Epilogue「あたしたちのウェディング」
契約完了。日取りも決めた。ドレスがないのは寂しいが、指輪はサイズを合わせて用意した。
バタバタ慌ただしい準備はひとまず終わり。二人は仲良く手を繋いで森へと駆け出した。初めに用意した式場は、物騒な人達の接近により急遽予定を変更。東サザナミ森はずんぐりむっくり大木。紫の実を鐘のようにつけたそこが、二人の門出を祝う新たな結婚式場となった。
「あんっ! ダーリン、そうじゃないわよ」
手渡した指輪を自身の指に嵌めようとするダタールに、パーシアは叫んだ。指輪は針金で作った輪に白いレースを被せた、パーシア特製の即席指輪だ。
「もうっ、今やってるのは指輪交換なのよ? ダーリンがあたしの指に嵌めて、あたしがダーリンの指に嵌めなきゃ。それが結婚式のしきたりなのよ?」
「ああ、ごめん。そっか東部式だね。てっきり西部式だと思ったよ」
「せ、せーぶ式?」
「そう。フロイドル氏の『白色回想録』にそのことが綴られていたんだ。彼の妻であるナターリヤ女史は西側の出身だったから二人の結婚式は女史の家のしきたりに合わせて……」
「わ、わかったわダーリンっ。じゃあ、その『とーぶ式』にしましょっ。とにかく、その指輪をあたしの指に嵌めてほしいのよ」
「そっか、じゃあ……」
と、指輪を摘まみ直して、ダタールは眉を顰めた。
「って、そうじゃないよパーシア。これだと君の指には入っても、僕の指輪はなくなってしまうけど」
「え? あらやだホントだわ。渡す指輪、間違えちゃったみたいね。うっかりしちゃったわ」
二人は正しいサイズの指輪を摘まみ、今度こそ互いの左手を取って、相手の薬指に指輪を嵌め込んだ。神父の言葉もなく誓いのキスをして、にっこり微笑み合い、無人の式場に目を向ける。
落ち葉が散らばるバージンロード。恭しく頭を下げる枯れ木の群れ。空も曇りで殺風景ではあったが、二人で歩いた道だった。
二人はその傍に、リズとグラシコフ、そしてアンヌの幻想を見た。三人は何も言わず、柔らかな笑顔で式を静かに見守っている。彼らにそっと微笑み返すと、パーシアとダタールは、改めてお互いを見つめた。
運命を定めし人の子よ……
そのとき、二人の背後で声がした。大木に空いた穴から、生ぬるい風と、甘いような辛いような変な匂いと共に、低く温和な女性の声が聞こえてきた。
「あら、神父様かしら?」
「え、まさか。女性の声だと思うけど……」
数多ある道の中で、我は主と子と共に八百年の眠りにつくことを決めた
そなたもまた愛と孤独の果てに、自らの運命を愛する者と共にすることを選んだ
人の子よ、我が祝福を賜らん
我が意志を継ぐ命の実が、
そなたの未来を照らす灯火とならんことを……
「まあ、親切にどーもありがとう。いただくわ」
重く垂れた一本の枝。その先に一つだけなった紫の実に、パーシアは手を伸ばしてプチッともぎ取った。固いと思っていた実は、触るとぐにぐにしていて柔らかかった。パーシアは実を揉み解しながら、傍に立つダタールを見上げた。
「これ、どう? 美味しいかしら?」
「さぁ……どうだったろう」
パーシアは大きく口を開き、勢いよく実に被りついた。少し噛んだところで、パーシアは激しく顔を歪めた。
「うっ! ダーリン、苦いわ、苦いっ!」
だが、苦しげだったその顔も、徐々にうっとりと紅潮していった。
「あ……でも、ちょっと甘いわね」
空が祝福するように、二人を純白の光で包み込んだ。
大きなウェディングベルの音を、耳を劈くばかりに響かせて。
おしまい
あたしとあなたはLonelyLover 野々露ミノリ @minori_airport
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