結局誰も、キミには勝てない

CHOPI

結局誰も、キミには勝てない

 この時期は日が長いせいで、なかなか時間感覚が鈍る。そのせいで今日も懲りずにやってしまった。『早く、早く』と焦燥感に駆られながら、必死に家路を足早に歩く。そんな時に前からやってきた、この時期だけ聞ける風物詩の音。


 カラン、コロン、カラン、コロン――……


 目に入った、その人の涼しげな姿。あまりに奇麗だったんで、一瞬立ち止まって、ほぼ無意識にその姿を目で追ってしまった。深い紺色を彩る白い花。しっかり固められた赤い帯。腕から下げている巾着バッグ。その反対の手で、パタパタと団扇で顔を仰ぎながら、自分が今来た道を進んでいった。


 ……やばい、見惚れている場合じゃない!


 我に返って目線を前に戻して、今度は少し駆け足で家路を急ぐ。もう慣れた、とはいえ、革靴ではやはり走りにくい。家に向かって進めば進むほど、すれ違う人の数も増えてきた。あぁ、早くしないと! 


 チリーン、チリリーン――……


 どこの家だろう。耳に懐かしい、涼しげなガラス音が聞こえる。噴き出している汗もそのままに、生ぬるい風を受けながら小走りで走り続ける。しっとりと汗ばむスーツ、シャツが張り付いて気持ちが悪い。学生の頃ならもっと早く、もっと全力で走れていたのになぁ、なんて。


『はっ、おっせ』

 記憶の中の制服を着た自分が、鼻で嗤った気がした。


「っ、るせ」

 過去の自分を振り切るように、軽く頭を左右に振りながら、一度スピードを緩める。小走りから歩きに戻しつつ、上がった息を整える。そこの角を曲がったら、ようやく我が家だ。


「パパ、おそーい!」

 自分が曲がるよりも先に、小さな影が角から顔を出した。自分の腰くらいの位置にある頭がバフンッ!と自分のところへ飛び込んでくる。

「ごめんごめん、これでも急いだんだよ」

「ぶー……」

「パパ、すぐ着替えてくるから。そしたら直ぐに出ようか」

「……うん!」


 その小さな左手を離さないよう優しく繋ぐ。一度家に入って『ただいまー』と声をかける。当たり前のように奥から『おかえりー』が返ってきて、繋いだ右手の先からも、ソプラノ音が『おかえりなさーい!』と返してくれる。そのソプラノ音が嬉しくて、自分の横に目線を送る。


「おぉ! その甚平、かわいいなー」

 深い青色に咲く、空の花々。色とりどりなのは子ども用、だからなのか。『えへへー』と少し照れて笑うその姿が、いつの日かのキミとどことなく重なる。『親子なんだな』なんて、どこか他人事ひとごとのように思った。


 自分も早く着替えないと。そう思って、玄関から奥の部屋へ入る。


 と、そこには。


「私も、年甲斐も無く着てみたんだけど。どうでしょ?」

 白い生地に涼しげにあしらわれている水色のライン。締めている紺色の帯と、パールの帯留めが大人の雰囲気を出している。少し自信あり気に細められた目が、あぁ、今のキミだなぁ、なんて。

「好き」

 ぱちん。鳩が豆鉄砲を食ったよう、なんていうけど、今のキミはまさにそんな顔。

「え、あ、うん? ありがとう?」

 戸惑ったまま、それでも返してくれた返事を背中に、自分の部屋へと急ぐ。残念ながら自分は動きやすさ重視で、ポロシャツとハーフパンツだ。だって、ほら。


「うっし!行きますか!」

 先に玄関を出て、外から中へと声をかければ。

「パパ、肩車して!」

「はいはい」

 小さな体を持ち上げて、肩にひょいっと乗せ、落ちないよう気を付けながら左手で支える。戸締りをしていたのだろう、少し遅れて来たキミに開いた右手を差し出す。

「はい、行こ」



 だいぶ暗くなっていたけれど、繋いだ右手の先、キミの横顔の赤さはハッキリわかった

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