矛盾
無月弟(無月蒼)
前編
「なあ賢人。東校舎の鏡の噂って知ってるか?」
高校の昼休み。
教室で昼飯を食う中そんな話をしてきたのは、親友の奏太だった。
「何だよ鏡って?」
「よくある怪談なんだけどな。ほら、東校舎の階段の踊り場に、デカイ鏡があるだろ。卒業生かなんかが、寄付したってやつ。それで、先輩から聞いたんだけどさ。何でも夜中の2時に合わせ鏡をしたら、悪魔が出てくるらしいんだ」
「何だよ、そのベタな学校の七不思議」
今時そんなの、小学生でも怖がらねーって。
きっと奏太だって本気にしていねーんだろうな。へらへら笑いながら、話している。
「それで出てきた悪魔は、自分の姿を見た人間の魂を食らってさ。魂食われたやつは死んじまうんだと」
「なんだよそりゃ。殺されるために呼び出すとか、バカじゃねーの?」
もちろんただの作り話だろうけど、それにしたってお粗末すぎねーか? せめて願いを叶える代わりに魂を食うとかしねーと、呼び出すメリットがねーじゃねーか。
だけど奏太は、ニヤリと笑う。
「まあ、俺も別に怖くも何ともねーんだけどさ。実際に試して、その様子をネットに投稿したら、面白くねーか?」
「……良いなそれ」
今度は俺がニヤリと笑う。
俺は所謂ユーチューバーってやつで、『○○をしてみた』系の動画をいくつか投稿してるんだけど、どれも伸びがイマイチなんだよな。
だけど学校の怪談が本当かどうか試してみたってやったら、案外ウケるかも。
しかもさっきの話だと、悪魔が出てくるのは夜中の2時。試すためには、夜の学校に忍び込む必要があるけど、まずその時点で、食いついてくる奴もいるだろう。
お行儀のいい事をするよりも、少しヤンチャな方がウケはいいからな。よーし、これは面白くなってきた。
「そうと決まれば、善は急げだ。早速今夜やろうぜ。お前も来るよな?」
「当然。こんなイベント、放っておけるかっての」
さすが俺の悪友、ノリがいい。
だけどギャーギャー言いながらはしゃいでいると、振り回した手が隣の机に当たった。
「キャッ」
「ああ、わりぃ」
隣の席に目をやると、そこにいたのは長い黒髪を垂らした女子。名前は、えーと……そうだ、水島だ。
昼休みなのに友達と一緒にいるわけでもなく一人で飯を食ってる所謂陰キャってやつだ。
俺も席が隣にも関わらず、ほとんど話したことも無かったんだけど。
水島は何を思ったのか、小さく口を動かしてくる。
「あの、少しいいですか? 話してるのがたまたま聞こえたんですけど……鏡に手を出すのは、やめておいた方が良いですよ」
「はぁ?」
今まで話したことなんてなかったのに、いきなりなんだよ。
「何だよ水島。文句あるのか?」
「そういうわけでは……。ただ夜中に学校に忍び込むのは、不法侵入になりますし」
「む……ジョーダンだよ。ジョーダン。本気で忍び込むわけねーだろ。なあ?」
「あ、ああ。ふざけてただけだって」
奏太共々笑ったけど、内心舌打ちの一つもしてやりたかった。
コイツ、良い子ちゃんぶって説教か?
