第二話 識る
自分がどういう存在か教える。
(自分にすら分からないものを赤の他人であるこの男が? 馬鹿馬鹿しい)
メーセは呆れるようにため息を零し、フェルキウスに向けて一言。
「俺の何に惚れたのかわからないけど、知らないことは知らないって正直に言ったほうがいいぜお兄さん」
「んー?」
「俺が俺のこと分かんないのに、他人であるアンタがわかるはずないだろ」
「ほ〜?」
フェルキウスは心底不思議そうな、はたまた想定内とも言えるような声色で答える。
「メーセちゃんはあれか。仮定を用意できないポンコツか?」
「誰がポンコツだ! バカにするな! というか事実だろ、じーじーつー!」
メーセはフェルキウスの言葉に怒りを露わにし、手足をジタバタと暴れさせながら抗議した。
だが、それでもフェルキウスの拘束は解けない。それどころかびくともしないのだ。
(この男、なんつう馬鹿力で担いでるんだよ! ……そういえば、さっき足蹴りで壁破壊してたな)
忘れられない衝撃的瞬間映像。いや、もはや脳に刻み込まれたショッキングな出来事と言っても良い。
今は愛だのなんだのと言っているが、この男を不機嫌にした瞬間――
おそらく、自分はあの壁やクエスの二の舞になるだろう。
メーセは自ら考えてしまった最悪の未来に思わずぶるりと震え上がる。
一方で当のフェルキウスは鼻で笑うような、どこか得意げにさらりと告げた。
「なんてことはない。事前調査してきて、それを覚えてきただけだぜ?」
「そ、それでも忘れたりとかはするだろ」
彼の得意げな言葉にメーセは少しだけ苛立ちを感じ、思わず反射で反論してしまう。
だがその言葉に対しても、フェルキウスは飄々と答えた。
「記録は俺様ちゃんの得意分野だ。一日中寝ないで、隣の壁に聞き耳を立ててやり取りや足音。呼吸音も覚えていられるぜ? もちろん、相手をじっと観察し続けることも序の口だ」
「ヒエッ! なんだよそれ」
「なにってなんだ? 得意なことだぜ? なぁんにも可笑しくはないだろぉ?
ごくごく普通な一般的スキルってやつだぜぇ? ひひっ」
しかし、彼から吐き出された得意なことは、あまりにも非現実的かつ不気味極まりないもの。
何より本人はそれを一般的、と思っている口ぶりなのが余計にたちが悪い。
メーセは心の奥底から、こんな不気味極まりない男と出会ってしまった自分を後悔した。
「それよりメーセちゃんよぉ。目的地についたぜぇ」
その言葉と同時に、フェルキウスは目の前の扉を左足で蹴破る。
「またやりやがった」とメーセが零すし、視線を目の前の部屋に移す。
部屋には大量の書類らしきものと本が山積みになっていたかと思ったら、崩れており絵の具や鉛筆があちこちに散らばっている。
お世辞にも綺麗と言えない部屋は木と炭の匂いで満ちていた。
「何だ? 何かを作業する部屋か?」
「ここはアトリエだメーセちゃん」
「アトリエ?」
「そうそう、工房ってやつ。と言ってもこいつぁ設計所といったほうがいいか」
フェルキウスがようやくメーセを床に降ろし、近くの机の上にあった紙を手に取る。
メーセは彼が手にした紙が気になり、少しだけ背伸びをして彼の手元を覗き込んだ。
「おう、メーセちゃんや。そんな可愛いことして俺様ちゃんを萌え殺しさせる気か?」
「なんだよ、モエゴロシって。俺はその紙を見たいだけだよ」
「ならその可愛い口でみーせーてー? って言えばいいじゃねぇか。俺様ちゃんはメーセちゃんラブだから、なんだって見せちゃうぜ?」
彼のなんともねちっこく、気色の悪い言い方にメーセは思わずゴミを見るような視線を向ける。
が、彼にはそんなもの効いていなかったようだ。肩に彼の左手が添えられ、右手でメーセの両手にその紙を渡す。
「なにこれ」
「メーセちゃんの設計書」
「……はぁ?」
メーセはまじまじと設計書を見つめる。が、肝心の中身が専門用語だらけでよくわからない。
しかし、ここで分からないことを悟られたら馬鹿にされる。などと思い込み、難しい声で云々唸り始めた。
