丁度いい女

アキヨシ

第一話 プロポーズは突然に


 秋日和、冬物一着新調しようと少しだけおしゃれして玄関ホールに向かう。

 二十五歳、お独り様。

 友人たちは皆、お嫁に行ったり、嫁を貰ったり。

 あーあ。


「――あ、ミリーちゃん」


 玄関を開けた出会い頭に、伯父さんと従弟のマシューがいた。

 にこやかな伯父さんと、無表情のマシュー。ま、いつもの事ね。

 親子揃ってダークブラウンの髪に青い瞳のイケメンたち。


「丁度いいところに。いや、うん、丁度いいんじゃないかな? マシュー」


「……」


 何が丁度いいのか分からないけど、マシューが顔を背けたわよ伯父さん。


「ところでミリーちゃん、彼氏はいるかい?」


 久しぶりに会ったというのに、いきなり何を聞いて来るんだ!


「伯父さーん、そういうのって『セクシャルハラスメント』になるんですってよぉ?

 まぁ、見ての通りお独り様を満喫中に付きいませんけどね!」


「ああ、ごめんごめん。でもそうかぁ、やっぱり丁度いいよ」


「丁度いいってさっきから何なんです?」


 訊いたのに、伯父さんはマシューを肘で小突いてる。


「ほれ、マシュー」


 どうやら伯父さんからじゃなく、マシュー本人に言わせたいらしい。

 わたしはどっちでもいいから、早くしてくれない?

 久しぶりにゆっくり買い物できる休日。ショッピングの後、秋の新作スィーツが気になるカフェでお茶したいし。


 再び小突かれて、顔はこっちに向けても眉を顰めたままのマシューは口を開かない。

 伯父さんは諦めたのか、溜息をつく。


「全く……おまえ自身の事だろう。自分で言わなくてどうする。

 あ、そういえばミリーちゃん、お父さん、商会長とマリーはいるかい?」


 休息日に電撃訪問しておいて、ついでみたいに訊いてるけど、本来ならお伺い立ててから来るもんでしょう。

 急に来るから留守よ、と言いたいのは山々だけど、今日に限って二人ともいるのよねぇ。

 ほら、我が家の執事が伯父親子突撃訪問を知らせたから、呼ぶ前に来ちゃったじゃない。


「これはこれは義兄さん、ようこそおいで下さいました」


「兄さん、先触れくらい出してちょうだい。たまたま今日は居たけれど、この後予定があるのよ。ミリーはまさに出かける所だったんじゃないの?」


 そうそう、そうなのよ!

 執事に「行ってきます」と言って玄関開けたら伯父親子がいたっていうね。

 びっくりしたわ。


「しかしな、ミリー。いくら突然だったとはいえ、伯爵様を玄関で立ち話させるとはマナーが悪いぞ」


「そうね。さすがにないわ、ミリー。いくら突然だったからって」


 わたしを窘めるついでに伯父を窘めている両親。


「確かに悪かったわ。伯父さんがいくらいきなり要件を話始めようとも、応接間にお通しすべきだったわ。申し訳ございません」


 わたしも何気に伯父さん批判を織り交ぜる。

 伯父さんはたいして悪びれもせず、わははと笑った。


「いや、すまんね。なにせ気が急いていたもので。

 思い立ったが吉日。時は金なり。商人なら分かってくれるとは思うが」


「ええその通りですが、だからと言って礼儀を欠いては商談は成立いたしません」


 お父さん、それ、誰に対して言ってるの。

 それに結局、玄関で立ち話のままなんだけど?


「それでね、ミリーちゃん。この後の用事ってキャンセル出来ない?

 出来たら当人交えて話したいなぁ」


 お父さんの小言はスルーですか、そうですか。

 伯父さんは辺りをぐるっと一瞥した後、ちらっとわたしに視線をよこす。


「別に……ちょっとショッピングでもしようかと思ってただけで」


 ええ、そうですよ。お察しの通り、一人で出かけようとしてました!

 お供もいない、友人が迎えにも来ていない、まさにお独り様ですけど何か?


「うん、じゃあそっちは別に日に楽しんで。

 今日は僕たちとちょーっとお話しようか」


 僕たち? 伯父さんとマシュー?

 て、マシューってばまだ一言も口開いてないけどね!


 突貫でもてなしの準備を終えた応接室に全員で移動して、振舞った紅茶でのどを潤すのもそこそこに、伯父さんはにこやかに爆弾を落とした。


「本当に突然で悪いんだけど、ミリーちゃん、ウチのマシューと結婚しない?」


「「「はぁ!?」」」


 わたし含めた我が家の面子を驚かせるに十分な爆弾発言に、マシューだけは気まずげにそっぽを向いていたけれど、さすがに覚悟を決めたのか、無表情から更に顔を強張らせてわたしを真正面から見据えた。


