第二話 結婚する事にしました


 後は本人同士で話しておいでとばかりに、マシューと二人、家を出された。

 強制デートってところかしら。

 どうせだからと、わたしが出かけようとしたお店に向かっている道中、もうちょっと事情を深堀、事情聴取開始。


「上司からの縁談って、そんなに嫌だったの?」


 最初聞いた時は、結婚をする気がまだないのかと思ったけれど、わたしに求婚してくるってことは、その縁談そのものが嫌って事になるわよね。

 そう考えて訊いてみたら、「うん」って頷かれた。


 マシューは視線を彷徨わせて、ぽつりぽつりと喋り出した。


「最近、職場の独身男子が急に婚約や結婚しだして、なんでかなーと訊いてみたんだ。そしたら……」


 マシューの上司が、貴族家の独身男性に、娘との縁談を打診しまくっているという。

 何故それが忌避されているのかっていうと、その娘さんと婚約した男性は、何故か皆病気になるそうで、今までで三回婚約解消になってて、娘さんはついに三十歳超えてしまったそうだ。

 性格に難があるらしく、とにかく気が強くて派手好きの不美人という噂。

 似合いの年頃の独身男性がいなくなったから、おまえも気を付けろと、訊ねた既婚同僚に忠告されたんだって。

 その話を聞いて間もなく、王宮の廊下で上司と一緒にいる例のご令嬢と、すれ違いざまに目が合ったそうな。


「猛禽類に獲物認定された気分だったよ。美人とかそうじゃないとかいう問題じゃなく、あの目、怖い、無理」


 確かにマシューは見てくれカッコいいもんね。

 それで昨日、上司に呼び出され、件の打診をされそうになって、とっさにわたしの事を思い出したんだとか。


「今まで二回、お見合いらしきものをしてはいたけど、どちらも僕が怖いって破談になったんだ」


「へぇ、お見合いねぇ。なるほどなるほど。

 マシューは緊張すればするほど顔が怖くなるから、よく怒ってるって勘違いされるものね」


 本当は優しく大人しい男の子なんだよ。従姉には遠慮がないけれど。


「うん。あんまり喋れないし、どうすればいいのか迷っているうちに、相手がすすすとフェードアウトしていくんだ。

 ミリーちゃんとならこうして自然と喋れるんだけどな」


「そりゃあそうでしょう。小さい頃からの付き合いだもの」


 マシューの両親が仕事や社交で家に帰れない時は、よく我が家に預けられていた。

 もちろん伯爵家には住み込みの使用人はいるし、乳母もいた。

 ただ、伯父さんが評議会議員をしているおかげで、たまに逆恨みとか妙な欲を持つ者が近づいてくる。

 自分たちが留守の間、どんな危険が幼子を襲うかもしれず、とても残して行けないと、乳母と一緒に我が家にやって来るようになったのだ。


 ウチには年の近い子供がいるし、多くの従業員も出入りするし、厳つい用心棒までいるしで安心らしい。

 だからマシューとは姉弟みたいに育った。弟分だった。

 その弟と結婚ねぇ。

 うーん。うーん。うん?


 あれこれ想像に耽っていたわたしの手を引いて、マシューは立ち止まる。


「ねぇミリーちゃん。“丁度いい”って言ってるのは、“都合がいい”って意味じゃないんだよ。

 他の女の人とも向き合おうと努力したけど、結局ミリーちゃんより好きになれる人がいなかったんだ」


「う?……うん」


 何気に今、好きだと言われたような。


「本当は結婚は二十五歳くらいを考えてたんだけど、そうしたらミリーちゃんは二十八歳、さすがにもう他の誰かと結婚しているんじゃないか、と思ったら焦って来て……だから、今回の事はきっかけになったんだ」


 両手を握られて、向き合う形になった。

 見上げる長身は、わたしより頭一つ分高い。

 はぁ、大きくなったねぇ。


 変な方向にしみじみしていると、マシューは更に顔を強張らせる。

 あ、顔が赤くなってきた。


「ミリーちゃん、僕のお嫁さんになって下さい」


 その約束をした、子供の頃のような言葉遣いで改めてポロポーズされた。

 外では極端に口数が少なく、朴訥とした喋り方だけれど、実はこれが素。


 この何年かは年一くらいしか会わなかったし、あんまり会話した記憶もない。

 二十歳過ぎてから、親や姉、友人に、果ては商会従業員にまで、チクチクと結婚話を振られるから、マシューにまで揶揄われたくないと避けてたんだな。

 久しぶりにこうして対面で話して、昔と変わらないことに安心している自分がいる。

 そして今日、プロポーズされて、色々考えてみたのよ。

 想像してみたの、マシューの妻になる自分を。


「…………うん、なる」


 嫌じゃなかったんだ。

 情熱的な恋愛感情はないけれど、何だかこうして一緒にいるのはしっくりくる。


 マシューの青い瞳が大きく見開かれ、強張っていた顔が綻んでいく。


「ほんとに!? 良かったー!」


 満面の笑みを久しぶりに見たな、と呆けていたら、手を離されてぎゅっと抱きしめられた。

 ぎゅうぎゅうに抱きしめるから、わたしの体が少し浮いて爪先立ちになる。

 痩せているのにさすが男子、力が強い。


「ちょ……くるしい」


「ああ、ごめん」


 慌てて腕の力を抜いてくれたけど、代わりにチュっと唇が重なった。

 えっ!? ちょっと!? どさくさに紛れてキス!!

