四夜目 恥ずかしいから目を瞑っててください

 ただいまー…

 マンションの玄関を開けた。

 ぱたぱた、と軽快にスリッパの音が近づいてくる。

 バスルームの方から来たようだ。

 あれ、もうパジャマ?


「お帰りなさーい」

「お風呂っていつもシャワーですよね。今日お湯溜めたんです、お先に入らせてもらっちゃったんですけど、良かったですかね?」

「ちゃんと湯船に浸かるのは疲れが取れるんですよ〜。体の緊張もほぐれるし、血の巡りも良くなってリラックス効果抜群です。毎日浸かる頻度が高い人ほど幸福度が高いって聞いたことありますし。もう入ります? 入ってくださいそうしましょう、そうしよ」


 ひよりに浴室まで促されてしまった。





 ちゃぷ。

 ゆったりと風呂に入るなんて久々だなぁ。

 と、洗面所のドアが開く気配。ひよりが入ってくる音が聞こえる。

 ドアの外から声をかけてくる。


「入ってもいいですかー?」


 おわっ?!

 なん?!


「お背中流しにきたんですけど、どうかなーって。あれ、一緒に入ろ、とか言うかと思って期待しちゃった? うそうそ、じょーだん」

「はい、ちゃんとタオル腰に巻いて椅子に座ったら、オッケーって声かけてくださいね」


 へいへい。言われた通り、僕は腰掛ける。


「ちょっと恥ずかしいから目を瞑っててください。あ、髪もまだだったら洗いましょうか」


 どうせ裸眼じゃ鮮明に見えないのになぁ。

 いや、恥ずかしいのは丸腰の僕の方なんだが。

 どうぞー。


「じゃ、入りまーす」


 ガチャ、とドアの音が響く。


「絶対目ぇ開けちゃだめですよ、そのまま瞑っててくださいね、バスタオル一枚なんですから!」

 

 まじか。

 ありがとうございます(何がだ)。


「おじゃましまーす」


 僕の後ろで中腰になって、シャンプーを泡立て、ゆっくり、わしゃわしゃと髪を洗ってくれる。


「かゆいとこないですか? きもちい?」


 うんうん、気持ちいいよ。


「男子ってトリートメントとかするんですか? しない? そうなんだ…」


 丁寧に洗ってくれて、シャワーで流してくれる。


「はーい、次、背中洗いますねー」

「やっぱ背中おっきいですね、やっぱり男子だ」

「はい、完了! 泡付いた手洗って流しま…」


 じゃばばば、と勢いよくシャワーの音。

 カランとシャワーを間違えてひねってしまったらしい、案の定全身お湯浸しになったようだ。


「びゃ! あぁ、こっち向いちゃダメですっ! うわ、びっしょびしょ…」

「わたしが出てから目ぇ開けてくださいね、絶対!」


 はいはい、見ませんよ。

 浴室から出て行った音を確認して、僕も泡を流して出る。

 パジャマに着替えたひよりは、洗面所でドライヤーを持って待っていてくれた。


「ついでに髪乾かしましょうか」

「風、熱くないですか?」

「くすぐったい? 我慢してください」

「んー、乾いたかな? よし、オッケ」

「はい、完了。短いから早くて良いね〜。私の髪も乾かしてもらっていいですか? ちょっと濡れちゃった」

「えー、長いからめんどくさいとか言わないでくださいよ、このままねて風邪引いちゃうからね?!」


 ぶぶーん、とドライヤー。

 女の子の髪を乾かすのって不思議な感じだ。


「細くてふわふわ、触ると気持ちいいでしょ」





「ふぁ〜、お風呂上がりはビールだね! ちょっと飲も。ひよりはそんな気分なのだ」


 ぷしゅ、と缶ビールを開ける。


「はい、乾杯!」


 乾杯。

 ひよりは窓を開け、窓枠に腰掛けて外を見た。


「あっ、花火の音がする! 春に花火なんて珍しいなぁ、都会っておしゃれ〜。夏にはお祭りもあるんでしょ。行ってみたい。あ、浴衣も着たいかも」

「…何、想像しちゃった?」

「あっ、ほら、こっち来て! あのビルの向こう、ほらほらそこ。ちょっと花火が見えますよっ」


 部屋の明かりを消して、窓辺まで手をひいてくる。

 夏にはって、ひよりはもういなくなっちゃうんだろ?

 

「ん、ビール無くなっちゃった、それちょーだい」


 そういって、僕の缶を奪う。


「あ、間接キス。って子どもみたいな事言って恥っず…」

「…何でこっちじっと見るんですか、めっちゃ照れる。あ、や、キャラのくせにこういうセリフ恥ずかしがるの、変だって思ってます?! 意地悪ですね。たまにそういうとこありますよね」


 そう言いながら、花火の方を眺めた。


「花火って、すごく綺麗だけど終わったら切ない気持ちになって、無性に泣きたくなるんですよね。何でだろ。昔は無邪気に楽しいって思ってただけだったのになぁ…」


 ドンドン、ドン、とクライマックスにさしかかったように連発で音がする。


「儚い恋みたいに、か… ひゃっ、癒さないといけないのに陰気くさくしちゃってどうすんのわたし! さ、さぁさぁ、もうねますよ!」 


 ひよりは、カラカラと窓を閉め、カーテンを引いた。





「…」

「まだ夜は肌寒いですね」

「…今夜は、そっちからいっぱいかまってほしいなー、などと申しており…」

「もちょっとくっついて、頭ぽんぽんして、甘やかしてください。女子はそういうの好きなんです」


 少しだけ、ぽん、としたものの、リアルに面と向かって言われると、急にこっ恥ずかしくなって、こしょこしょとひよりの腰をくすぐった。


「はは、あひゃは、腰くすぐるなんて、は、は、反則ですって! ほっぺつねるし! ぎゅー」


 僕の頬に手をやる両手首を、そっと掴む。


「や…」


 何だか耐えられなくなって、そのまま軽くキスをする。


「ん…」

「…急に、ズルいです、よ」


 お互い恥ずかしくなって、顔を見合わしてちょっと笑ってしまう。


「わたしもちゅーされたい、て言ってからしてください」

「じゃ、言ってって? やだし。そう言われたら言わないし」

「バーカって何ですか、何でよ。かまってって言ったけど! はい、ねるねる、ねますよ!」

「また明日ね、今日もお疲れさま、おやすみなさい―」

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