だが、それもフェルキウスには想定通りだったのだろう。彼はメーセ右耳に顔を近づけ、ささやく様に説明を始める。
「すご〜くわかりやすく要約するとだ。メーセちゃんの原材料は亡国の姫君の魂と外見をってことだな」
「亡国の姫君? 俺は男だけど?」
「ここをよく見てみろ」
フェルキウスが設計図の性別の項目を指差す。そこには、メーセが自称したとおり、雄型と記載があった。
「設計上、メーセちゃんはちゃーんと男で設計されてる。そして、実際に男だ」
「じゃあなんで俺の原材料が、国のお姫様なんだよ。まさか、俺の元の人が男性になることを望んだのか?」
「そうかもしれないな? 自分の生まれと心や環境に悩んで、今とは別の人生を歩みたいと思う人間は存在する。俺様ちゃん的に、その選択は個人の自由だと思ってるし? 自分の人生だから自分で選択してなんぼだからな? けど、メーセちゃんの場合はそうでないかもしれないな?」
「どういうことだ?」
メーセが訪ねた瞬間、フェルキウスは少しだけ考える様に黙り。何かが閃いたのか、右手で指を鳴らしてメーセのそばから離れる。
その後、近く似合ったテーブルから紙と鉛筆を拝借し、スラスラと何かを書き始めた。
メーセは彼が何を書いたか気になり始め、思わず彼に近寄り、書かれている文章を覗き込む。
「……字が綺麗だな」
「お〜嬉しいねぇ! 嫁から字の綺麗さを褒めてもらえるなんて、人生で一番字が綺麗になって良かったと言っても過言じゃねぇぜ!」
「その字の綺麗さを言動で台無しにするのはどうかと思う」
「ひひっ! 壊れた人間が元に戻るわけ無いだろ? 泥で生まれたスワイプマンでもあるまいし。そういうもんだと受け入れてくれよぉ? その小さいくて可愛い体でなぁ?」
あまりの気色の悪さに、苦虫を噛んだような表情を浮かべるメーセ。だが、このままでは何も進まないという事を学習したのだろう。
フェルキウスが書いた文章を声に出し、無理矢理にでもこの空気を壊すことにした。
「えぇと“姫でも、男になることが不自然ではないことがある。それはな〜んだ?” ……なにこれ?」
「謎々みたいなもんだよ。さぁ〜て、考えてみろ。固定概念を捨てて柔らかな脳みそでな」
「ん〜」
おとなしく従っておくか、という気持ちでメーセは考え始める。
お姫様が男になってもいい理由。もともと男性になりたかった……は、先程フェルキウスに否定されたばかりだ。だとしたら、根本的に違うのか。
(アイツは固定概念を捨てろと言った。だとしたらお姫様=女性と思うのがそもそもの間違いの可能性がある。……だとしたら)
ある可能性が彼の中で浮かび上がり、思わずぽろりと口にしてしまう。
「お姫様は……そもそも男だった……とか?」
「ほう、続けて?」
「えぇと」
フェルキウスが否定しないことに一瞬だけ驚きつつも、メーセは頭の中に浮かんだ可能性を少しずつ言葉にしていく。
「た、たとえば。お姫様は元々男として生まれだとするぞ? でもその。国とか? 家族とか? なんかしきたりとかで? お姫様になって生きて行かないと行けなかったら、羨ましかったんじゃないかな〜ってさぁ」
「羨ましい?」
しどろもどろになりながらも、メーセは何故か確信を持ちなながら言葉を繋げて言った。
「もし本人が望まずお姫様になった場合。それってずっと我慢してるってことじゃないのか? 木登りとか、追いかけっことか、騎士ごっこ……とか」
「お〜わぉわぉ!」
フェルキウスはどこか生暖かい様な、慈しむような、より具体的に言うなら小さい子供を見守る近所のお兄さんのような目でメーセを見つめる。
「メーセちゃんはアレだな。見た目14~15歳ぐらいなのに、中身は5〜7歳ぐらいなんだなぁ〜」
「なんだよ! 全部面白そうじゃねぇか! 俺よりお兄さんだからって馬鹿にすんなよ!」
「うんうんそれで? でもお姫様になっても、木登りや追いかけっこや騎士ごっこはやろうと思えばやれるよなぁ?」
