第三話 お披露目へ(最終話)
そんなこんなで明けた翌日。
「会長! お嬢さんが結婚退職するって本当ですか!?」
わたしの上司、経理のボスがお父さんに殴り込み……げふん、怒鳴り込んた。
逞しい“おっかさん”タイプのボスは、育児が落ち着いた後の再雇用組。ちょっとやそっとじゃ動じないんだけどね。
「――退職はしないぞ。でもなぁ、この際だから後輩に譲ってもいいんじゃないか、ミリー」
ボスの圧に仰け反りつつ、いつまでも職場に居座る娘を心配している風な発言をするお父さん。
何だか傷つくわー。
「とんでもない! あの使えない新人、伝票見るより手鏡で自分を見ている方が長いんですよ!
何度教えても覚えない! 計算は間違う! 書き込む数字は平気で桁を間違う!!
アレを経理に据えたら商会が破産しますよ!!」
あ、ボスが言ってくれたわ。
でもわたしだって、あの子は使えないって、同じような事をお父さんには伝えてたんだけどなー。
「そうよ。いくら親戚に頼まれたからって、仕事を覚える気がない人間をいつまで置いておくの!?
彼女は仕事をしに来たんじゃなく、婚活しに来たのよ!」
ついでにわたしも今までの不満をぶつけてみた。
新人ちゃんはお父さんの従兄弟の娘さんで、かれこれ半年経つけど、店頭で接客やらせたら代金とお釣りを間違うし、裏方で来客対応させたら若いお金持ち風な男性にお茶を渡しながら媚び売ってるし、倉庫管理に回したら『荷物が重くて持てなぁい』と若い従業員に摺り寄るしで、経理に回って来たんだけどボスの発言通り使えねー。
アレをわたしの代わりに据えるってか!?
わたしの評価ってあの子程度!? 泣くぞ!
「ああ、お嬢さん。だから他の商会で働いた方が良かったんですよ。
会長の娘だから大した仕事をせず、甘やかされていると色眼鏡で見る奴らもいますからね」
会長補佐で番頭、歴戦のツワモノな風格を出しているゲイリーさんが今更な事を言い出した。
大した仕事をしていない娘がいる経理なんて、誰でも代われる程度――なんて思っている奴がいるらしい。
ム カ つ く !!
本店から支店の決済を一手に引き受けているのは、わたしとボスだぞ!
「酷いゲイリーさん! わたしが学院卒業した時、経理担当者が結婚退職したから、経済科出だから
ツワモノが視線を泳がせた。どうやら思い出したらしい。
「あー、あの時は短期間のつもりでおまえに頼ったんだがなぁ。
いつまでたっても経理に人が居つかず、なし崩し的に……もう七年目か……」
お父さんが大きな溜め息を吐く。
ボスとわたしの仲も七年だ。
ボスの厳しい指導と、捌いても捌いても終わらない仕事に、皆挫けて脱落していったのよね。
で、残ったのがわたし。
「とにかく、わたしの仕事に不満があるなら今すぐにでも辞めます!
そうじゃなければ結婚して妊娠するまで続けますよ!」
お父さんというよりゲイリーさんに宣言する。
ボスはわたしの味方だと分かったし。
「新たな経理担当の求人を出す。商会内でも異動希望者を募ろう。
それまではミリーに働いてもらう」
商会長の顔で言った側から、“お父さん”の顔で眉尻を下げる。
「でもな、ミリー。おまえの嫁入り先は伯爵家だ。貴族の付き合いや生活スタイルがある。
いくらマシューが働いていてもいいと言っても限度があるぞ。線引きは必要だ」
そうなのだ。分かってはいるつもりで分かっていなかった。
年始の舞踏会までに、時間を作ってはお母さんに貴婦人の立ち居振る舞いを見直され、更にダンスの特訓も加わった。
おかげで睡眠不足でふらふらに。
ドレスの為にダイエットしなきゃ、と思ってたのに自然と痩せたわ。
ラッキー。なーんて余裕はない。
「無理しているよね。目の下の隈が酷いよミリーちゃん」
時々陣中見舞いにマシューがやって来るんだけど、ちょっと話しているうちにわたしは居眠りしちゃう有様で。
この前は膝枕されていたわぁ。あああ。
もう誰が見ても大丈夫ではない状態なので、「頑張る!」とだけ答えている。
お披露目を兼ねた王宮舞踏会まで、あとちょっと。
*****
そしてやって来ました新年の大舞踏会。
会場は王宮大広間。
伯父さん伯母さんの伯爵夫妻に続き、マシューのエスコートを受けてわたしも入場。
何なら我が家の家族もいますよ。
実はお父さんが男爵に叙爵されるからです。
国内有数の大商会で、他国との貿易でも外貨を稼ぎ、自国に利益をもたらしたことが評価されての叙爵。
「叙爵されたって実害あって一利なし!」
と言っててずっと辞退して来た。
爵位を貰ったって、支払う税金は上がるし、貴族の義務的な仕事が増えるのに、実入りはないだなんて有難迷惑でしかない。
それなのに今回受け入れたのは、わたしの嫁入りが原因。
母が元伯爵令嬢で、姉の夫が男爵令息でも、我が家は平民。
身分の垣根が低くなったとはいえ、貴族の世界では未だに古い思想が根強く残っているから、わたしの肩身が狭くならないよう、いくらかの盾になれればいいのだと。
あのプロポーズされた日、お父さんと伯父さんはそこまで話し合っていたらしい。
もう一つ進展したのは、商会にようやくまともな経理担当者が増えた事。
新規雇用ではく、支店からの異動希望者だ。
それから役所を退職した、元財務担当官の青年が一人。こっちはマシューの紹介で。
