45 ドラゴンの子ども

 その日から、私とロイドは卵を育てる生活を始めた。

 昼は、私がみんなの目を盗んでロイドの部屋へ行って魔力を注ぎ、夜はロイドが交代で魔力を注いでくれた。

 

 この卵は「大食い」と表現した通り、私たちが注ぐ魔力を全て残らず吸収していった。

 炎の国で装置に注いだ時以上の魔力を日々注ぎ続ける中で、徐々に疲労がたまっていくのを感じたが、それ以上に、卵が命を宿し、今にも動き出しそうな気配を見せるたび、私たちは言葉にならない充足感を得ていた。


 一方、死骸の調査は苦戦しているようだった。

 死骸がドラゴンであることは分かったものの、ロイドが前に話していた通り、そもそもドラゴンに関する情報が少なかったからだ。


 外見の特徴を細かく確認しても、既知のどのドラゴンとも一致しないらしい。

 ドラゴンではないのか、それとも新種なのかを判別するために、雷の国の専門家に依頼しようという案も出ていた。しかし、聖域に私たちがいること、そしてドラゴンについて黙っていられる専門家に心当たりがないようで、話が進まない状況だった。

 

 一部の、死骸のドラゴンを愛でたり、双眼鏡で何とか聖域を観察しようとする者を除いて、ノアラーク内は常に誰かがいるようになった。

 そんな中でも、私たちは人目を避けながら卵に魔力を注ぐ日々を送っていた。


 ――そして、その瞬間は訪れる。


 それは、ロイドが卵に魔力を注いでいるときだった。

 薄暗い部屋の中、彼は慎重に手を卵に触れさせ、体内の魔力を流し込んでいた。私は少し離れた場所に座り、彼を見守っていた。


「ロイド、大丈夫? そろそろ交代する?」

「俺に代わって、まだ一時間くらいだろう? もう少し頑張る」

 

 ロイドの顔には疲労の色が濃く見えた。でも、それでも彼は、決して手を止めない。

 それもひとえに、私の負担を考えてくれてのことだろう。魔法を使うことをこれまで嫌がっていたロイドが、ただ魔力を注ぐだけとはいえ、私を心配して協力してくれるのが嬉しかった。

 

 そのときだった。


「……おい、何か聞こえないか?」

 

 ロイドが何かに気付き、顔を上げた。耳を澄ますと、かすかな音が聞こえてくる。


 ――カリ……カリ……


「これって……!」


 私は立ち上がり、卵のそばに駆け寄った。卵の表面が、わずかに揺れている。


 ――パキッ。


「孵る……!」


 ロイドが驚きと興奮の入り混じった声を上げる。

 私たちは息を呑み、卵の表面に細いひびが走るのを見つめた。


 ――パリッ……パキンッ。


 次の瞬間、小さな爪が殻を突き破り、小さな頭が顔をのぞかせた。

 命を告げる、か細い鳴き声が部屋に響く。

 

 卵の殻が徐々に落ち、出てきた小さな体に感動を覚える。が、その感動も束の間で、私たちは次にしなければいけないことを冷静に察していた。

 今生まれたこの子の姿は、まさにあの死骸のドラゴンそのものだった。


「この子って……」

「ああ、あの死骸の……子どもだな。これは流石に、アニーたちに知らせないとな……」


 ☙ ☙ ☙


 孵化したばかりのドラゴンを抱え、私はロイドと共にアニーの部屋を訪れた。

 ロイドが手に抱えるを見たアニーは、夜にもかかわらず急いで全員に招集をかける。


 普段はあり得ない夜の招集に、みんなが何事かと、寝間着のまま操縦室に駆け込んでくる。

 そこで彼らを待っていたのは、険しい表情で怒るアニーと、私たちに生暖かい視線を送るヘインズと、そして、ドラゴンを前に正座させられている私とロイドだった。

 

「……それで、ちゃんと説明してくれる? なぜここに、あの死骸と同じ特徴を持ったドラゴンの幼体がいるのかしら?」

 

 全員が揃った頃、アニーは静かながらも鋭い口調で言った。

 その頃には、集まった仲間たちの視線は私たちからドラゴンに移っていて、邪魔しないように配慮しつつも、ぎりぎりまで近寄って様子をうかがっていた。

 

