創作BL_嘘の弟の話_下

攻めが階段から転落した、と彼の母親から電話で連絡が来たとき受けの心臓はバクバクと大きな鼓動を刻んだ。


続けて、病院に運び込まれてから意識が戻らないと言われたとき、受けはとうとう感情を手放した。

攻めの母親に

「私はこれから仕事があるから、学校が終わったらお見舞いに来て欲しい。起きたときあなたがそばにいれば、きっと安心するから。」

と言われた受けは明るく、うん、と答える他なかった。


それから数時間、眠り続ける攻めを見守っていた受け。

目の前には左足と頭を包帯でグルグル巻きにされた攻め。


医者は命に別条はない、と言っていたらしいがこうも眠り続けられると、ずっと目を覚まさないのではないかと悪い想像をしてしまう。


自らもウトウトと船を漕ぎだしたとき、攻めが目を覚ましていることに気づく。

いつから目を開いていたのかはわからない。ただ、とっさに

 「大丈夫!?痛みは!?」

と、痛みの心配をしていた。

攻めは、ただ、うん、と頷き、そしてニコッと笑う。

ホッとしたのも束の間、医者を呼んでこないと…!と病室を飛び出す。


ナースステーションにつくなり

 「お、!!起きた…!医者…い、お医者さんを…!」

と上がった息で声を絞り出すと、看護師は「はーい」と軽い口調で返した。

それから患者の名前は、担当の医者を呼んでくる、病室でしばらく待つようにと言われ、受けは元いた部屋へと戻っていった。


病室の入り口で足が止まる。

先程までの感情を思い出したのだ。


最初に連絡が来たときの胸の奥がきゅう、と締め付けられる感覚。

目が覚めるまでの静かすぎる時間。


今回は大丈夫でも、これから、ずっと何年も先。

攻めが死んでしまうかもしれない。


また同じことがあったら?

目が覚めるのを同じ様に見守っていられるか?


幸せが終わる可能性を目の前に突きつけられた受けの心は、これから訪れる悲嘆の前借りで限界を迎えた。


 「✕✕さん?」

えっ、

 「✕✕さんですか?ここに、入院してる。」

 「意識が戻られたと聞きました。」

あぁ。


どうやら担当の医者が来たらしい。

入り口で立ち止まっていた受けを見て、入院している攻めの家族だと勘違いしたのだろう。

誤解を解く余裕もないので、はい、と答えて共に病室へ入った。


医者と攻めがしばらく問答をすると医者は「問題なし」と、病室を後にした。


 「お母さんには連絡いれといたから、しばらくしたらお見舞い、来ると思うよ」

攻めにそう伝えると、ありがとうと微笑まれた。


ふと、

 「俺のこと…わかる?」

と聞いてみた。ほんの冗談のつもりだった。


 『ええっと…確か同じクラスの…ごめん、名前、なんだっけ…』

返ってきたのはそんな言葉だった。

胸が苦しい。


なぜだ?わすれた…?ふざけてるだけか?それともおちたときに?


受けは焦って、自分の名を名乗り、医者を呼ぶべきか、本当に忘れてしまったのかと混乱する。

と同時に、これはチャンスだと思った。


攻めとは一生をともにしたい。

しかしずっと今のような甘い関係では、いずれ、必ず訪れる不幸に耐えられない。

攻めを突き放すべきだとおもった。


それしかない。それが互いに最後まで幸せに過ごす一番の道だと。

そのときの受けはそれを名案だ、と。本気でそう思った。


 「俺だよ…弟の○○だよ……わからない…?」

そんな言葉が口をついて出た。

嘘だ。俺が攻めの弟だなんて、そんな訳がない。

ただ、兄弟だということにすれば付かず離れず、ちょうどよい距離感で互いに生きていけるだろうと考えたのだ。


攻めが怪訝そうにしている。

それもそうだろう。


それから受けは、攻めにあることないこと吹き込んだ。

ときに本当のことを混ぜながら、なんとか、自身と攻めは兄弟関係であると嘘を仕立て上げた。


しかし大きな失敗に気づく。

攻めと受けが異母兄弟だなんてそんな事実はどこにもない。

もし、攻めが母親に確認でもしようものならすぐに嘘がバレる。


ああ、しまった。

俺はなんて嘘がへたなんだ。


…! そうだ、

 「それからこのことは二人だけの秘密。ほら、✕✕のお母さん、いなくなったお父さんのこと今でも好きだって言ってたでしょ? もし、そのお父さんに隠し子が居たって知ったらショックだと思うから…」


我ながら上出来だ、と思った。うまく騙せた、と。


攻めはしばらく情報の整理に忙しいようだった。

かくいう受けも、自身の嘘にほころびが無いか再確認するのに必死だった。


しばらくして攻めが悲しそうな顔をすると、シーツを頭まで被り、

 『すまない、頭が混乱していて…しばらく寝かせてくれ…』

といった。


受けは「うん」とだけ言って病室を後にした。

そのとき、受けの頬には一筋の涙が流れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

創作ショートBLまとめ @myaaaaaaaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