エピソード 1 「師匠と弟子 姉と妹」
風が穏やかに吹く広い草原。その中に突如としてけたたましい轟音と爆風が広がった
そう。この草原で魔術訓練を行っていたのだ。
草原には二人。
師匠と弟子だろうか。
長いローブに身を包んでいる。
一人は10代半ばの少女。
もう一人は30代ぐらいの美しい女性。
二人共杖を持っている。
この特徴からしておそらく二人は
<魔女>なんだろうか。
長くに渡り、魔女は人々から迫害の被害を受けていた。
<魔女狩り>なんて呼ばれる横暴なこともあった。
それが普通だった。
だからこそ、自分の身を守れる術を身に付けておく必要があった。
「師匠(せんせい)......。今のはどうだったでしょうか.......?」
さっきの爆発はこの少女の魔法が原因らしい。
「爆発もかなり抑えられていて周囲の爆風も殺傷性はかなり低くなっていますね」
師匠と呼ばれた女性は冷静に分析をする。
「合格ですよ....」
その言葉に少女は顔を赤らめる。
「やったぁ!!!!」
少女の名は「イエナ・エステカルド」その後 <静夜の魔女>として世界を旅することになるとはまだ知るよしもない。
大切な約束を守るために......
「師匠は魔女狩りが怖くないんですか.......?」
イエナは帰り道にそんなことを聞く。
「魔女狩り?あぁ、
師匠は顔色一つ変えなかった。
「確かに普通の魔女なら怖いでしょうが私は違います。」
イエナは不思議に思った。
魔女として生まれ魔女として生きるその姿はまさに理想。
しかし、師匠の考えていることを当時のイエナが理解することは難しかった。
師匠とイエナは国外れの屋敷に住んでいる。
昔は国に住んでいたらしいが、魔女の間で揉め事になり国外れに移り住むこととなった。
師匠いわく、あんな人が沢山いるところにいたほうが危険ですよ。
ということでこっちに移り住んだ。
住んでいる屋敷は師匠が昔、知り合いから譲り受けたもの。
ここには師匠とイエナの二人しか住んでいない。
「よく短期間であそこまで上達しましたね...」
「私が教えたことなんて数えるほどしか無いのに.....」
師匠は残念そうな顔でそうつぶやく。
「師匠の教え方が上手なんですよ?」
イエナは素直に褒める。
「あら、お世辞でも嬉しいわ」
イエナの言ったことはお世辞に聞こえたらしい。
師匠と私は二人共 魔女の国<サイレサ>生まれ。
そして、師匠は過去に人間に直談判をしにいったらしい。
最も、それが効果を表すのはもっと先の話になるだろうとのこと。
師匠が魔女狩りを怖がらないのはそれが原因かもしれない。
ある時師匠にこんな質問をしてみた。
「もし、師匠が魔女狩りにあって殺されたらどうしますか?」
欠点のない師匠がどんな答えを出すのか気になったからだ。
「そうですね....。もし自分が死んだら自分のことを後世に伝えたいですね。」
師匠らしい。そう思った。
「まぁ....少なからずいつかは死ぬと思いますけどね」
師匠は暗い顔をした。
こんな表情をする師匠は見たことがなかった。
「実を言うと、私、帝国に直談判...いえ、交渉に行った時からマークされてるようなんです.....」
信じられなかった。師匠が話したことに今まで嘘はなかった。
だから今答えたことももしかしたら事実なのかもと思っていた。
「それじゃぁ......」
師匠が魔女狩りに狙われているなんて。
「えぇ。私は早いうちに斬首されるでしょうね」
そんな......。
イエナは衝撃のあまり言葉を失った。
「でも、今すぐという訳では無いので安心してください」
魔女狩りの生存確率の低さ、そして計画速度は尋常ではない。
相手は魔女狩りのプロである。
そして.......