「あの……実は、あの死骸の足元に卵があって……。ここ数日、ロイドと一緒に卵を温めたりしていたら……孵ったの」

「孵ったって……ドラゴンの卵の孵化方法は、まだ解明されていないはずよ?」

「俺とニコラで、昼夜を問わず魔力を注ぎ続けたんだ」

「あなたたちの魔力を……? まさか、この数日間ずっと?」

「うん……」


 頭上から、アニーの呆れたような声が降ってくる。隣では、ヘインズがため息をついた。


「二人が最近、何かコソコソしているのは気付いていたけれど……まさか、ドラゴンの卵を育てていただなんて」

 

 どうやら、私たちが隠れて行動していたことは見抜かれていたらしい。

 ただ、内容までは流石に想定外だったようだ。

 

「……まあ、起きてしまったことは仕方ないわね……。それにしても、この風貌、指の数、鱗の形……この子、あの死骸と特徴が全て一致しているわ。つまり、この子は、あの死骸の子どもということ?」

「多分、そうだと思う」

「なら、この風貌は明らかにドラゴンだから、あの死骸もドラゴンということになるわね」

「ってことは、新種のドラゴンか?」


 わくわくの止まらないテッドが、ついに話に入ってきた。

 よく見れば、周りのみんなもキラキラとした瞳で一心にドラゴンを見つめている。そのどれもが、触りたくて仕方がないといったような顔をしていた。

 短い沈黙ではあったが、みんなにしてはよく持った方だ。再び、アニーのため息が聞こえた。


「……そういうことなんでしょうね。この世界には数十種類のドラゴンが確認されているけれど、ドラゴンは基本的に人里離れた場所に住んでいるから、未発見の種もまだまだいるでしょうね」

「うおおお! 新種を……それも、ドラゴンの新種を発見できるだなんて……!」

 

 アニーの言葉に、周囲が歓喜に湧く。

 

「ただ、新種だとしたら、もう一つ、確認しなければいけないことがあるわね」


 歓声が飛び交う中、なおも真剣な眼差しでドラゴンの子どもを見ていたアニーが再び口を開いた。

 アニーの言葉に耳を澄ませる。


「このドラゴンが、精霊か、魔物か、どちらかということよ」

「……どういうこと? ドラゴンって魔物なんじゃないの?」

「まあ、普通はそう思うわよね。ただ、炎の国のサラマンダーを思い出して。あれも、ドラゴンの一種と考えられているのよ。サラマンダーは精霊だったでしょう?」


 確かにそうだ。サラマンダーは炎の精霊王だった。

 見た目はドラゴンとはかけ離れているように思っていたけれど、鋭い爪に、硬い鱗、それに長い尻尾。

 ドラゴンの仲間と言えなくはない。違いがあるとすれば、空を飛ぶための羽があるかどうかだけだ。

 

「ドラゴンは、精霊と魔物、両方の性質を持つ生き物だと言われているんだ。善なる存在であれば、『精霊』として人間を守る存在に。逆に、悪なる存在であれば、『魔物』として人間を襲う存在となる」


 そう、感動から戻ってきたテッドが補足してくれる。


「でも、『魔物』としてのドラゴンは、普通の生物と同じように『つがい』を作って繁殖するわ。ドラゴンの番は常に一緒にいて、片方が死ねば、もう片方も共に死ぬというのが分かっているの。そうなると、あのドラゴンの死骸が、一匹であの場にいることはおかしい。 ということは、まさか……『精霊』としてのドラゴンは、番を作ることなく単独で世代交代できるから……この子も、あの死骸も、『精霊』ってこと!?」


 アニーは自らに問いかけるようにして呟いていたが、思考を巡らせた末、導き出した結論に驚愕している様子だった。

 驚きのあまり、珍しく固まってしまっている。

 

「まあ、とはいえ調査としては、大きな進展だな。それにしても、この子、めちゃくちゃ可愛いな。まさか、ドラゴンと一緒に生活できる日が来るとは……本当に夢のようだ!」


 私たちとアニーの気持ちを置いてけぼりにして、テッドは輝く瞳でドラゴンを見つめ、嬉しそうにそう語った。

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