三夜目 胸きゅんチャージです

 ただいまー…

 マンションの玄関を開けた。

 ぱたぱた、と軽快にスリッパの音が近づいてくる。

 リビングで、テレビの音が聞こえている。

 

「お帰りなさーい」


 うーん、帰ったらかわいい彼女(と言っていいのか?)が待っててくれるって、なんて癒されるんだろうか。

 よくわからんが神様ありがとう、残業しても仕事が残ってても頑張って生きるよ…


「わたしとしたことが、昨晩は添わないで寝てしまうという失態を… むむ、添い寝彼女たるものの存在意義が揺らぎました…」

「って、書類たくさん持って帰ってる… プレゼンの準備の残り? まじで?! 先に寝てもいいよって、そんなぁ。わたしも起きてるから! テレビ観てますね。とりあえずコーヒー飲みますか?」


 そう言うと、お湯を沸かしに行く。

 




 部屋の隅の机で作業をしていた僕は、ぱた、とノートパソコンを閉じた。

 ふぅ、なんとか終了。

 後ろを向くと、ひよりは小さい声でテレビを観ながらねむそうに、むにゃむにゃと船を漕いでいる。


「あっ、おつかれさま、終わった? わたし? ねむくっ、ねむくないですよ?!」


 そういいつつうとうとしている。

 淹れてくれたコーヒーの残りを飲みながら、ひよりの横に座り、マグカップを机に置く。


「コーヒーおかわり要ります? あー、ねられなくなるからいっか」

「水曜ロードショーで恋愛ものの映画やってて、ちょうど終わっちゃったとこです。少女漫画の原作のやつ、たまにこういうベタベタなの観たくなるんですよね〜、胸きゅんしたくなって。ひょんな事から高校生の幼馴染がクラスメイトに内緒で同棲し初めて好きになっていくっていう。う〜んいいなぁ〜、いいよねぇ、同棲」


 ほわ〜んとした顔もかわいい。


「…そういえば、昼間はどこで何してるかって? それは機密情報です、触れてはいけないコードなのです」

「…」

「膝の間に座ります。胸きゅんチャージです」


 ひよりはごそごそと移動して、僕の前にすっぽりとおさまる。


「疲れた、とか、イライラ、とかやな事ぜーんぶ忘れてください」

「…」

「…」

「あの、後ろからぎゅーってしてくれるの、待ってるんですけど…」


 あ、そういう事ね。

 ぎゅ、と抱きしめる。思っているより小柄なんだな。

 ち、近い。


「ん、息が首すじに触れてくすぐったい」


 そう言いながら、前に回した僕の手に触れる。

 うぐぐ、俺の方がドキドキだって。


「手、冷たくてきもちいいなぁ。手が冷たい人は心があったかいってイギリスのことわざらしいですよ、知ってました?」

「…」

「…あ、ゲームの中で言ってた甘々なセリフ、何か言ってみよっか。何言ってほしいですか?」

「うん、うん、えー? それは恥ずかしい、だめ。あー、あつくなってきちゃった。汗かいちゃったし、ちょっと上一枚脱ぐし」

「わざとやってんです。ドキドキした? ねむいね、もうこのままねよっか」


 不意打ちに、振り返りざまに軽く、ちゅ、とキスをされた。

 テレビを消す。


「へへ、ちょっとは癒されてくれましたか? はい、このまま抱っこしてベッドに連れてってください。わたしはもう充電が切れます。動けません」


 電気で動いてんの?

 ま、いいや。

 ひよりを抱えて、ベッドに降ろす。


「もっかいちゅーする、ん」

「今日もお疲れさま、おやすみなさい―」


 ひよりは、昨日より近い距離で、僕の横に丸まって、すうすうと寝息をたてる―

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