第一章 兵器工場の邂逅

第一話 目覚め

 彼が目を覚ますと、記憶にない天井が目の前にあった。よくある白い天井に、四角に存在する捻れた柱。

 何より、過剰に装飾が多い。所謂、バロック様式の建造物だ。

 知識にはあるが、記憶にはない。そんな不思議な感覚を覚えながら、彼は長い黄金の髪を揺らし、翠の瞳で周りを眺める。

 

「やぁ、メーセ、目が覚めたかい?」

 

 声の方へ振り向くと、そこにはまるで絵本の中から出てきた王子様のような好青年の姿があった。

 短く整えられた金髪に、穏やかな眼差しの青い瞳。美しい顔立ちと、気品が溢れるような青いコートスーツ。

 メーセと呼ばれた彼は見た事はないけれど、直感的にという知識を、視線の先の彼に連想させる。

 

「あの……アンタは?」

「俺はクエス。クエス・シークレット。メーセ、君を助けに来たんだ」

「はぁ」

 

 メーセは状況が飲み込めて居ないという表情でクエスを見つめた。彼もまたクスリと笑い、ゆっくりと丁寧に言葉を返す。

 

「何も分からず不安って感じだね? でも大丈夫。俺と一緒にここから――」

「そうはさせるか! このド腐れ間男野郎がぁあ!」

 

 激しい叫び声が聞こえたかと思えば、次は破壊音。いや、より明確に言えば壁を破壊する音だろう。

 だがその音の主はあろうことか、右足による足蹴りで壁を破壊しているではないか!

 

「よくも、俺様ちゃんとメーセちゃんの邪魔をしやがって!」

 

 壁を破壊した黒い格好の男は、ゆらりとメーセに視界を向ける。

 黒い髪に、赤いインナーカラーで三つ編みとバレットで軽くとめたボブヘアー。左右が紫と赤のオッドアイ。

 服装はまるで、黒い貴族の服のようだが……作りが特殊なのだろう。動きやすいような、スタイリッシュなシルエットになっている。

 クエスとやや顔立ちが似ており、黒く美しい青年がそこに居た。

 

 クエスが白い王子様だとすれば、此方は黒い貴公子だろう。などとメーセが思って居たのも束の間。

 黒い青年は美しい顔であるにもかかわらず、口をニヤリと笑い、目は瞳孔を開かせて不気味に――そしてけたたましく笑い始める。

 

「イーッヒッヒッヒッヒッ! よぉやぁく会えたなぁぁああ? メーセちゃん! ヒヒッ。相変わらず最高にかわいいな? かわいいなぁぁああ!」

「ひっ!」

 

 美声にも関わらず、彼の言動は非常に粘着質かつ薄気味悪い。その上、早口で言うものだから余計に不気味だ。これには思わずメーセも後ずさる。

 

「おいで、おいでおいでおいで! 俺様ちゃんの妻、嫁、運命共同体、愛しい子! ずーーっと、ずっと、何千年だろうなぁああ? 気が遠くなる程待ち侘びてたんだぜぇえ? 大丈夫、邪魔する全てを排除してぇ、2人っきりでずっと一緒にいようなぁあ?」

 

 おどけるような、感情の起伏が不安定な声色で、彼はジリジリとメーセに近寄る。

 しかし、その間にクエスが割り込んだ事で、2人の間はこれ以上近づく事は出来なくなった。

 

「やめろ、怖がっているだろう」

「あ、クエス。ありが――」

 

 メーセがクエスに感謝の言葉を伝えようとした瞬間、黒い青年から表情が抜け落ちる。

 いや、それだけではない。ギョロリとした目でクエスを凝視し、何かをブツブツと呟き始めたではないか。

 

「何コイツ。何、お前マジで何? は? クソ邪魔なんだけどさぁあ? なぁおい、邪魔すんなよ……逢瀬の最中だろうがよぉ……おい。ああ、あああぁああああっ! 仲をッ! 引き裂こうとするんじゃねぇええよぉおお!」

 

 彼はヒステリックに叫び、いつのまにか右手に握っていた黒い大鉈をふるい、クエスを壁に吹き飛ばす。

 

「ヒッヒー! ストラァーイク!」

「クエス!? おいお前、何しやがる!」

 

 メーセが彼に呼びかけると、彼は咄嗟にメーセへと目を向け、コロリと上機嫌そうな笑顔に表情を変えた。

 

「はいはい、あんなの気にしない気にしなーい! メーセちゃん旦那様は誰? そう、俺様ちゃんことフェルキウス様だ! と言う事は、YES! ハネムーンへレッツゴー!」

 

 フェルキウスと名乗る男はメーセをさっさと俵担ぎをし、自らが破壊した窓から颯爽と廊下へ出る。

 廊下も同じくゴシック様式の建造物だが、先程の屋内とは別で赤黒い模様の壁紙が貼られて居た。

 そのせいだろうか、状況と相まってより一段と暗く不気味に感じるのは。

 だがフェルキウスはと言うと、暗い場所だろうが陰気な場所だろうが関わらず、愉快そうに笑いながら別の場所に向かい始める。

 

「お、おい! どこへ連れて行く気だよ! この大男!」

「そうそう俺様ちゃん身長でっけぇの! なんと186cm+ブーツの7cmで現在193cm! 身長145cmのメーセちゃんなんて、小さすぎて……これはもう体格差がアレだなアレ。フヒヒ」

 

 会話が成り立つようで成り立たない。メーセは得体の知れない恐怖を覚えながらも、とりあえず話題を切り替えることにした。

 

「あのさ、なんで俺の名前知ってんの? それと俺、男だから」

「そりゃ俺様ちゃんとメーセちゃんは運命共同体だしぃ? 知らないワケないだろ、勿論性別も身長も、性格も――何者かであるかも」

 

 何者か、と言う言葉にメーセは思わず考え込んでしまう。それもそうだ。自分は先程目が覚めたばかりで、記憶が無く、何がなんだか分からないうちに今の状況だ。

 知れる事があるのなら、知りたいが。

 

「教えてやろう」

「えっ」

 

 フェルキウスは、まるでメーセの心を読んだかのように答える。

 

「俺様ちゃんの計画では、何も知らないメーセちゃんをさっさとお持ち帰りして? お家でやさーしく? 全部俺様ちゃん色に染め上げる予定ではあったぜ?」

「おいコラ。それってあれだろ、洗脳ってやつだろ」

ラブだぜラブ。けど、それは後からでもじっくり、たっぷり、どっぷりできるからな。そんなに知りたいなら教えてやるよ」

 

 メーセは思わずゴクリと息を飲み、内心なんてことを言ってしまったんだろうと、少し後悔する。

 だが、一方のフェルキウスはそんなことを知ってか知らずか。はたまた、そんな判断などしてさえいないのか。

 あいも変わらず、粘着質で冷淡で、けれど楽しそうに囁く。

 

「メーセ、お前がどう言う存在か」

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