戦場で枯れない花

Jack4l&芋ケンプ

第1話

「こんなところで何してるの?」


少年が目を閉じようとした時、女の声が聞こえた。朦朧としていた意識が現実へと引き戻される。


「…見て分からない?」


少年は皮肉っぽくそう言った。辺りは炎、煙、肉塊、薬莢、泥…だいたいそんなところだ。…年端も行かぬ少年のいるべき場所ではない。


「生憎右眼が見えないの」


大きな狙撃銃を背負った女は生意気にそう言い放った。


「じゃあ左眼は見えてるんだろ?」


「そうね。だから早く家に帰りなさい。左眼まで見えなくなったら守れないわ」


少年はこの女に対して一種の嫌悪すら抱いた。…戦場だというのに、ふざけたやつだ、と。しかしすぐに別のことに気がついた。女は軍服を着ている。…兵士だ。


「女まで戦場に出るのか…」


「決めつけないで。自分で選んだことよ。それに、子どもが戦場に出るよりはマシだと思うけど。それで?こんな前線の中央でなに呑気に寝ようとしてたの?まだ戦えるでしょ」


女はそれ以降少年の方を見ることはなく、その左眼は常に前を見ていた。


「戦って何になるの?」


「戦わないとどうにもならないことをどうにかするために戦うのよ」


「都合のいい話だ。戦わずに解決する方法をもっと探すべきだよ」


「戦場に出てまだそんなことが言えるのね。あなたが手に持ってるのは何?命を奪うためのものでしょ?もしここに敵が来たらあなたはその武器を捨てて、同じことを敵に問いかけるの?」


少年は考えるようにして、或いは現実逃避するようにして小銃をそっと抱きしめた。


「…多分…できない」


「それが現実なのよ。敵に情けをかけることも、許しを請うこともない。そこには奪うか奪われるか、その二つしかない。銃を向けたら最後、撃つか撃たれるかの二択しか存在しないように」


「もし僕みたいなやつが敵にもいたら?」


言われっぱなしは気に食わず、これなら少しは戸惑うであろうと企んでの質問であった。


「その時は私か他の兵士が撃ち殺すでしょうね。敵だって同じよ。でもいいんじゃない?二人で甘い夢を見ながら眠れるわよ」


少年はまたしても言い負けた。この女に討論で勝ったところでこの地獄から逃げられるのかと言われればそれまでではあるが。


「…何してるの?」


女が少年に見えない右手で何かを弄っているのが分かる。


「見て分からない?給弾してるんだけど。左手、怪我してるから手伝いなさい」


少年は重い体を起こして渋々付き合った。


「今更何をするの?」


弾倉に渡された弾を込めていく。少年の力では重い。


「最後まで戦うに決まってるでしょ?」


「どうせ意味ないよ。勝てっこない」


「なんだ。勝とうとしてたのね。まぁいいんじゃない、理想は高くて損はないわ」


つくづく鼻につく人だ、と少年は嫌気がさしてきた。だが意思と関係なく手は弾倉に弾を込めている。前線で何をやっているのやら、と半ば呆れもした。


「じゃあ何?何のために戦うの?」


話は振り出しに戻った。だがこの戦いの意味というのは、少年にとっての戦いの意味ではなく、この女にとっての戦いの意味である。それが彼女に伝わっただろうか。根拠は無いが、少年は伝わったと信じたかった。


「同じことを二度も聞かないで」


「さっきのは本心じゃないと思った」


「超能力者にでもなったつもり?何もかも分かった風な口を聞く子どもは嫌いよ」


「嘘と綺麗事ばかり口にする大人は嫌いだ」


「結構。好かれるような人間じゃないの」


女はとうとう少年を突き放し、狙撃銃を構えた。今からその黒塗りの銃が誰かの命を奪うのだと実感し、胸が苦しくなる。その間にも女は吟味するように照準を覗き、敵を探しているのだろう。


「…綺麗事ばかりなのはどっちよ。ああ、答えなくていいわ。どうせ私の期待しているような答えは返ってこないでしょうから」


少年は黙り込んでしまった。女は右手の指で引き鉄に触れ、左目で照準を除いているせいか不思議な格好をしている。どうやら右足も怪我をしているらしい。


「正直、戦争をする意味なんて考えたことがないわ。手段の一つに過ぎないじゃない。話し合いで解決できるならとっくに終わってる。でもそうならなかったんでしょ?なら何を言ったって無駄よ。戦うか、諦めるか。奪うか奪われるかの違いよ。勝者の幸福は敗者の苦痛の上にしか存在できないの」


女は表情を変えない。そもそも、表情と呼べる表情には見えない。


「でもそんなことも、何もかもどうだっていい。私はただ与えられた仕事を全うするだけ。国や国民のためなんて綺麗な理由じゃなくて、一人でも多くの敵を道連れにすれば私の死が無駄じゃなくなるから。…そんな惨めな理由よ。笑いたければ笑いなさい。散々説教垂れた女が戦争に参加した理由は、他でもない自己満足のためだけだったのよ」


少年はもはや何も答えない。


「…見えづらいわね…移動するしかないか。付き合わせて悪かったわね。貴方が込めてくれた弾薬は大切に使わせてもらうから安心しなさい。そこで眠るも帰るも自由にしなさい。これ以上説教をするつもりはないわ」


女が立ち上がった時だった。『パァン!!』と音が鳴ったかと思うと、女は頭に赤鉄の花を咲かせて倒れた。少年にはこの女は特別な人間に見えていたが、彼女も他の仲間達と同じように倒れた。…あまりに呆気ない。


「…誰か教えてくれよ。この戦いに何の意味があったのか」


希望など無かった。かと言って絶望も無かったのだろう。彼女はおそらく覚悟を決めていた。なら自分も受け入れるべきか。最後に説教をしてくれる人がいてくれてよかった。


少年は無気力に目を閉じた。これでもう起こす輩はいない。次に目が覚める頃には地獄にいるか、あるいは生まれ変わってそこらの虫にでもなっていることであろう。















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