後編
……賢人が死んだ。
この日風邪で学校を休んでいた俺、奏太は、電話で親友の訃報を聞いて愕然とした。
嘘だろ。何であいつが……。
電話をくれた友達が言うには、朝学校に来た先生が、東校舎の階段の踊り場で倒れていた賢人を見つけて。すぐに救急車を呼んだけど、助からなかったそうだ。
東校舎の階段の踊り場……それって例の、鏡がある場所じゃないか。
本来なら昨夜、俺も賢人と一緒に動画を撮るため、学校に忍び込むつもりだった。
だけど風邪を引いて行けなくなって、まあ賢人一人でも大丈夫だろうって、軽い気持ちでいたのに。その賢人が帰らぬ人になっただなんて。
電話を切った後も、俺は自分の部屋で一人、信じられない気持ちで呆然としていた。
さっきの電話では言わなかったけど、賢人がそんな場所で倒れていたのは、やっぱり動画撮影のためなのか?
そしてそこで死んでたってことは、まさか噂通り悪魔が出てきて……いや、なにバカなこと考えてるんだ。あれは誰かの作り話だろ?
けど、賢人は現に死んでしまって……。
トゥルルルルルルル! トゥルルルルルルル!
考え込んでいると、再びスマホが鳴りだして心臓が縮み上がった。
な、なんだよ。ビックリさせやがって。
ただ電話が掛かってきただけなのに、こんなにビビっちまうなんて。どうかしている。
だけど、本当に恐ろしいのはここからだった。
ディスプレイを見た俺は、目を疑った。
何故なら電話を掛けてきた相手は、死んだはずの賢人だったんだから。
賢人──う、嘘だろ!? たって、アイツ死んだって……。
いや、もしかしたら賢人の家族か誰かが、アイツのスマホから掛けてきたのかも。普通に考えたら、そうに決まっている。
だけどなぜだろう。嫌な予感がして、電話に出るのを躊躇してしまう。
スマホを持つ手が震えて、背中を嫌な汗がつ~っと流れて、その間も電話はうるさく鳴り続ける。
トゥルルルルルルル! トゥルルルルルルル!
……やっぱり、出た方がいいよな。
ゴクリと息を呑んで、嫌な気持ちを振り払いながら、通話をタップしてみる。
すると……。
『奏……太……か……?』
「賢人!? お前賢人か!?」
それは間違えるはずのない親友の声。バクバク言っていた心臓の音が、更に大きくなる。
アイツ、生きてたのか? 死んだって話は、嘘だったのかよ!?
だけど喜んだのも束の間、すぐにおかしな事に気がついた。
聞こえてきた賢人の声は何だか苦しそうで、まるで虫の息って感じがする。
だいたい賢人が死んだって電話してきた友達は、質の悪い悪ふざけをするような奴じゃない。
何とも言えない不気味さが、心を覆っていく。
「賢人、いったい何があった? 今どこにいる!?」
『奏太……噂は……本当だった……悪魔が出てきて、それから……俺はもう、そっちに戻れない……合わせ鏡は、やっちゃいけなかったんだ……』
「おい、どういうことだよ? 賢人? 賢人ー!」
悪魔ってなんだよ。あんなの嘘に決まってるだろ!?
だけど叫びもむなしく、いつの間にか電話は切れていた。
今のはいったい、何だったんだ?
誰かのイタズラ? それともまさか、賢人の幽霊が電話をしてきたって言うのか?