メーセは悔しさと恥ずかしさで顔を赤くしながらも、小声で気恥ずかしそうにポツポツとつぶやき始めた。
「……破れるじゃん」
「ん?」
「せっかく着た、綺麗なドレス……破れるじゃん!」
「そんなもん気にせず好きに気に登ればいいのに?」
「そ、それは……そうかもしれないけど。お姫様の気持ちは、ちょっとわからないけど。俺だったら、やだなぁ〜って思う! 木に引っかかってうまく登れないかもしれないし? それに……誰かからの贈り物かもしれないだろ?」
メーセがどこか気恥ずかしそうに告げた言葉を聞いた瞬間、フェルキウスの目と表情は感情すべてが抜け落ちたように冷めたものへと変化した。
「もはや美しい拘束具だな」
「はぁ!?」
「だってそうだろ? 愛しの姫君にドレスをプレゼントし、姫がそれを気に入って着飾ってくれる限り、彼は彼女になる。送った本人と受け取った本人にその意図があるかないかは不明だが。少なくとも? ドレスを着て暴れようなんて真似はしない――あー、クソ腹立つ」
フェルキウスはメーセの両肩を掴み、自分の方へと向かい合わせ、はっきりと告げる。
「メーセちゃんは、今後俺様ちゃんが選んだ服を着ること!」
「いきなりなんなんだよお前は!」
「俺様ちゃんだってメーセちゃんに送った服を大事に着て貰いてぇんだよ!! むかつく! 腹立つ! そして心底羨ましい! だから 俺も やります!」
「さてはテメー馬鹿だな! それもとびっきりの馬鹿! もしくは煩悩の塊!」
「現状ほぼ半裸のメーセちゃんに言われたくないね!」
フェルキウスの言葉を聞いた瞬間、メーセの脳内に疑問が広がった。この男は、今なんと?
一方で彼は、ものすごく嬉しそうな、同時に悪い笑顔を浮かべて、壁にかかったある一点を指差した。
それは、メーセ一人なら余裕で写せそうな姿見だ。そして案の定というべきか、メーセはそこに写っていた自分の姿を初めて見る。もとい、ようやく認識した。
長い黄金の髪と、丸い翠の瞳。顔と小柄な体はたしかに中性的で、お姫様と言われてもある程度は納得はできる。が、メーセ本人からすればごく普通の顔としか認識できていないようだ。
しかし、問題は顔じゃない。格好だ。メーセの体は――裸に、黒い布切れを体全体にくるりとまとっているだけであった。
幸いなのは、ハイソックスとチロリン・シューズを履いていることぐらいだろう。
「な、ななな――!」
「おいおい、今気づいたのかぁ? そういえば、アソコとかアレとかこっそり触っても無反応だったし……ふむ。あれか、起きたときに認識阻害処置でも受けていたのか」
己の姿を見て青ざめているメーセ相手に、フェルキウスはとんでもない爆弾発言を落とす。
「お、おま! お前今なんって」
「メーセちゃんは気づいてなかったようだが、移動中ちょっとお体に触れましてよ? だから男の子だってわかったってワケでして〜?」
「正気かお前。それでよくもまぁ、嫁だなんだと俺のことを!」
わなわなと震えるメーセ。舌なめずりをしながら、ジリジリと獲物を狙うように顔を近寄せるフェルキウス。
もはや、蛇に睨まれた蛙と蛇を捕食しようとしている蛇のようである。
「安心しろ、狂気だぜ? そして教えてやろうメーセ。男の子も 嫁として扱えば 嫁になる、いや――する。メロメロハート語尾で旦那様♡メーセは旦那様しゅきしゅき♡なお嫁さんですって言いながら【自主規制】するような【自主規制】嫁にするからな!」
「うわー!! うわーー! きこえないー! 聞こえちゃいけない単語が聞こえた気がするけど! うぉおおお聞こえねぇええええ! 聞いてねぇええええ!! 俺は何も聞いてなかった!!」
彼は必死に両手で耳を塞ぎ、雄叫びを上げながら自己暗示をする。自分は何も聞いてない。ピーという音で処理された内容はよく分からない。が、何故か本能的に理解していいものではないと脳が警告する。
ならばそれに従い、これ以上あの危険だけど意味がわからない単語を拒絶するまでのこと!