「……ミリー、いや、えー、ミリアム、さん。

 ……僕と、け・け・けっ……ごほっ。結婚! して! ください!」


 マシューを知らない人が見たら、罰ゲームで嫌々言わされたと勘違いしそうなへの字口。

 だけどわたしら親戚は知っている。ど緊張のせいだと。

 その証拠に、言った端から見る見る顔が赤く熟れていったわ。


「あらあらあら、まあまあまあ!」


 お母さんははしゃいだ笑顔を見せ、最初に爆弾投下した伯父さんはにやにやしている。

 お父さんは歯でも痛そうな顰め面をしていたけどね。


「ミリー、プロポーズよ! どうするどうする? 返事は?」


 お母さんがキャッキャとわたしをがくがく揺さぶって追い立てる。

 いやぁ、どうするも何も、マシューって弟ポジションなのよねー。




 わたしの家は、お父さんが商会運営している平民。

 お母さんは元伯爵令嬢で、伯父さんの妹。

 平民の青年と貴族令嬢が恋愛結婚した暁に生まれたのが姉とわたし。

 つまりわたしたちは平民なの。


 伯父さんは伯爵様。評議会議員。

 外での顔はそれらしく威厳を保っているけれど、我が家ではざっくばらんで、「伯爵様? うっそー」て思う。

 三歳年下のマシューは伯爵家嫡男で役所勤め。

 真面目で大人しい綺麗な顔をした男子。超の付く人見知りで不愛想だから、人付き合いが壊滅的。

 従姉弟でも、身分差、年の差で、昔ならあり得ない縁組なんだけど――。



 百年ほど昔に大改革があって、国の政治体形が変わりました。

 王制から民主制へ。

 当時の王様は、「君臨すれど統治せず」と言ったとかなんとか。

 最初の頃の紆余曲折を経て、今はずいぶんこの政治体制が浸透してる。

 国の運営は『評議会』が決定して、王様は政治の事にはほとんど口出しせず、承認印を押すだけらしい。

『評議会』議員は貴族半分、平民半分。



 つまり現在、身分の垣根は限りなく低くなった訳です。

 貴族と平民の結婚も珍しくなくなったくらい。

 裏事情を言えば、仕事にあぶれた貴族家の子息が、平民の裕福な商家などへ婿入りしているという。


 かくいうわたしの姉と結婚し、婿入りしたのが男爵家の次男坊でした。

 因みにあぶれていた訳じゃなく、学生時代から恋人関係で、卒業後結婚したのよ。

 今は我が商会のバイヤーとして、夫婦で隣国に買い付けに行っていて留守。


 昔、大貴族だった人たちも、よほどじゃないと働くのが今風。

 伯父さんは評議会議員として働いているし、その息子のマシューはお役所勤め。職場は王宮。人事院だって。


 そういえばマシューの学院卒業と就職祝いにパーティー開いていて、その時にも言われたなぁ。


「ミリーちゃん、彼氏いないの?」


 マシュー十八歳、わたし二十一歳。

「余計なお世話よ!」とキレた思い出。

 うん、大人げない。でもマシューもデリカシーないと思う。


 あれから四年。

 結婚の「け」の字どころか、恋人の「こ」の字もないわたし。

 せっかくだから近場で手を打っとく?

 でもそれだとマシューに悪いわぁ。

 顔真っ赤にしてプロポーズされてるけど。

 うーん、だけどなんで急に?


「職場の上司に縁談勧められたんだけど、子供の頃から約束した人がいるって言って断って来たんだ。

 ミリーちゃん、二十歳過ぎても独身だったらお嫁にもらってねって言ってたし、この際本当にしても良いかなぁって……」


「妥協なの!? それに小さい頃の戯言じゃない!」


「え、戯言なの? 確か僕が五歳の時だから、ミリーちゃんは八歳だったなぁ」


「お嫁さんに憧れるお年頃だったのよ! それにしても覚えてたんだ」


「言った方は軽い気持ちだったかもしれないけど、言われた方は覚えているよ。

 だから僕が学院卒業した時、ミリーちゃんは二十歳越えてたけど独身だし、これってもしかして本当に僕と結婚するつもりあるのかなぁって。

 それで『彼氏いる?』て訊いたら怒るし」


「揶揄ってるのかと……」


「ただの事実確認だったんだよ。あれからあんまり会わなくなったけど、もしかしてずっと怒ってたの!?」


「そんな訳ないじゃない! ただ仕事で一杯一杯だったの。マシューだってそうでしょ?」


「うん、最近やっと慣れてきた」


 社会人になって、わたしは親の経営する商会で経理事務の仕事をしている。かれこれ七年。

 マシューは今年で四年目だわね。


 人見知りが激しくて、緊張で顔が強張るマシューは、慣れた人じゃないとかなり取っつき難い。

 長身で、すらりと手足が長く、顔も整ってる。つまるところイケメンってやつなんだけど、損をしてるのよねぇ、勿体ない。


「マシューももう二十二歳なのねぇ。早いものだわぁ。そりゃあ縁談の話も来るわよねぇ」


 お母さんが話に割り込んできて、ちらりと意味ありげに視線をよこす。


「それに引き換えミリーなんて全然よ!

 デートらしきものをしてきてもそれっきり。

 もう二十五歳なのよ! 周りが危機感を持ってるのに本人はのんびりしてるんだから!

 もう本当にマシューと結婚するのでいいじゃないの」


「お母さんがノリノリなの!?」


「僕もノリノリだよ。それに妻も賛成している。

 前々からマシューのお嫁さんはミリーちゃんでいいんじゃないかと話してたし、昨夜マシューから事情を聞いて、それならやっぱりミリーちゃんしかいないと思って、善は急げとやって来たんだ」


 伯父さん、押せ押せムードだな。

 やだわ、この似たもの兄妹、タッグを組んでるのかしら。

 うーん、マシューと結婚かぁ。


「こほんっ。とにかく結婚はミリーの気持ち次第だ」


 ずっと渋面だったお父さんが、ノリノリ兄妹に釘を差した。



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