最終話 犯人特定


「違います」

 星野さんは首をブンブンと横に振って否定した。


「だって」僕はここぞとばかりに指摘した。「合鍵があれば彼氏の浮気現場を押さえられるじゃない」


「三上、勝手に暴走するんじゃない」明石があきれ顔で言う。「僕の話を聞いてなかったのか? 僕は犯人が『被害者の部屋の鍵と星野さんのアパートの鍵の合鍵を作った』と言ったんだ。星野さんが自分の部屋の合鍵を作る必要はないだろう?」


「あっそうか。でもそれじゃ、『被害者がよく知っていた人物』って誰なんだ?」


「浮気相手の女性か」

 田中管理官が呟いた。


「そのとおりです。犯人は事件当夜、二人を尾行していたに違いありません。そして被害者と星野さんが事に及んだのを見計らってから侵入し、二人を殺害するつもりだったのでしょう。星野さんを殺しても彼氏の心は奪えませんから、彼氏も殺すつもりだったでしょうね。ところが侵入してみたら、二人は心中を図っていた。それで頭にきた犯人は、まだ息のあった彼氏を刺し殺して、星野さんを犯人に仕立てることにしたわけです」


「なるほど筋の通った推理だな」田中管理官は微笑んだ。「そうすると、あとは浮気相手を探すだけか」


「それなんですが、ちょっと調べてもらいたい人物がいます」

 明石は先ほど受け取った、被害者のスマホの連絡先リストを指し示した。

「この『ヒル魔』というやつが、その浮気相手じゃないかと思うんですがね」


「どうしてだね?」

「被害者はアメフト部で、わざわざアメフト漫画のキャラクターの名前を使っています。そのキャラクターが『悪魔のような顔』っていうのが引っ掛かるんですよね。もしかしたら被害者は、浮気相手を相当毛嫌いしていたんじゃないでしょうか。浮気のそもそものきっかけが、酔った勢いの間違いってこともあり得ますし」


 すると、星野さんが思い出したように言った。

「彼はお酒が苦手でした。アメフト部の飲み会でも、飲むとすぐに酔い潰れてしまうって言ってました」


「そうだとすると、被害者が飲み会に参加した日を中心に聞き込みして、情報収集するのもいいかも知れません。とにかく二人の接点の裏付けが取れれば、犯人を自供に追い込めると思います」


「そうだな。明石君、三上君、おかげで今回は冤罪事件になるところを免れたようだ。またよろしく頼むよ」


 今回は僕もちょっとは役に立ったよね?




 その後の捜査で浮気相手が逮捕されたと、田中管理官から連絡があった。やっぱり『ヒル魔』が犯人だったそうだ。


 なんでも、飲み会帰りにアパートの階段下で潰れていた被害者を、被害者の階下に住む女が自室に連れ込み、一夜をともにしたと嘘をついて、記憶のない被害者に責任を取って結婚するよう迫っていたそうだ。


 付き合っている彼女がいるので、一緒になることはできないと被害者に言われた女は、「だったら時々抱いて欲しい。そうしないと彼女にバラす」と被害者を脅したとか。彼女に知られると困る被害者は、仕方なく女の言うがままに関係を持っていたらしい。


 女は、体の関係が続けば自分に情が移ると考えていたようだ。なんとも哀れな話である。




「こんにちは~!」

 中学生の佐山美久が、またミステリー研究会にやって来た。

「明石さん、あの事件を解決したんだってね?凄いなあ」


 またハグされそうになった明石は、ハグされる前に立ち上がって距離を取った。


「よしてくれ、青少年健全育成条例に抵触してしまう」

 はあ? 大袈裟だよ明石。むしろ、何考えてんだ?


「こんにちは」

 またドアが開いて、今度は星野有紀ゆきさんが入ってきた。何だか先日のデジャヴのような気がしてきた・・・。


「明石さん、先日はどうもありがとうございました。これ、ほんの気持ちですが、皆さんで食べてください」


 星野さんが持ってきたのは、ショートケーキが入った紙箱だった。実は彼女、事前に僕に相談しに来ていたんだ。明石が好きな食べ物は何かって。

 明石は甘いものは大抵好きだと言っておいたが、まさかサークルメンバーの分まで差し入れしてくれるとは。春日は嬉しそうにお茶の準備をし出した。


「あーっ、容疑者Xさん、明石さんに近寄らないで。明石さんは私のものなんだからねっ!」


 中学生の言葉に、缶コーヒーを飲もうとしていた僕は思わず吹き出した。


「子どもは近寄るなというのに」

 明石が中学生を手で追い払うような仕草をすると、

「子どもじゃないもん。ちょっとこの胸に触ってみる?」

と佐山美久は、明石に胸を押しつけようとする。


 すると今度は星野さんが、

「子どもでなければいいんですね?」

と、にっこり笑う。



 なにこの地獄絵図?



     (終)




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【推理士・明石正孝シリーズ第4弾】密室の容疑者 @windrain

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