四人家族・6カップル

泡沫

「朝ドラ俳優・関守真紘 W不倫!? 泥沼離婚待ったなし!?」

 関守真紘せきもりまひろは朝ドラにも出演する人気俳優であり、個人事務所『モリセキ』の社長である。


 だから、そんな報道が出れば世間は荒れる。


 「だーから、気をつけてって言ってたじゃないですか」


 その社長室で、マネージャー兼秘書の奥橋亮太おくはしりょうたがため息をつきながら、ダレてる社長をツンツン突いた。


 「……気をつけてたさ。というか、俺らはやましいことはなんもしてない」


 社長は、その姿勢を一切直さずに、そういった。


 「そりゃ、当事者である君たちの中に問題はないでしょうよ。俺は知ってますし、実際、それでうまくいってる」


 「だろぉ?誰にも嘘ついてないし、誰も傷ついてない。」


 「だとしても、世間はそうは言わないんですよ」


 (うわ、面倒ッ、しょんぼりしてる大人超面倒)


 ピシャリと言われて、余計にダレた関守は


 「はあぁぁ…………ゆーか、呼んできて。」


 と言った。


 「はいはい」


 左の薬指には3つの宝石が埋め込まれた指輪が輝いていた。




 『モリセキ』は少数精鋭の小さな会社であるから、化粧室などの福利厚生関連の部屋のほかは、応接室と社長室とあと一部屋しかない。


 「塩成しおなりいるか?」


 「なんでしょう、奥橋さん」


 静かに立ち上がった彼女は、ついさっきまで社内でジャージでパソコンをいじっていた。


 「社長がお呼びです」


 その言葉を聞いた瞬間、あからさまに不機嫌オーラを発して座り直した。


 「頼みますから、あれでは仕事にならないので」

 小声でこそっと頼み込んだ。


 「……ふぅ。自分の機嫌は自分で取れっての」


 悪態をついてから、もう一度立ち上がると、他の社員の生暖かい視線に見送られ、社長室に向かった。


 「失礼します」


 ノックをして入った瞬間、関守は机に伏した状態からちらりと顔を上げて、彼女を見た。


 「ゆーか」


 明るい声で希望を見たように言った


 「何か御用でしょうか」

 彼女は努めて平坦に言った。


 「ゆーかぁ……」


 次の瞬間、絶望したように言った


 塩成夕花しおなりゆうか、彼女は『モリセキ』のIT担当社員である。塩対応で有名だが、彼女自身、悪意はない上、心の底ではかなり情に厚いこともまた知られているため、社内では好感度が高い。


 「そんな他人行儀な態度は寂しいよ」


 捨てられたチワワみたいな表情が心を揺さぶる。


 「ぐっ……公私混同はしない主義なので」


 (……可愛いッ)

 塩成は心の中で葛藤する


 「じゃあ、今休憩にするから。社長権限で有給にするから」


 「公私混同甚だしい職権濫用じゃないですか」


 思わず突っ込んでしまった。


 「それでもいい、今はゆーかを補給させて。」


 ゾンビのように歩いて近づいた関守は、秘書がいるにも関わらず、彼女を抱きしめた。


 「んー、いい匂い」


 「汗臭いだけですけど」


 「敬語もダメ、今は仕事じゃないんだよ?」


 彼女の左手をとって、薬指の指輪に口付けた。


 「ね?」


 「ここは社長室です、それに奥橋さんもいますッ」


 と言って後ろ向くと、すでに奥橋は退出した後だった


 (会社の秩序守れよ秘書ッ)


 「よそ見しないで」


 顔を自分に向けさせて、キスをした。


 「今は俺との時間だよ」


 「……誑し」


 「それでもいいよ、4人でいられるなら なんでもいい」


 もう一度キスをした。


 


 しばらくして、関守は落ち着いたのか秘書の奥橋を呼び戻した。


 「それでは、話を進めます」


 「……私の状態はスルーなんですね そうなんですね」


 塩成を膝の上にのせた状態で、奥橋と関守は会議を始めた。


 「謝罪は論外として、どう声明を出すか、ですね」


 自分の言葉が全く無視されると理解した塩成はそれならいっそと、無視したまま自分の業務を始めた。


 「下手な謝罪はただ炎上に油を注ぐことになるからね」


 「塩成さんは今回の報道についてどう思いましたか」


 急に振られた彼女は驚いたがすぐに答えた。


 「漢字のバランスがとてもいいですね。字面が完璧。特に、泥沼離婚のところ。書道とかの課題にどうですかね」


 「ゆーかッ」


 関守が悲壮感をあらわにして叫ぶ


 「冗談ですけど」


 しれっとして作業に戻った


 「真顔で冗談言わないでって」


 「……大事なのは、損害賠償のほうでしょう。詳しくは知りませんが、何らかの広告塔になっていた場合には……あるんじゃないですか」


 「これを見越して、変にクリーンなイメージが必要なタイプはあまり受けてきませんでしたから、最小限で済むと思います。それに、社長が運用して、かなりお金に余裕はあるので」


 「そうですか。なら、給与上げてください」


 「検討します」


 奥橋はすかさずそういった。


 「さすがはゆーかっ!俺を信じてくれるんだねっ!」


 ハイテンションで関守が塩成を抱きしめると、彼女は作業の邪魔と手を払い除けた。


 「信じるもなにも、最初からわかってたことじゃないですか。確かに、私と社長は法律上婚姻関係にありますが、私たちの関係は四人でひとつですから。」


 彼女の左薬指の指輪にも3つの宝石が輝いていた

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