五夜目 今夜は好きにしていいですよ

 ただいまー…

 マンションの玄関を開けた。

 雷が遠くに聞こえ、雨が降っている。

 もっと強くなってきそうだ。

 よたよた、とスリッパの音が近づいてくる。


「お帰りなさーい…」


 あれ、どしたどした、元気ないみたい。


「こんなかわいい子が家で待ってるのに遅いじゃないですか… うそうそ、仕事大変だった? お疲れです」

「え、わたしテンション低いですか? ちょっと雷が苦手でフリーズしてるだけです… なかなか帰って来ないしどうしようかと思っちゃった…」

「じゃ、今晩最後だから、ゆっくりお喋りしよ?」


 そっか、今夜で最後か…





「電気消しますね、あ、だめ嘘やだやだ、暗いと雷ピカピカするのが怖いから横のライト点けたままにします」


 少し早めにベッドに入る。

 僕の眼鏡を奪って、ベッドサイドの机上に置いた。


「人の眼鏡はずすの好きかもしんないって気づいちゃった。無防備な顔、わたしだけしか見てないんだもんね〜って感じがして、独占欲が高まります。ひひ。変? 変かな…」


 わからん。まぁ、嫌じゃないけど。

 ゴロゴロ、とだんだん近づく雷。

 やがて雷雨がひどくなってきた。

 わりかし近くに、ドン! と雷が落ちる。


「うおぉっっ!!!」

「も、もも、もっと近くにいってもいいですか?」

「いやもうほんと雷マジで苦手なんです… 死んじゃうかもしんない」

「え、いい? じゃ、くっつく。前からぎゅーってする」


 震えている。

 ドキドキと鼓動を感じる。

 しばらく、じっとしている。

 やがて、雷の音も遠くなってきた。


「…うーん、一緒だと安心する。わたしが癒されちゃってるなー」

「…」

「…」

「…まだ起きてる?」

「…明日でいなくなるの、寂しいって思ってくれますか?」

「ほんと? そっか、嬉しいなぁ。じゃ、今夜は好きにしていいですよ」

「…」

「…なーんてセリフ、実際言うとめっちゃ恥ずいですね、やっば。う〜、恥っず。無理無理。顔真っ赤… こっち見たらだめですってば」


 胸に顔をうずめてくる。


「ん… 同じボディソープの匂いがする。何かエッチだな〜」


 ぱく、といたずらに鎖骨をかじってくる。


「弱点みっけ。鎖骨甘噛みされるの、くすぐったい? ねむたいフリしてもっと甘えちゃお」


 そう言うと、少し上目遣いで僕の頬に近づく。

 僕も意地悪がしたくなって、つい、彼女の耳たぶに口で触れる。


「あー、仕返しとかズルい!」

「耳はダメだって。あーあもぅ、う、溶けちゃいそう。くすぐったいですって!」

「キスしてって言ってって? ん、じゃ、今日は言う。いっぱい言いますね」


 恥ずかしそうな顔で、耳元で囁いてくれる、彼女もかわいい。


「癒されてくれましたか? 今日もお疲れさま、おやすみなさい… と言いたいところですけど、もうちょっとぎゅってしてる… いい?」


「ね、わたしの事好き?」

「ねてる時も、ちゅーしてていいよ」


 これが夢でも妄想でも、何でもいいや。

 何度も、好き、と囁いてくれる彼女に、何度もキスをする。

 やがて僕も、うとうと、と、眠りの沼に落ちる――





 朝が来た。目覚ましが鳴っているのを面倒くさそうに止める。

 あぁ、悲しいかな沼から這い上がって現実。

 起きると、ひよりはまだちゃんと横にいる。


「おはよーございます」


 んー、と伸びをしている。


 「五日間、あっという間でしたね」


 まだベッドでうとうとしているひよりを気にしつつも、社畜の僕はいつものように朝の支度を急ぐ。


「リアルな恋愛シュミレーション、どうでした? 癒されてくれました? 添い寝だけで余計もやもやしちゃった? しちゃったよね」

「…でも楽しかったですよ。帰った時にはもうわたしはいないけど、ゲームばっかしてないで、ちゃんとご飯食べて、しっかり寝なきゃだめですよ、ね。心配だから」


 少し寂しそうな顔をしたひよりは、いたずらな顔をして、ふふ、と笑う。

 名残惜しいような、寂しいようなニュアンスを漂わせて、たたた、と駆け寄り、ゆっくりとお見送りのキスをしてくれた。


「じゃあね、いってらっしゃい」

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