エピローグ:空願う少女は新たなる希望を持って
それから、二人は地面へ降り立った。
警察には事情聴取をされたが、カノンが家を飛び出していること以外はやましいこともないし、全てを説明した。
スイルは後の処理はあるだろうが非はないためそのまま釈放。カノンは危険な行動だったために厳重注意はされたがすぐに釈放となった。
その他犯罪集団は全員刑務所行きとなり、あの突き飛ばした市民は殺人未遂として刑務所行きだった。どうやらパニックになっていたらしく、その時は自分がやらなければみんな死ぬ、なんて考えていたらしい。
そして、しばらくしてスイルとカノンの両親が来た。
スイルは家族と抱擁し、無事を喜んだ。そして、助けてくれたというカノンにも深く感謝していた。
カノンの両親は出ていったことを心配していたらしく、無事を喜んではくれた。だが、危険な行動をしたとしてカノンを
ブローチも警棒もそこそこ値段がしたらしく、それについても問い詰められた。
父は何も言わない上に、母はどんどんとヒートアップしていくものだから、途中で警察とスイルの両親が間に入って止めることになった。
そして、その時カノンが飛べるようになったことを知り、カノンの両親は本当に心の底から喜んだ。
だが、それは我が子の成長を喜ぶ両親というよりも、使えない錆びた道具がピカピカになって戻ってきたかのような喜び方だった。
そんなものだから、カノンも素直に喜ぶことができないまま帰ることになった。
――まあでも、ちょっとくらいは晴れ晴れしたかな、とカノンは考えていた。
関係が改善することはないのかもしれないけれど、少なくとももう出ていったりするほど思い詰めることはないだろう。
そしてその日、しばらくすると、家にラグスがやってきた。
ちょっと前に初めて事件のことを知ったらしく、とても慌てた様子だったが、カノンの顔を見ると落ち着いた様子で話をした。
その時、ラグスが掛けた言葉。
『――そうか、飛べるようになったか。良かったな』
カノンの頭をくしゃくしゃと撫でながら放ったその言葉は、特別な言葉ではなかったけれど、カノンにとって一番嬉しい言葉だった。
まるで、本当の父親のようだと彼女は感じた。
上着はなくなってしまったけれど、それについて訊いても特に気にしていなかった。奥で埃被っていただけだし問題ない、と。
他にも向こうの家にあった服なんかも、両親にはバレないように受け渡すことにした。
なんだか悪いことをしているような気がして落ち着かなかったけれど、バレたら面倒だろうししょうがない。
そんな風に諸事を済ませた後――
「――それでさぁ。感慨に耽っているところ悪いんだけど。アレどうするの?」
スイルが訊いた。
今いる場所は学校のバルコニー。質素だけれど、風にも当たれるし、そこそこ人気の場所だ。
カノンは普段人が多いから近づかないのだけれど。
「あ、ごめん……」
後ろを向くと、バルコニーと校内を分けるガラス越しにソワソワした様子の男子生徒数人と、女子生徒が裏でコソコソと話をしていた。
バルコニーの椅子に座っている生徒も、たまにチラりとこちらを見ている。
まあなんというか、噂になったのだ。
父親の働く新聞社では、カノンに関する記事が刊行された。
「なんだっけ? 『飛ぶことができなかったセレストの少女、恋の力で飛び立ち、男子生徒を窮地から救う』だっけ? ほんとにバカバカしい……」
恥ずかしげに顔をそらして、学校の敷地内にある質素なバルコニーの向こうの景色を眺めた。
「何? 恥ずかしいの?」
「うるさい! っていうかなんで急に敬語も外れた上にそんな小悪魔的な感じになったのさ!」
スイルは耳を赤くして叫んだ。
「私は……もとからあんまり変わらないけど」
普段通り返すカノン。
「うっ、思えば確かに片鱗はあった……」
「まあ私も、注目されるのは嫌だけど」
眉を寄せる。
そもそも、父親の働く新聞社なのだから、少しくらい止めて欲しいものだとカノンは思った。
「だよねぇ……飛べるようになっても、あんまりいいことばっかりじゃないね」
「そうかもしれないけど――いいことの方が、沢山あったかな。空を見れたし、私もちょっとだけ、自信もてるようになったから」
ふ、といつもよりちょっぴり優しげな笑みで彼女は笑う。
「まあ、それは良かった」
同じく、優しげにスイルが笑った。
「ていうか、結局絵教えてもらってないじゃん」
彼は、思い出したようにけらけらと笑った。
「あ、そういえば……」
「すっごい引き伸ばしちゃってるね。ていうか、もうどうでもいい感じするけど」
面白そうに彼は話す。
「じゃあ、せっかくだし明日にでも教えようか?」
カノンは髪をかきあげ、若干上目遣いで訊いた。
「っ、うん。まあ、じゃあ、お願いしようかな――いやでも! 僕全然ダメだし。ずっと教えてもらうのも、よくないと思うんだ!」
一瞬身じろいでから、スイルは決意を表明するように叫んだ。
「私が根気よく教えてあげる。スイルくんも、私を根気よく元気づけてくれたでしょ? それのお返し」
「えぇ、あれはまあ、もしかしたら、そういうことになるのかも……ね?」
頭を掻きながら困ったように笑う。
「じゃあ決まり! 明日の放課後、よろしくね!」
カノンは肩をトン、と叩いて走り去る。
同時に『キャー!』という黄色い悲鳴が女性陣から上がる。
昔はカノンに興味なんてなかったくせに、どうやらこうなるとちょうどよい話の種らしい。
「あっ、もう……どけてください!」
カノンは若干耳を赤く染めながら彼ら彼女らを押しのけた。
「……こんな人目のつく場所で言わなきゃいいのに」
ぽつり、と残されたスイルは呟いた。
(まあでも、悪くはないかな)
恥ずかしいけれど、なんだかやっぱり楽しくて。
手すりにもたれながら、少しニヤついてしまう。
これからずっと上手くいく保証があるわけではない。
けれど、今くらいはちょっと浮かれたって怒られないだろう。
スイルはそう思った。
〜完〜
※あとがき
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
面白い、と思っていただけたら、ぜひ星や応援、感想などくださると非常に嬉しい限りです。
また、近況ノートの方に私からの感想、制作秘話のような話もしておりますので、ご興味ある方は見ていただければなと思います。
空願う少女は動かぬ翼を持って 空宮海苔 @SoraNori
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