第5話 真犯人


「つまり彼女が言ったとおり、冷蔵庫からカフェオレを出して持ってきたのは被害者であり、その時点で真犯人が密室の中にいなかったのだとしたら、睡眠薬を混入できた者は被害者しかいないというわけです」


「ちょっと待てよ明石」僕は思わず口を挟んだ。「それだと殺人と睡眠薬の混入は関係ないことになる。そんなことがあるか? 真犯人が事前に侵入して、カフェオレに睡眠薬を入れておいたと考えた方が自然じゃないのか?」


「いや、


「その仮説、詳しく聞かせてくれ」

 田中管理官が促し、明石は説明を続けた。


「被害者は浮気をしていた。これも星野さんの推測どおりだとしたら、被害者は浮気相手から脅されていた可能性があります。自分を選ぶのか、星野さんを選ぶのか、と。自分を選ばないのなら死んでやる、とか、あるいは星野さんを殺してやる、とか言われたのかも知れません」


 星野さんは、いたたまれない表情になっていた。だが明石は構わず続ける。


「そのせいで、被害者はノイローゼになっていた。被害者は優しい性格だったようなので、浮気相手を殺そうという方向に思考が働かなかった。その代わりに、自分と星野さんが死んで、あの世で結ばれたいと考えた」


「無理心中を図ったというわけか」

 田中管理官が呟いた。


「あの世で結ばれると言いましたが、被害者の部屋にはいわゆる『異世界ファンタジー』もののアニメのDVDがありました。『異世界ファンタジー』というのは、死後に異世界に転生したりするやつです。二人で別の世界に生まれ変わって暮らしたいと考えたのかも知れません。そんなことがあるはずがないのに」


 それから明石は星野さんをチラリと見て、

「僕は彼女のことをよくは知りませんが、もし彼女が『浮気は絶対許さない』タイプだとしたら、被害者は浮気相手のことは絶対に知られたくなかったでしょうね。あの世で結ばれるどころか、この世で別れを切り出されることになりますから」


 それを聞いた星野さんは、思い当たったようだ。

「私、ネットニュースで不倫報道があったときに、彼に言ってました。『浮気したら絶対に許さないんだからね』って・・・」


 何だか聞いている方もいたたまれなくなってきた。浮気したのだから自業自得だが、いろんなことが被害者を追い詰めていたのかもしれない。


「おそらく被害者は、最初は星野さんの分にだけ睡眠薬を入れたんです。それで眠らせてから自分も飲んだ。その前に、玄関のドアロックを外したのでしょう」


「どうしてそんなことを?」田中管理官が問うた。

「遺体が腐り始めるまで見つからない事態は避けたかったんでしょう。あるいは、100%死にたいと思っていたわけではなく、死ぬ前に誰かに見つけてもらいたかったのかも知れません。睡眠薬が致死量に大幅に足りなかったところを見ると、後者の可能性が高いかも知れませんね」


「それで密室じゃなくなった部屋に真犯人が入ってきて、殺すことができたわけか」

 僕が言うと、明石はそれを否定した。

「話はそう単純じゃない。それだと部屋に入ることはできても、出た後に施錠できないからな。つまり犯人は星野さんの部屋の合鍵を持っていた人物ということになる」


「合鍵を持っていた人物というと・・・」僕は明石が皮肉を言っていたのを思い出した。「大家か不動産屋ということか?」

「そうじゃない。星野さんが言ってたじゃないか、彼氏から電話がかかってきたって」

「アパートの鍵を忘れていってないか尋ねたんだっけか? でもあれは自分のアパートの鍵の話だろう?」

「そうだ。後で『見つかった』と連絡があったという話だった。僕はその状況を考えてみたんだ。それで思いついた仮説がこうだ」


 とうとう明石は我慢できなくなって立ち上がり、ホワイトボードにマーカーで書いてしまった。それはかろうじて『A』と『B』に見えた。


「Aが被害者でBが犯人な。その日、BはAに睡眠薬を飲ませ、眠らせている間にAの部屋の鍵と星野さんのアパートの鍵を探し出し、二つの鍵をホームセンターに持って行って合鍵を作った。ところが、その間にAつまり被害者が目を覚ましてしまって、鍵がないことに気がついた。それで星野さんに電話して、鍵を忘れていってないか聞いたんだ。普通に考えたら、こんな事はあり得ない。なぜなら使。そうでないとしたら、彼はいつも鍵をかけないで外出していたことになる。そんな不用心なはずがない。彼がなんでそんな馬鹿な事を電話で聞いたかというと、睡眠薬のせいでまだ脳の働きが回復していなかったからだ」


「でもその後、鍵はあったって星野さんにもう一度電話してるよね?」


「それはたぶんこういうことだ。誰かが鍵を開けて入ってくる音がしたので、被害者はとっさに寝たふりをして様子を見た。すると入ってきたのは犯人Bで、こっそりと鍵をもとあった場所に戻していた。そのとき被害者は、犯人に合鍵を作られてしまったことを察したんだ。それで後で星野さんに電話して、鍵が見つかったと話した」


「ちょっと待ってくれ」今度は田中管理官が口を挟む。「なぜ被害者はそのとき犯人を捕まえようとしなかったんだ? 合鍵を作られたのを知りながら、それを放置したというのか?」


「犯人は、被害者のよく知っていた人物だったからですよ」


 僕はそのとき思った。合鍵を作る動機がある人物が一人いる。

「まさか・・・犯人は星野さん?」



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