 零れんばかりの笑みを浮かべるマシューは悪びれない。


「ミリーちゃん、顔真っ赤だよ」


「だって! いきなりキスするんだもん!」


「嬉しくてつい。……ねぇ、もしかして、まさかと思うけど、ミリーちゃん、初めて?」


 くっ! 三歳年下にバカにされた!


「悪かったわね!」


 わたしの悪態にちょっと驚いたマシューは、すぐに笑み崩れた。


「僕も初めてだよ。初めて同士、これから色々……うん、頑張ろうね!」


 何を頑張るというのだね! という反論はしないでおく。

 色んなタイプの大人たちに囲まれて育ったから、わたしは耳年魔だ。うん。


 もう一度、マシューの顔が近づいてくる。

 慣れないながらも、目を瞑って受け入れた。




 *****




 それからわたしたちは、予定通りの服飾店へ行き、冬物一着購入後、マシューに連れられて宝石店へ足を延ばした。


「婚約指輪は我が家に代々伝わるものだけど、サイズ調整しなくちゃいけないし、どうせなら普段付けられる指輪も買いたいなーと思って」


 言いながらもわたしの左手を取り、薬指に大き目なサファイヤが輝く年代物の指輪を嵌めてくるマシュー。

 うっ、ちょっときつい。なんか悔しい。

 それにしても持ってきていたのか。準備が良いことで。


 マシューは自分の瞳の色である青い小さな石が付いた指輪を、何種類か店員に見せてもらう。

 そうか、お互いの色を持つのね。


「じゃあ、わたしの瞳の色の石が付いた腕輪をマシューに贈るね」


 婚約・結婚に際して、女性は指輪、男性は腕輪を身に着ける。

 わたしの瞳の色は榛色……トパーズあたりかな。

 仕事の邪魔にならず、石が袖口に引っかからなそうな、シンプルなデザインを二つさっさと選ぶ。

 ゴールドとプラチナ。シンプルなのに、なかなかのお値段。まぁ、何とか許容範囲。

 まだ指輪を選んでいたマシューに、「どっちがいい?」と照れもせずに訊いた。


「そういう所だと思うよ、ミリーちゃん」


「なにがよ」


「実務的、かつ合理的に、情緒もなく物事を決めていく所。

 さっきの店でもすぐに二着選んで『どっちが似合う』って訊いてくれたのに、結局僕が選ぶ前に取捨選択して決めてしまったよね」


「あら、女が『どっちが似合うと思う?』って訊いてきた時は、大抵もう決まってるのよ。

 自分が選んだ方を彼氏にも選んで欲しい、後押しして欲しいっていう、若干相手を試すような行為は時間の無駄だと思うの。

 因みにこの二つの腕輪なら、マシューにはプラチナの方が似合うと思うわ」


 忙しい経理事務の仕事を捌いていくうちに身に染みついた行動ですが、え? 元からこんな性格だった?

 なんでそこのベテラン店員さん、残念なものを見る目でわたしを見つめるのよ!?

 確かに可愛げがないと振られたりしたわよ!

 でも、容姿が可もなく不可もなく、中肉中背、ダークブラウンのストレートヘアに榛色の瞳っていう華がないわたしが、甘える仕草をしたってなんか自分で気持ち悪いんだもん。


「はぁ。僕が迷いがちだから、ミリーちゃんみたいにズバズバ決めてくれると助かるんだけど、何だかもうちょっとあれこれ楽しみたいっていうか」


 つまりイチャつきたいって事かな?

 ご要望にお応えして、ピッタリ隣に寄り添って、マシューの肩に頭を凭せ掛けてみた。

 びくりとして、マシューの体が強張った感じ。あれ、違った?


「そういう事じゃなく……でもこのままでいいよ」


 ちらりと見上げると、マシューが恥じらって顔を赤くしていた。可愛い。


 そんな感じでお互いの意志が噛み合っていない所はあっても、ちゃんと指輪を選んだし、お互い嵌め合いっこして手を繋いで店を出る頃には、店員さんに生暖かい目で見送られたわ。




 カフェでお茶もしてから帰宅。

 いつの間にか伯母さんまで居たので、お互いの指輪や腕輪を見せて、「結婚することにしました」と皆に宣言しました。

 そうなるだろうと予想していた母と伯父さん伯母さんは、笑顔で「おめでとう」と言ってくれたけど、お父さんはへの字口で、「そうか」と一言。


 あれ? 父母よ、予定があるとか言ってなかったか?

 既に一時解散して再集合したと。そうですか。


「公的なお披露目は、来年の年始の大舞踏会だな。結婚式の日取りも決めないと」


 王宮で年に一度、年始に王家主催の大舞踏会が開かれる。

 最初に王様から挨拶があり、前年の反省と今年の抱負が語られ、叙爵や受勲式が行われ、ダンスへと進行するそうだ。


 その前に、明日から伯母さんが、貴婦人たちの社交・お茶会で息子の婚約が調ったことを触れ回るんだとか。

 もちろん、伯父さんもマシュー自身も同僚たちにそれとなく話しておくんだって。

 なんでそんなにする必要があるのか不思議だったけど、例のマシューの上司は侯爵様だそうで、結婚式前に横槍を入れる隙を与えないためなんだって。


 昔は貴族の婚約は、然るべき部署に届けなければいけなかったけど、今は簡略化されて届けが必要なのは結婚のみとなっている。

 だから婚約だけだと、力業でなかった事にさせる貴族もいるらしい。

 どうやら切羽詰まっているらしい侯爵様には油断大敵って事ね。


 お母さんと伯母さんが、舞踏会の衣装とかウェディングドレスの件で、本人そっちのけで喧々諤々言い合っているのを尻目に、これからの予定を、お父さん伯父さん、マシューとわたしで話し合った。


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