「なんだよぉ〜? 全然マイルドな方だぜぇ? 本当だったら今すぐ……」
「待て待て! それより、話が脱線してないか!? なぁ! 結局、姫が元は男だったってことでいいんだよな?」
メーセの必死さが通じたのか、フェルキウスは一言「ちぇっ」と言い残し、話を元に戻す。
もちろん、彼のその言葉が耳に入ってしまったメーセ。こっそりと、フェルキウスに対する危険度レベルがヤバそう。からすごくやばい。に変動したのであった。
「結論から言うと大当たり。メーセちゃんの元のお姫様は男の娘でした」
「そうだよな、男の子だよな」
「そうそう、男の娘」
何故か、致命的に言葉の行き違いを感じるメーセだが、この際気にしないことにする。
「とはいえここまでは前座、序の口ってわけさ。心の問題はここから先だ」
「な、なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」
メーセの言葉に、フェルキウスは不思議そうに返す。
「教えろ? 何いってんだ? メーセちゃんはさっきの設計書に目を通したときに、それを視たはずだぜ?」
「な――」
「俺様ちゃんがただ耳元で囁いてるだけだとでも? お前の目線の動きもしっかり観察してたに決まっているだろ?」
思わず絶句した。自分は、ただ設計書を視ていたはずなのに。この男はそんな自分を、視線の動きすら含めて観察していたのだと。
そして何より、どうして気が付かなかったのかと。不思議と悔しさを感じると共に、謎の納得感を得た。
「じゃあ、俺があの設計書に書かれてる――
「もちろん、ホントだ。メーセ、お前は戦闘兵器だ」
戦闘兵器という言葉にメーセは不安感を感じた、が。
その言葉を打ち消すかのように、あっけらかんとフェルキウスが言い放つ。
「まぁ、その機能は俺様ちゃんがぶっ壊したんだけどな!」
「へ?」
「だから今は、ただのいい感じに戦える普通の人間ってこと!」
「まてまて、機能を壊したってどういう!?」
「戦闘用人工忌生のメーセちゃんには、戦闘をやめられない! 殺すのも戦うのも好きすぎて止まらない! って機能がありました。さっきまでは」
なぜ、過去形なのか。そしてしれっと、何をしでかしているんだこの男は。
「さっきまでってことは……まさか」
「おう。メーセちゃんのアレを――」
「うぉおおおお! 待て!! わかった! わかったから言わなくていいから!! とにかくどうにかしてくれたんだな!!」
「まぁ落ち着け、一応もっと健全な解除方法もある。そっちを聞いてみないか?」
何だそれは。しかし、健全ならばと。メーセは恐る恐るフェルキウスに尋ねる。
自分がおそらく、健全じゃない方法で解除されたのは、この再試行の片隅にでも追いやって。
「結婚だ。というわけで結婚しようぜ」
「――――――」
なんなんだ。この男。
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