二夜目 いっぱい褒めてあげます

 ただいまー…

 おそるおそる、マンションの玄関を開けた。

 ぱたぱた、と軽快にスリッパの音が近づいてくる。

 キッチンで料理をしていたようだ。

 

「お帰りなさーい」


 お、いる。

 誰かが待っててくれるって、ちょっと何だかいいなぁ。 

 ん?

 くんくん、何か匂いが…


「あっ、こっち見ないでください、焦げ臭い匂いしますけど! キッチンを見てはいけません! てか帰ってくるタイミングわるいです!」


 え、俺?!


「し、失敗… いや、向かいのスーパーで新じゃが安かったし、牛乳の賞味期限がヤバかったんでクリームシチューを作ろうとしたんですよ?! ホワイトソースがちょっと思ったよりドロドロに… ちょっとボーッとしてたらお鍋の底に焦げついちゃってですね… 香ばしい匂いがし出したところです…」

「食べる? って、いやいいですって、気をつかってもらわなくても!」


 いただきます、もぐもぐ。

 充分おいしいじゃないか。


「あのー…」


 少し申し訳なさそうに、こっちを見ているけれども。


「お、おいしくない… ですよね… え、おお、いいって、無理して食べなくていいですって! あの… え、はや、完食…」

「おいしかったって言ってくれるの、何か嬉しいんですけど」

 

 ふわっと、笑ってくれる顔がかわいい。


「いやほら、いつも外食みたいだから、晩ご飯とか用意したら喜んでくれるかなぁと思ったんですが、せめて先に、何が食べたいか聞いておいたらよかったですよね、ふぃ〜…」


 うわぁ、と頭を抱える仕草も何だかかわいい。


「あ、あれですか、もしかして彼女に作ってほしい手料理ランキング不動のナンバーワンであるハンバーグをチョイスした方が良かった… それともオムライスにハートとか、すき、とか描いた方がベタだけどウケが良かったパターンですかこれ?! いやいや、きみは確かケチャップが苦手だってインプットしているのは忘れてませんよ…」

「うぬぬ、でも牛乳を捨て置くわけにはいかず、スーパーの特売でメニューが左右されるのは庶民として生きとし生けるものの通常ルートなわけで…」


 ん、どうしたどうした、一気にしょたいじみてきたぞ。


「作ってくれるだけでうれしい、って。そりゃどうもです。おかわり? 大丈夫です、たくさん食べてください。あーん…」

「…とかしましょうか。へへ。嘘です、さすがに恥ずかしいってば。自分で食べてください。わたしも食ーべよ」



「ごちそうさまでした。こほん、わたくしとしたことがとんだ失態を見せてしまいました… 迂闊でした。失格です。バグ発生です。よしっ、お詫びに今夜はその超凝り固まった肩をマッサージさせていただきますので、先にお風呂入ってきてください、それから、ね」





「はい、うつ伏せになってくださーい」


 ひよりのお言葉に甘え、ベッドの上で、俺に馬乗りになって、肩を揉んでくれる。


(ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ)

「きもちい? んーん、めちゃくちゃ凝ってますねぇ。ごりっごりしてますよ。仕事でもパソコン使うのに、いつも帰ってからゲームする事あるなんて、気晴らしにしても目疲れるでしょー。こめかみのところ、ほら、ここもぐっと押すとめっちゃ気持ちいいですよね、うんうん」

(ぐっ、ぐっ)


 しばらくマッサージしてくれる、こりゃありがたい。


「仕事って何されてるんでしたっけ。企画営業かぁ。昔からアイデア出したりとか得意でしたもんね、凄いなぁ。でも、社会人になって働くって大変そうでマジ怖いんですけど…」


 そんな細かい事までゲームのシナリオにあったっけ?

 ま、いっか。


「てか思うに、そもそもちゃんと朝七時に起きられるだけ偉い、まっすぐ会社行ってるだけで偉い。これマジっす。いくつになっても褒められたいですよねぇ。もっといっぱい褒めてあげます。何かあったっけな… えーと、えーっと… 疲れてるのに優しくしてくれて偉い、とか。意外とスーツ姿似合ってて偉い、とか? … うーん」


「…」

「ねぇ、気になってたんですけど、何でわたしにひよりって名前をつけたんですか?」

「ふんふん、あ、昔好きだった、ひとつ下のいたずら好きの幼馴染の名前なんだ、ふぅん。わたしに似てるんだ? え、似てない。あ、そですか。ちぇ、残念」


 上から不意に顔を近づけて、じっと見てくる。


「こっち、見て」

「何ちょっとにやにやしてんですか。え、かわいーなーっと思って? ってやだなぁ今更。知ってる!」


 ぱんぱん、と背中を叩いてくる。

 照れているようだ。

 そのまま、とん、と背中に覆い被ってくる。


「…」

「…あったかいので、ねむたくなってきました」

「…胸、背中に当たってるとか思ってるでしょ。中学生め」


 おうっ。エスパーですか。

 いやいや、それこそいくつになっても誰でも思うってば。


「…」

「別に、くっついてるだけです。木にぎゅってしがみついてるコアラのようなものです」

「…」

「ドキドキしますね」

「…」

「もっとドキドキする事しよっか」

 

 ひよりは耳元で囁くと、ちゅ、と軽く後ろから耳にキスをする。


「へへ、もっかいする? してもいい?」

「…」

「…」

「ぐう」


 …寝てるじゃん、すっかり人の上で寝ちゃってるじゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る