手渡された箱を凝視する。
「え!? 『天使のスイーツヘブン』のお菓子が、2個も買えたの?」
柚葉は、信じられないといった表情のまま、震える手で箱を受け取る。
すると貴志は謝る。
「ごめん。本当は2個購入したかったんだけど、やっぱり1個しか手に入らなくって。それで、僕の方で、2つに分けたんだ」
そう言って貴志は苦笑する。
それを聞いた二人は、絶句して言葉を失ったまま、手元の箱を見つめた。
そして、次の瞬間には二人は絶叫していた。
「な、なんで!?」
貴志は、二人の勢いに気圧される。
二人とも大興奮である。
まさかの展開に、叫び出したいほどの喜びが込み上げてきたのだ。
◆
貴志は、友達との約束があるとのことで、それからすぐに出かけていった。
家に残された柚葉と明子の二人は、リビングのソファに腰掛けて放心状態だ。
今起きた出来事を反芻し、何度も夢ではないかと確認する始末だ。
そして二人は、この奇跡とも呼べるホワイトデーのプレゼントを堪能すべく、ゆっくりと味わうことにした。
「まさか。二人分用意してるなんて……」
明子が呟くと、それに柚葉が反応する。
明子にとって、この展開は予想外であった。
てっきり、自分だけにもらえるものだとばかり思っていたのだ。
だが、蓋を開けてみれば、そこには二人分のお返しがあった。
「まあ。ここは引き分けって、ところかしらね」
柚葉は苦笑交じりに言った。
明子は、納得いかないという表情を浮かべるが、ここは心を落ち着ける。せっかく二人分用意したものを無駄にすることはできないからだ。
「貴志は、どんなお菓子をプレゼントしてきてくれたのかしらね」
明子と柚葉は包装紙を外しながら、中身を確認していく。
開けた箱の中身を見た瞬間、二人は起爆前の爆弾を発見したかのような、この世が終わったかのように落胆した表情を浮かべた。
◆
貴志は、男友達と会っていた。
「え? 家族にもらったバレンタインにたいするホワイトデーのお返しに何をしたかって?」
光希は訊き返す。
貴志は友人・佐京光希に、自分が贈ったものとの比較に訊いたのだ。光希の家族構成は、母親と妹ということで、貴志と似た構成になっている。
光希は、思い出すように考えて答える。
「僕は、バームクーヘンとキャラメルのミックスをお母さんと妹にあげたよ」
貴志は、なるほどと思いつつ、少し安すぎないかと思った。
「ミックスか。僕は『天使のスイーツヘブン』マシュマロにしたよ」
貴志の言葉に、光希は驚きの表情を見せた。
「聞いたことある。すごく有名な、お店で中々買えないって。へえ、凄いな……」
光希は驚きつつも、貴志はその言葉尻に何かを感じた。
「何かあるのかい?」
訊かれて光希は言う。
「いや。ホワイトデーのお返しとして人気のお菓子なんだけど、実はそれぞれのお菓子に込められた意味があるのを知ってる?」
「意味? お返しのお菓子に意味があるの?」
貴志は初耳だ。
「うん。僕も妹の蛍子からきいたんだけどね……」
光希は述べた。
【ホワイトデー】
西洋が発祥であるバレンタインデーと異なり、実はホワイトデーに贈り物をする文化は日本で発祥したもの。男性からお返しを渡す文化がアジア圏内でも広まり習慣化した。
ホワイトデーにあげるものとして一番人気なのはやはりチョコレートやキャンディーなどのお菓子だが、そこには様々な意味がある。
キャンディーの意味は、「あなたが好きです」
マカロンの意味は、「あなたは特別な人」
クッキーの意味は、「あなたとは友達のままで」
バームクーヘンの意味は、「幸せが長く続きますように」
キャラメルの意味は、「あなたといると安心する」
マドレーヌの意味は、「あなたともっと仲良くなりたい」
チョコレートの意味は、「あなたの気持ちは受け取れない」
というように、お菓子には様々な意味合いがある。
光希は、細かく説明をした。
そのようなことがあるとは知らなかった貴志は、感心する。
「じゃあ。マシュマロの意味は、何かな?」
貴志の問に、光希は言いにくそうに口にした。
◆
柚葉と明子はリビングのテーブルの前で呆けていた。
目の前のテーブルには、貴志からのお返しが置かれている。
それは、マシュマロだった。
ホワイトデーにおけるマシュマロの意味は、
――あなたが嫌いです。
柚葉と明子は、貴志に嫌われていると思っていたのだろうか。
いや、そんなはずはない。
貴志は、自分たちを大切にしてくれていると、信じている。
でも、ホワイトデーに贈られたマシュマロの意味を知っているだけにショックは隠せなかった。
それでも貴志が贈ってくれたマシュマロを無下にすることはできず、二人はマシュマロを口にする。
ふんわりとした食感と優しい甘さが口の中に広がっていく。
口の中に広がる軽やかな舌触り。
舌の上に広がるバニラの香りが鼻腔に抜けていき、二人を幸せな気持ちにさせた。
(ああ……美味しい……)
大人気スイーツ店が扱うマシュマロの美味しさは、格別であった。
贈り物にする為に、お取り寄せしたい逸品であることは間違いない。
しかし、今はその味を楽しむ余裕はないようだ。
二人の瞳に涙が溜まっていく。
苦労して入手したホワイトデーのプレゼントをくれたということは、少なくとも本当に嫌っているわけではないのだろうと思うことができた。
ただ今は、その事実だけで満足しようと思えるのだった。
~fin~
マシュマロ、愛の誤解 kou @ms06fz0080
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