この青年は平民で、貴族が多い役所での軋轢に体調を崩してしまったそうだ。
退職届を処理したのがマシューで、財務課=経理という頭が働き、ついつい彼に話を聞きに行って、為人が大丈夫そうだと思ったから紹介に至ったようだ。
それもこれも、わたしがあまりにもボロボロだったので助けたかったんだって。
人見知りのくせに、勇気を出してくれたのね。
ふふ、可愛い奴め。
こうして即戦力が二人増えたことで、経理のボスは定時で帰れるようになったし、使えない新人ちゃんは速やかに実家に返送された。
そしてわたしは間もなく仕事を辞める事になった。
辞めたらそう間を置かず結婚式を挙げる。その後は本格的に未来の伯爵夫人としての勉強が待っているけどね。
ずっと勉強の日々だけど、まずは今日、この二か月弱の詰め込み教育の成果をお披露目するのだ。
裾の長いドレスは着慣れなくて裾捌きに苦労したし、ハイヒールの足元もたまにふらつくけれど、意外と体幹がしっかりしているマシューがサポートしてくれるから大丈夫。
エセ貴婦人バージョンのわたしは、三割増し美人に仕上がっている。
見惚れるように目元を和らげたマシューから、「すごくきれいだ」と褒めてもらって気分は上昇。
サイズ調整した家紋入りのサファイヤの指輪に、更に首飾りまで伯母さんから貸し出され武装完了。
ギラギラした目をマシューに向けるアラサー令嬢が向かって来ようと跳ね除ける、それだけの防御を固めてきた……けれども。
いやぁ、本当に肉食系猛禽類って感じだわね、あのご令嬢。
しかも派手!! オレンジ寄りの赤毛の巻き髪に、深紅のプリンセスラインのドレス! それに負けない濃ゆいメイク!
燃えているわー。暑苦しいわー。こっち来ないでー。
――という願いも虚しく。
「ガードナー伯爵にご夫人、マシュー君。良い夜ですね」
逃げるに逃げられず、侯爵様親子がやって来てしまったじゃないの。
「これはヨグルド侯爵にご令嬢。ご無沙汰しております」
伯父さんと伯母さんは、全く蟠りはございませんとばかりの微笑みで挨拶を交わしている。さすがだわ。
マシューは会釈をしたものの無言。ふと見上げると、やっぱり顔が強張っていた。
手を乗せていた肘の内側に指先でトントンと合図を送ると、はっとしたマシューがわたしを見降ろした。
少し長めのダークブラウンの髪を後ろで一括りにしているため、ちょっと青白い整った容貌が今日は顕わだ。
わたしはわざとらしくウィンクしてみた。
虚を突かれたマシューは、少し目を瞠った後、ふと表情を和らげる。
「えーと、マシュー君、そちらのご令嬢を紹介して頂けますかな」
いつもと様子の違うマシューに戸惑っているようだけど、わたしを見る侯爵様の目はちょっと鋭い。
いやー、ご令嬢はバチバチに睨んできているけどね。
「……わたしの婚約者で、ウィンダー家の次女、ミリアムです」
「ウィンダー商会の……」
「はい。ミリアム・ウィンダーと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
にこやかに言って、深く礼をする。格上相手だからね。
そこにすかさず我が両親が挨拶に割り込んできた。
「ヨグルド侯爵様にご挨拶申し上げます」
伯父さんがお父さんたちを紹介して、挨拶し、軽く雑談に持っていく。さすがだ。
その間も猛禽令嬢はわたしを睨みつけてくるので、微笑を返しておいた。余裕の笑みっていう感じに見えてたらいいなぁ。
猛禽令嬢が口を開きかけた時、国王ご夫妻の入場が告げられた。
グッドタイミング!
国王陛下の開会の挨拶から始まり、今回の褒章と叙爵が行われ、さすがの父も緊張に顔が強張っていた。
それから国王ご夫妻にご挨拶をする為の長蛇の列が形成され、わたし達も並んだ。
わたしはマシューの婚約者として、一緒に挨拶するのだ。
列の前方から時々猛禽類の視線が突き刺さって来るのには辟易とするわ。
結婚するまで一悶着あるかしら。あー、面倒くさい。
「ねぇマシュー。国王陛下へのご挨拶って、伯父さんが紹介してくれた後、名乗るだけでいいのよね?」
「あ、うん。質問されたら答えていいけど、今回はないだろうね」
そうよねー。すっごい人数だもんね。
微笑を浮かべて、最敬礼で膝を折って、えーと。
「ミリーちゃんも緊張してるんだ」
クスリと笑ったマシューが顔を覗き込んできた。
「そりゃあするわよ。王宮も、国王陛下にお目にかかるのも初めてだもの。
ヘマしそうになったらフォローよろしくね!」
「うん」
こうしてお互い、苦手分野をカバーしながら、これからも暮らしていけたらいいな。
二人して微笑みあっていると、前後の人達から生暖かい眼差しが注がれた。
前方の猛禽令嬢よ、“鷹の目”でよっく見ておけ!
わたしたち、すっごく仲良いからな! ふふん。
そうしてついに、わたし達の番がやって来た。
ミリアム・ウィンダー二十五歳。本日社交界デビュー。
隣には三歳年下の婚約者、従弟のマシュー、マキシム・フォン・ガードナーの腕を取り、国王陛下の御前へと一歩を踏み出した。
***おわり***
丁度いい女 アキヨシ @2020akiyoshi
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