ワケあり彼女は今夜もかわいい 〜リアルな添い寝で癒しますっ〜
haru.
一夜目 添い寝にきちゃいました
僕は、ガチャリ、とマンションの玄関を開けた。
ぱたぱた、と軽快にスリッパの音が近づいてくる。
「おかえりなさーい」
??
「ね、わたしの事好きでしょ?」
???
僕の部屋に女の子? いやいやいや、そんな。
部屋を間違ったかと思って、ドアを閉めようとした。
「あー、ちょっちょっとちょっと、君の部屋で間違いないってば!」
「えっと、誰、訳わかんないって顔してる。うっそでしょ。遊んでくれてんのに、わたしの事知らないなんて言わないですよね?! きみが今プレイしてる、同人のユル〜い癒し系恋愛シチュエーションゲームからリアルに顕現した美少女なんですけど?! あ、自分で美少女って言っちゃった。“添い寝してくれる平日彼女”って設定のやつですよっ!」
リビングの方に、僕の手を引いていく。
彼女は、机のPCに触れた。
ぶん、とスリープモードになっていた電源が起動して、ゲームの画面が映る。
ちなみに、PCはゲームを立ち上げたまままいつもスリープ状態である。
「はい、三次元では初めまして。わたしは“ひより”。そのゲームアプリで添い寝してくれる女の子の名前に設定してくれてるじゃないですか、つれないですねぇ。ほら、少しくせっ毛のある明るめの肩までの髪だし、大学生だし。ね、キャラと一緒のビジュじゃない?!」
「…う、ありゃ、不思議な顔してる。わたし何か変な事言いました?」
「声がちょっと違うって?! 存在している次元が違うんだから許容範囲じゃないですか?!」
いたずらな眼差しを向けて、こちらに近づいてくる。
うんまぁ、確かにそうなんだ、けど。
「きみ、社畜くんじゃないですか、もうすぐ四月で社会人二年目に突入、毎晩適当に外でご飯食べて疲れて帰ってきちゃって、しかも繁忙期真っ只中。頑張って生きるオタクで妄想癖な君に、ゲームの美少女顕現! 神様からのご褒美降臨なのです〜! …ちょっとは理解してもらえました?」
彼女が、とん、と抱きついてきて、上目遣いで僕を見る。
「う〜ん、わたし実体があるようなないような。でも触れると、ちゃあんと人間の感触もあるでしょ。ご褒美として今日、月曜からの五日間リアルで添い寝しにきちゃいました。あ、自分疲れてるから幻覚見てるとか思っちゃってます? ま、いいですよ。信じらんないならそれはそれで」
「毎日寝る前に甘々なセリフ言ってあげてるのになぁ。うわー実物は小柄でかわいいね、とか、笑顔が癒されるね、とかとか、もっと喜んでくれてもいいじゃないですか…」
彼女、いや、ひよりは背伸びをして僕の耳元まで近づき、小声でささやく。
「君のしてほしい事も、好きなシチュエーションも、よーく知ってますから、色々期待しててください、ね」
ふふ、といたずらっぽく笑いながら、後ろの寝室の扉を開けた。
「じゃ、さっそく、今夜から“添い寝”させてもらいますね」
「ほらほら、早くお風呂入って寝る準備してください!」
そう言いながら、不器用にネクタイを解こうとする。
ぐえっ。
「あ、あの… えっと解き方わかんないんですけど… あれっ締まっちゃいました?!」
◇
「じゃ〜ん。ちゃんとパジャマ姿が実装されてます。ってもショーパンとオーバーサイズのTシャツですけど。こういうの好きでしょ?」
くるり、と回ってみせた。
「ベッド、セミダブルなんだ。ふぅん、一応シーツやおふとんの洗濯はされているようですね、良き良き。明日ちゃんと昼間また洗濯して天日干ししておきますね。じゃ、お先に失礼しまーす」
ぽんぽん、と布団を綺麗に整えた。
彼女は、ごそごそとベッドに入る。
「…早く入ってくださいよ。ありゃ、警戒してる。襲ったりなんかしませんって、わたしの存在はただの、癒されるセリフとかを提供してリラックスしてもらうだけの“添い寝彼女”ですから。VRとか体験した事あります? あれよりリアルでいいでしょ、へへ」
何だかよくわからない展開だけど、少し距離を取って僕もベッドに入った。
「まさか眼鏡かけたまま寝ませんよね… って、緊張してます?」
おっと、すまねぇ。
僕の眼鏡を奪って、ベッドサイドの机上に置いた。
ピ、と電気を消して、少しおしゃべりをする。
「…」
「…添い寝って心理的にリラックス効果が抜群なんです。安らぎや癒しを得られると幸せな気分になって、よく眠れるんですよ。はい、目を瞑って〜」
「…実際に横にあったかいものがあるだけで、安心するくないですか? ひよりはそのために来たんですから、ね、ほらほら、天井の方ばっか見てないでこっち向いてよ」
ぐいっと頬を両手でつかまれ、顔を寄せる。
ひよりは軽く、ちゅ、と唇にキスをした。
「…ごめん、襲っちゃった」
「…いきなり何か気まずかったですか、そうですか。じゃあ歌でも歌いましょうか。いちま〜い、にま〜い… あぇ? 余計寝られない? あ、そですか… 間違えました、ヒツジが一匹〜、ヒツジ二匹〜、ヒツジが三匹〜… 数えなきゃいけないのはヒツジでした、いっけね…」
「…って笑わなくても。え、歌でもない… 確かに」
たはは、とかわいく笑う。
こんなクセが強いドジっ子キャラだっけか。
「…もうちょっと、くっついてもいいですか?」
「なーにー、逃げないでください。抱き枕だと思ってください。はは、もしかして照れてる?」
「やっぱあったかいのっていいですよね。どう? まだ? ねむたくなってきました? 手つないでいい? 恋人つなぎ、しよ」
きゅ、と手を握ってくる。
「いきなりちゅーしてごめんね。本当はね、実際に会ってみたいと思ってたの。だから嬉しいんですよ、伝わってます?」
「今日も一日頑張りました、明日もいいことあるといいね。お疲れさま、おやすみなさい―」
「…」
「…」
すやすや。
心地よい、彼女の寝息がする。
ゆっくりとした時間が流れる。
これが夢でも妄想でも、何でもいいや。
やがて僕も、うとうと、と、眠りに落ちる――
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