まるで悪夢を見せられたよう。いや、もしかしたらまだ、悪夢の中にいるのかもしれない。
電話は切れているのに、賢人の苦しそうな声が頭から消えずに。俺は呆然としながら、手にしていたスマホを床に落とした。
次の日。俺は重い足を引きずって学校に行った。
本当は風邪が治るどころか、昨日の一件で益々悪くなったような気がするけど、賢人の事が気がかりだったから。
本当は、心のどこかで期待していた。昨日のあれは賢人が友達と一緒に仕掛けたドッキリで、本当はピンピンしてて。登校してきた俺を笑うんじゃないかって。
だけどいざ投稿してみると、学校は賢人の噂で持ちきり。耳に入ってくる話を聞くと、曰く付きの鏡の前で死んでいたということもあって、合わせ鏡の悪魔と関連付けて考えてる奴もいるみたいで、それを聞く度に俺はビクビク震えた。
賢人に合わせ鏡の悪魔の話をしたのも、動画を撮ることを進めたのも俺だ。
もしもかしたら、そのせいで責められるんじゃないかって、怖かった。
けど、俺も賢人も誰にもその事を言っていなかったおかげで、俺に鏡の話をしてくる奴はいなかった。
ただ一人を除いては……。
「ちょっと良いですか? 少しお伺いしたいことがあるのですけど」
休み時間。廊下を歩いている俺に声をかけてきたのは、クラスメイトの水島。
そうだ。鏡の話をしていたあの時、水島だけはそれを聞いていたんだった。
俺は一瞬逃げようかと思ったけど、もしも誰かにベラベラ喋られでもしたら、そっちの方が怖い。
俺は渋々足を止めると、水島の方を向いた。
「何だよ、話って?」
「アナタのお友達についてです。あの日彼は、東校舎の鏡の話をしていました。夜中にあの鏡で合わせ鏡を作ると悪魔が出てきて、見た人の命を奪ってしまうと言う話を」
「──っ! だったらなんだよ。あれは作り話だろ。見た奴が死ぬんなら、話は伝わりようがない。矛盾だらけの下らない話じゃないか!」
思わず大声で叫んだけど、水島に言ってるというより、自分に言い聞かせているような気持ちになる。
けど、間違ってはいないよな。賢人が死んだのと、あの鏡は関係無い。だけど……。
「本当にそう思っているのですか? 見た人が亡くなったとして、その時何があったか伝える手段が無いと?」
「あ、ああ……だってそうだろう? どうやって話すって言うんだよ?」
「そんなの、いくらでも方法はあります。例えば、死んだ後に幽霊となって、誰かに電話を掛けるとか」
「──っ!?」
幽霊になって電話を掛けるって、そんなのバカげてる。
普段の俺なら、そう言って笑いとばすのに、今回はそれができなかった。なぜなら現に昨日、既に死んでるはずの賢人から電話が掛かってきたてたから。
まさかあれは本当に、賢人の幽霊からの電話だったのか?
「電話だけではありません。ネットに書き込んだり、夢枕に立ったり。亡くなった後でも、伝える手段は、いくらでもあるんです。自分がどうして命を落としたか、それを知ってもらいたくて、必死になって話そうとする霊はたくさんいます」
「け、けど常識で考えて、そんなの……」
「では聞きますが、アナタはこの世の全ての事を知っているのですか? 私達の知っている常識や当たり前なんて、ほんの小さな世界の話なのです。世の中には人知を超えた力や現象なんて、山のようにありますから。常識とか矛盾があるとか言ってありえ無いって決めつけていたら、いつか痛い目を見ますよ」
真っ直ぐに俺を見て話す水島に、ぐうの音も出なかった。
水島の言う通りだ。俺も賢人も、悪魔の話は矛盾だらけだと言って本気にはせずに、軽い気持ちで手を出して、結果賢人は死んだ。
俺達の常識なんて通用しない。そんな存在が、確かにいたのかもしれないんだ。
「こんな事になるなんて、思わなかったんだ。賢人、ゴメン……」
身体中のちからが抜けて、壁にもたれかかる。
今更後悔してももう遅い。いくら悔やんでも、賢人は帰ってこないし、もしもあの日風邪を引いていなかったら、俺も同じ目にあっていたかもしれない。
そう思うと、たまらなく怖くなってくる。
「……もう二度と、遊び半分で危険に近づかないことです」
水島は俺を責めるわけでもなく、それだけ言うと背を向けて去って行く。
ああ、肝に命じておくよ。世の中には俺の常識では図れないものがたくさんあって。バカにすると、命に関わるかもしれないってことを。
了
矛盾 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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