毒の番

 三上朝日を完璧に負かしたい。負けたあと、私のことを見直して欲しい。そして見下していた私に完敗したと、後悔したまま死んで欲しい。

 それを達成するゲームは、

 そう思った私は、罠を仕掛けた。事実が明かされた時に朝日が後悔するような罠を。


「うちは、すでに毒を盛られとる」

「な…………なんで? 言ったじゃん、毒は朝日が持っているグラスか、こっちのグラスのどちらかに入って――」

「っ!」

 朝日は私の言葉を遮った。

「あんたの唾はいままで何回も飲んだ。やからあん時からすでに違和感があってん」

「…………あの時から?」

やった。いつものあんたの味じゃない。その前のキスのときはそんなことなかったから、あんたは予め口の中にカプセル的なものを仕込んでおいて、然るべきタイミングで砕いたあと、唾と一緒にうちに流し込んだんやろ」

 あんたはほんまにキスが上手いからな、と朝日は付け加えた。

「もちろんその時は違和感程度やった。体液の味なんて体調で変わるしな。ほんでもあんたが提案したゲームと、それに似合わないあんたの死ぬ気のなさでさすがに勘付いた。うちは既に毒を盛られてる。じゃあこのグラスは何や?」

 私は唇を噛み締めた。朝日の想像通りだったからだ。

 まさか、唾液を交換した時から既にバレているとは思わなかった。


「なあ莉々。言ってもうちが飲まされた液体なんか少量や。でもそんな少量でも効き目があるんやろ? やったらさ」


 朝日はそのまま、

「まって!」

 私の止める声は間に合わず、バリン――と大きな音がしてグラスが割れる。中の液体が溢れた。

「すまんな、手が滑ってもうた。しゃーないからもうひとつの方を飲むことにするわ」

 止めるまもなく彼女は机の上のグラスを一気に飲み干して、笑った。

「なんか問題あるか? うちはちゃんと片方飲みきったで」

「く…………」

 私の顔がみるみると青ざめていくのが自分でもわかった。まずい。

「まずい、って顔してるな、莉々。そうやろなぁ。少量でも効果がある毒を経口で注入したんや。だったら当然、。つまりこのグラスの中身は、両方ともや」


 全て朝日の言う通りだった。


 私の作戦はこうだ。

 朝日に毒を盛り、毒飲みゲームを提案する。

 彼女には受けるメリットがないので「アホか」と一蹴して断る。

 しかしこのグラスに入っているのは、毒ではなく解毒薬だ。それも両方に。

 朝日がゲームを蹴って、私は解毒薬を飲む。


 そして死を待つ朝日はすべてを察し、私にゲームを蹴るよう操作されたこと、ゲームを受けていれば死んでいなかったことに気が付き、後悔の中で死んでいく。


 しかし今、朝日はグラスの中身を飲み干し解毒完了。私の飲むはずだった解毒薬は溢れて飲めなくなった。

 敗因は単純だった。単純に、朝日のほうが私のことをよく見ていただけだった。

 唾液の味、死ぬ気のなさ、ゲームのトリック。

 朝日は私を弄ぶけれど、私のことをよく見ていたんだ。見下していたのは、私の方じゃないか。


 私が俯いていると、朝日は一万円札を数枚机の上においた。

「莉々、おもろい遊びやったで。あんたがこんなおもろい遊びをセッティングしてくれるとは思ってなかった。正直見直した。でも、うちの命に手をかけたんや。けじめはしっかりつけたい」

 カバンを掴んでホテルのドアに歩いていく。

「解毒薬の予備はあるか? もしないんやったら、床を舐めろ。もしくは死ね。それが負けたやつの、敗者の責任や」

「……」

「じゃあな、莉々。あんたと過ごした数年間。これでもうちは楽しんどってんで。ありがとな」

「あさひっ――――」

 私は何かを言おうとしたけれど、それが言葉になる前に、朝日は出ていった。


 惨めだった。

 朝日は私と、毒の盃を交わすことすらしてくれなかった。

 それもそのはず。

 朝日のことを全然知らなかった私。

 私のことをよく知った上で応えてくれなかった朝日。

 そんないびつつがいが交わせる盃なんて、存在しない。


 涙が溢れる。悔し涙、失恋の涙、朝日を全然知らなかった自分を恥じる涙。たくさんの要素が混じり合った涙。


「朝日」

 誰もいないホテルの部屋に、私の言葉が反響せず消えた。


 朝日の顔を思い浮かべながら、私は敗者の責任を取る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毒の盃、歪の番 姫路 りしゅう @uselesstimegs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