第2話
次の日の夜、十時間以上の格闘の末にやっと身の潔白が証明されて、事情聴取を終えた私は部屋に帰ってすぐベッドの上に倒れ込んだ。部屋といっても警察の方が気を使って用意してくれたホテルの一室というのが少し不服だけど。
「ことちゃんに会いたいよぉ……」
部屋中に貼り付けたことちゃんのベストスクショセレクションに、話しかけながらご飯を食べる私のルーチンが台無しだ。
それでもと体の中にかすかに残った力で仰向けに転がる、白いシーツから漂う石鹸の香りに包まれながら、私はカメラを構えた。
出来るだけいつもと違うものを画角に収めようと、壁に貼られた絵画やこじんまりとした冷蔵庫などを撮ってみるけど、イマイチぴんと来ない。とりあえず普段は見る機会のない東京タワーを中心にした夜景を収めてツイッティーでそれを投稿しようとした。でも、投稿ボタンを押そうとする前に手が止まる。
スマホに表示された写真一覧を見ているうちに。考えてしまったから。もしもあの現場で撮影した写真を投稿したらどうなるかって。
私はあの死体が知ってる配信者である事と、それがちょうどライブ配信に出演されていた事は、警察には一切話していない。ことちゃんの不利に繋がる事だと思ったから。
でもそんな建前の一方で、自分の中でなにか含みがあった事は、きっとぬぐえないんだろうと思う。
「わたしはことちゃんの特別になれる。他の誰も知らない秘密を知っている。わたしだけがことちゃんの――」
思わず反芻していた言葉を意に返さずに、私はツイッティーでパブリックサーチを繰り返した。その中にいることちゃんの事を知った顔で語り続けるファン――プロデューサー面したご意見番たちの言葉に思わず大笑いしてしまう。
昨日は怒りを覚えた彼女に対する侮蔑の数々も、いまは何も感じない。結局はカヤの外にいるただの一般人の言葉。ステージの上に立つ相手には触れられない観衆でしかないのだから。
ややあってわたしは、タップ操作で先ほどの夜景に切り替えて、あらためて画像投稿を行った。やっぱりあの現場写真を投稿するなんてダメ、ことちゃんが困るに決まってる。
警察からしてみれば、あの死体の損傷もあって身元は現段階ではハッキリしていないらしい。少なくとも、部屋の持ち主は死体の男ではなく、あくまで一夜限りの繋がりをもった女のものだったらしい。彼の高価な身なりを見て、飲みの席で勢い余って――との事。
つまり警察はまだ、マサヤとあの死体が同一人物であるとは気づいていない。でもそうなってしまえば、ことちゃんがどうなるか分からない。
(マサヤ自身の発信は、昨日の配信と三日前のインスティグラムの発言を機に、止まったまま……)
仮に昨日の配信が実は生放送じゃなく録画だったとしても、別の場所、別の人物、その他の映像トリックだったとしても、マサヤの最後の繋がりという因果関係から、ことちゃんにも捜査の手が伸びるのは目に見えている。
それだけはあってはいけない。絶対に――
そんな時だった、ことちゃんからイイネが帰ってきて私の肩が跳ねる。いつもの事だけど、タイミングがタイミングだけに、思わず驚いてしまった。
上半身だけベッドの外側に乗り出して、なんとかスマホをサルベージした私は、その格好のまま、ことちゃんのプロフィール画面を食い入るように見つめてしまう。
正確には、ことちゃんの画面にあるダイレクトメールのタブに――。
「……う、ぁ」
全世界、不特定多数の人間が溢れるツイッティーで、さっきの写真をさらすことは出来ない。でも、それがもしもことちゃんだけならそして、この写真がもしも、ことちゃんにとって後ろめたい事実があるモノだとしたら。
ことちゃんは、私に脅迫された気になるんじゃないだろうか。それってつまり。
「ことちゃんに、ことちゃんに会えるかもしれない――」
でも、そんなの本当にいいの?
そんなことしたら、今まで馬鹿にしてきたリアコのやつらと何も変わらないんじゃないの?
これだって十分、ことちゃんにとって迷惑な事じゃないの?
いつしか暗転してしまったスマホの画面に自分の顔が見える。そこにいたのは、憐憫や激情に駆られた自分の姿ではなく、期待に目を潤ませて、頬を赤くする女しかいない。
推しに、大好きな人に会える。その誘惑の前では、自分のプライドなんてもう有って無いようなものだった。
レッテルキマイラ システムロンパイア @Ronpire
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