不法侵入? それがどうした。こっちは炎上なんて覚悟の上なんだよ。攻めた作品を投稿しねーと、誰も見てくれねーんだ。
まあコイツだって面倒なことに関わりたくないだろうし。適当に誤魔化せば何とかなるだろう。
「……分かりました。けど、本当に遊び半分で行くのは止めてくださいね。もしも本当に悪魔が出てきたら、命に関わりますから」
「悪魔? ……ぷっ! ははははっ。水島、お前本気でそんなの信じてるのかよ!」
俺は水島を指差して笑い、隣では奏太もクスクス笑っている。
「……あなたは、信じていないのですか?」
「いや、こんなの小学生でも信じねーだろ。だいたい考えてみろ。悪魔を見た奴が死んじまうんなら、悪魔を見た事を誰にも言えねー。おかしいじゃねーか。矛盾があるんだよ」
この話が今一つ怖くない原因の一つがこれだ。
こういう見た奴は死ぬ系の怪談は、目撃者が死ぬから誰もその事を伝えられないって矛盾が存在する。つまり嘘って事だ。
「今時こんなの信じてるのかよ? お前子供だなあ」
「そういえば水島って、オカルト研究会だったっけ」
「え、マジ? あの変なやつら?」
オカルト研究会のことは、俺も何となく知ってる。
その名の通り、怪談について調べている、非公認の部活みたいなもんだったな。
ギャハハ! 陰キャでオカルト好きって、似合いすぎだろ。
ゲラゲラ笑っていると、水島は恥ずかしそうに顔を伏せた。
「と、とにかく、絶対に行ってはいけませんから。本当に、危ないかもしれないんですからね」
それだけ言うと、水島は席を離れてどこかへ行っちまった。
けど、行くなだって? そんなこと言われたら、余計にいきたくなるのが男の性ってもんだ。
真相を確かめて、バカげた話を信じている水島に、何も起きなかったって言って笑ってやるのも面白そうだしな。
それに何より、バズる動画を撮るためだ。今夜絶対に行ってやるからな。
◇◆◇◆
もうすぐ2時になろうという真夜中。こっそり学校にやってきた俺は、東校舎の中へと忍び込んでいた。
ふう、上手く侵入できて良かった。セキュリティが面倒だったけど、案外何とかなるもんだな。
そして、入ってしまえばこっちのもの。中には誰もいないから、見つかる心配もない。
全ては順調に進んでいる。ある一点を除いては……。
「奏太のやつ、風邪引くとかあり得ねーだろ」
夜の校舎の中を歩きながら、ため息をついた。
本当は奏太も一緒にくるはずだったのに、少し前に俺のスマホに届いた、あいつからのメッセージ。そこには短く、【悪い、風邪引いて行けそうにねー】とだけ書かれていた。
まあ、仕方ねーけど。別に一人でも撮影はできるもんな。
それにしても、夜の学校ってのは昼間とまるで雰囲気が違うな。
不気味なほど静まりかえっていて、真っ暗。もちろん先生の姿も、生徒の一人もいやしない。
普段はガヤガヤ騒がしいってのに、まるで別世界に来てしまったみたいだ。
何となく不気味な感じがして……スゲーいいじゃねーか!
俺が今から撮ろうとしてるのは、オカルト系の動画だ。不気味であればあるほど、盛り上がるってもんだぜ。
そうだ。どうせなら例の鏡の所に行くまでの道中も、撮影しておいた方がいいな。
俺はスマホを取り出して、撮影を開始した。
「えー、皆さまこんばんはー。今日はうちの学校に伝わる怪談、悪魔が出るという噂がある曰く付きの鏡の調査にやって参りました……」
テレビで外ロケをするレポーターみたいに解説しながら、校舎の中を進んでいく。
途中「気味悪いですねー」とか、「はたして俺は無事帰れるのか?」とか言ったけど、本当は全然ビビってなんかいない。こうした方が盛り上がるから言ってるだけの、リップサービスだ。
だって幽霊やら妖怪やら、悪魔なんているわけないからな。正直、そんなんで怖がってる奴の気が知れねー。
けどチャンネル登録者数アップには使えるんだ。悪魔出てくる鏡、せいぜい利用させてもらうぜ。
そうこうしているうちに階段に差し掛かり、そして登った先の踊り場には、例の鏡があった。
「ありました。あれが悪魔が出てくると言われている鏡です。夜中の2時にあの鏡を使って合わせ鏡を作ると悪魔が出てくると言われているのですが……もうすぐ2時です。さっそくやってみましょう」
俺は用意してきた鏡を手に、踊り場の鏡の前に立つ。
2時まで後5秒……3秒……よし今だ! 俺は鏡を持っている手をかざして、合わせ鏡を作った。
「さあ、合わせ鏡を作りました。はたして悪魔は現れるのか……」
なーんて、現れるわけねーんだけど。
合わせ鏡の中には何人もの俺がいて、こっちを見ている。
それはまあまあ不気味で、雰囲気出てて良いじゃん。
後は適当にそれっぽいことを言って、適当なところで「どうやら噂はガセだったようです」なんて言って、閉めに入る。それが俺の用意したシナリオだ。
さあ、もうそろそろ良いだろう。
「どうやら噂はガセだったよう……えっ?」
不意に言葉が途切れて、用意していた台詞が飛んだ。
嘘だろ? 合わせ鏡の中にあり得ないものが現れて、ジッとこっちを見つめているじゃないか。
あ、ありえねー。悪魔を見た奴は死んじまうって話。あんなの、矛盾だらけの嘘話だったはず。
けどそれじゃあ、鏡に映っているコレはいったい……。
「うっ、うわああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
恐怖に染まった悲鳴が、夜の校舎に響いた。
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