第三話 因縁01

 空いた口が塞がらない、とはまさにこの事だろう。

「なんで結婚とかいう話になるんだよ⁉︎」

「なぁに簡単な話だ。俺様ちゃんとメーセちゃんは前世から繋がってるってこと!」

 

 メーセは訳が分からないと一蹴りしたかったが、同時に彼がただ無意味にそんな事を言わないような気がしている。

 ただの勘だが聞くだけ聞いてみる。という選択肢を取ることにした。

 

「なんだよ、その前世云々って」

「姫といえば騎士だろ? メーセちゃんの元、いやもう言ってしまうか。材料兼前世の姫に仕えてたのが俺様ちゃんの前世ってワケ。これもより明確に言うなら、前世の魂の半分が俺様ちゃん。もう半分がさっきの陰湿金髪野郎って事」

「はぁ?」

 

 情報の濁流、いや坩堝。もしくは沼。一本ナイフが飛んでくるかと思いきや、爆弾に紛れて矢やら爆弾やらなんもでかんでも飛んできた。

 そんな錯覚をメーセは憶えながら、情報の濁流に気持ち悪さを憶えてしまう。

 

「……どこからどこまで本当で、どこからどこまで嘘だ?」

「く、くく……くくく! そうだよなぁ、そう来るよなぁ。まぁいいか大したことじゃねからなぁ!」

 

 真偽を問われたにも関わらず、まるで望んでいない答えを返されたかのような。もしくは想定済みの中の大外れが的中し、心底退屈極まりないかのような。不満という不満を一切隠しもせず、フェルキウスは愉快そうな口ぶりにも関わらず冷めた声色で言い放つ。

 

「でもよぉ、メーセ。好きな相手に平気で出鱈目な嘘つくと思うか?」

「そんなこと言われても、そもそも俺等は初対面だろ!」

 

 一瞬だけ気圧されそうになるが、メーセはすかさず反論する。流石にここで飲み込まれるのは理不尽だと。

 

「フェルキウスって言ったか! お前一人で納得したり完結するような事を言われても、俺は! わかんねぇの! 今の俺を見ろ! そして今の俺と対話しろ! さっきからお前は、今の俺のことなんてどうでもいいような振る舞いをしやがって!」

 

 口にだしたからだろうか。メーセは沸々と怒りが湧き、ギロリと強い眼差しで射抜くようにフェルキウスの目をしっかりとみつめる。

 無論、フェルキウスもメーセの熱い視線に応えるように視線を彼に固定した。

 

「お前は今ここにいる俺と! ちゃんと対話しろ!」

「…………なるほど嫉妬か。俺様ちゃんがちょっと、前世によそ見しちゃった故の嫉妬なのか。すんげぇ可愛い、好き。愛しすぎて誰にも渡したくねぇ」

「あ?」

 

 何を言ってるんだ、コイツ。もう何度も思ったであろうその言葉が脳内に刻み込まれるようにリフレインする。

 いや、それ以上にメーセの中で確信の様に強く思うことがあった。

 

(だめだ、なんというかもう……。この男はこういう、狂ってるのがデフォルトなんだな)

 

 思考が一個上に飛んでるとかではない。三段飛んだあとに、二点回転したかと思ったら百歩戻って千歩進むようなあべこべさ。

 一旦距離を取ろう――――物理的に。

 そうと決めたら、メーセはちらりと見れる範囲内で周りを確認する。探すのは大きい出口ではなく、自分が通れる程度のすき間。

 

(あそこの隙間はだめ。いくらなんでも小さすぎる。あっちは大きすぎてフェルキウスが追いかけて来――)

「なぁ」

 

 フェルキウスに声をかけられた瞬間、メーセは直感的に逃げ出した。それこそ、危険を察知した野生動物が如く。

 あっという間に自分だけが通れるような穴に入り込み、サッサと部屋から抜け出す姿は兎のようだ。

 そんなメーセの様子を、フェルキウスはまるで愉しむ様に眺めて一言。

 

「照れ屋で迂闊なバニーちゃんだなぁ。さっき俺様ちゃんが、記録も観察も得意分野だって言ったことをもう忘れてやがる。ぴょんぴょん跳ねる可愛い姿が見れたからまぁいいとして、だ」

 

 わざとなのか、そうではないのか。それとも何か別の目的があるのか。

 フェルキウスはメーセを追いかけず、反対方向の壁の大穴へと足を進める。

 先に存在すら許せない、あの邪魔な男を排除する為に。

 

 ◆◆◆

 

 しばらく暗い壁穴をメーセは走っていた。

 追いかける足音が聞こえないのは分かっていたが、それでも不安で仕方ないのだ。

 靴と靴下を履いているお陰で足は痛くもない。しかし、ボロボロの布切れしか纏っていない体は壁穴のせいで汚れている。

 だがメーセはそんな事を気にしない。とにかく明るい場所に行きたい。安全な場所に行きたい。

 何をどうするか、それは後から考えても間に合うのだから。

 

「あ……光が……」

 

 目の前の光に向かってメーセは駆ける。

 きっとあそこは安全だ、安心だ、大丈夫だと信じて、暖かい日差しだと信じて、彼は駆ける。

 

 

 壁穴を抜け、眩い光の先の庭園へ。

 しかし、そこにはさわやかさを残す緑の植物と不釣り合いなモノが

 ――赤黒く染まった地面と壁、折り重なる人骨方は蛆虫や蠅が、死者を侮辱するかの如く蠢いている。

 人の、子供の、女の、男の、老人の。ありとあらゆる人種、年齢の。2Mが、人の骨を美味しそうに食べている。

 

「アイ、アイ」

「ズットイッショ」

「アイシ、アイシテル、アイ、アイ」

 

 その虫は張り付いた笑顔で愛を囁いていた。心底嬉しそうな顔で、幸福そうな顔で、目の前の亡骸を他の個体に奪われ無いように。

 笑顔から想像もつかない程、貪欲に骨をバリバリとゴリゴリと砕いて飲み込む。絶対、一欠片も渡さないように。

 

 メーセは息を押し殺し、極力足音を立てないように慎重に暗闇に戻ろうとした。

 だが彼の持つ金色の長い髪が、日光に照らされ美しくキラキラと反射してしまい――虫達の目の中に映り込んでしまう。

 表情が抜け落ちた顔達が、虫達が一斉にメーセを見つめる。ギョロリと瞳孔を大きく開かせて、まるで黒目が白眼を覆い隠すように。

 

「邪魔者」

「邪魔者ガ起キタ」

「排除、排除、排除――殺戮?」

「殺戮! 殺戮!」

「溶カス? 壊ス? 嬲ル? 折ル? 千切ル? 潰ス? 焼ク? 埋メル?」

「磔! 見セシメ! 磔、磔、磔!」

 

 わぁわぁと、がぁがぁと、虫達が物騒な言葉を羅列していく。今度こそ逃げなければ。

 メーセはなりふり構わず、後ろを振り向いた。そこには別の個体の、生真面目そうな青年の顔をした巨大な人面虫の姿があった。

 

「あ……」

 

 思わず溢れてた声を聞いた目の前の人面虫は、心底不愉快そうな顔でメーセを睨みつける。そして

 

「許サナイ――蜜姫」

 

  密姫という、知らない名前をさも本人であるかのようにメーセに呼びかけた。

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EGO Horror Show TITONEHO @TITONEHO

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