最悪の予想が的中してしまったのである。
この話の翌年。
イエナは国にある用事で訪れていた。
それは師匠の手紙をとある魔女へ届けてほしいというもの。
師匠の手紙なのになぜ私が届けるのか......。
自分で届けれない事情があったのだろうか。
そして、イエナは国の門前へと着いた。
「通行証は持っているか?」
門番の魔女がイエナに問いかける。
「その....。師匠に手紙を届けてほしいと頼まれまして...」
イエナはここへ来た理由を話した。
通常、魔女ならば通行証は必要ない。
ここは魔女の国だ。
魔女にとっては安泰の場所である。
一部例外を除いて....。
そう。イエナは師匠とともにこの国を出た。
国を出たからもうこの国の魔女ではないというわけだ。
「師匠....?あぁ、イェンカのことか」
師匠だけでわかるなんてやっぱり師匠はすごく名が通っているのだろう。
「あいつ、人間に勝手に直談判した挙げ句ステレナ様に激昂されて国を追い出されたみたいだな」
「確か、弟子をとるとか言ってたような.....」
あ、それ私のことですね。
師匠ぉ。完全に不評極まりなく名が広まってますよぉ.....。
「お前....イェンカの弟子か?」
そうですよ。何か文句でもありますか?
「いや.....。お前の魔力量...とんでもない量なんだが」
魔力量?たしか師匠が「魔法を極めれば魔力認識力が大幅にアップします」とか言ってたっけ?自分じゃ意識したことなかったけどそんなに多いのかな.....
「イェンカの魔力量を遥かに超えてるぞ?あいつの魔力量もすごかったが
お前はステレナ様並だぞ.....」
ステレナ様?って確か前の統治者だよね.....
国の統治者は数年に一度交代する。
魔女狩りの被害を防ぐためらしい。
「そんなに多いんですか?」
そう答えると門番の魔女は呆れた顔をしていた。
「まさか......魔力認識ができないのか?」
自分、まだ未熟者ですので.....
「だとしたら気づかないわけだ」
そんなに多いの?
どのくらいか気になる。
「えっと.....大体どれくらいでしょうか?」
「そうだな.....イェンカの魔力量が確か10000ぐらいだった気がするな」
師匠ってそんなに魔力量多かったの?
「9000000.......」
え?今なんて?
「900万だぞ......お前の魔力量.私が測ってこれならステレナ様が測ったら一体どんなバケモンになんだよ.....」
魔力認識は基本的に魔力量に依存する。
魔力量の近い者のほうがより正確に認識することができるのだ。
「はぁ....とにかく手紙を渡しに来たんだろ?通っていいぞ。」
色々時間はかかったがようやく国へ入ることができた。
手紙には場所が記されている。
行く道中、いろんな魔女に見られた。
きっと魔力認識を意図せず行っているからだろう。
魔力量900万......。バケモンだ。
「ここって、<*魔女組合>....だよね?」 *知らない人はエピーソード0を参照
こんなところにどうして師匠が?
「すみません.....」
*魔女連邦組合には行ったことがあったが、<魔女組合>に行ったことはない。
*師匠の付き添いで一度だけ
<魔女連邦組合>その細かな実態は深く知られていない。
一説によれば人間に対する反旗を計画しているとか.....
扉を開けるとそこにはエントランスが広がり正面に受付があった。
「あのぉ......これを渡すように頼まれたんですが......」
受付の魔女に尋ねる。
「これを.....ですか?」
暫く待つようにと言われ受付の魔女は奥の部屋へと入っていった。
「待たせたのぉ。」
部屋の奥から受付の魔女とともに出てきたのは私より少しだけ幼い一人の少女
「誰でしょうか....?」
全く見たことのない少女だった。
「妾か?妾はこの魔女連邦組合を取り仕切る<静夜の魔女>ステレナじゃ」
静夜の魔女....ステレナ?ステレナ.....まさか.....ね?
「ステレナ様って前の統治者様だったりしますか?」
そんな偶然があるはずがない。
サイレサの統治者は数年おきに変わり前統治者がどうしているかは知られていなかった。
そして、今の統治者に変わったのが私が7歳になったばかりの時。
つまり、ステレナ様が統治されていたのは9年も前のことになる。
門番の魔女が言っていたような.....
普通ならば目の前の少女がステレナ様だとは信じがたい。
しかし、目の前の少女。魔力密度がとてつもなく濃い。
「そうじゃ。妾がいかにもサイレサ国前統治者ステレナ本人じゃ」
勘は当たったようだった。
目の前の幼.....少女がステレナ様......
とても信じられなかった。
「今は混乱しておると思うが無理に理解しろとは言わない」
(妙に
「それより、この手紙.....イェンカ本人からの預かり物か?」
そうだった。この手紙の内容.....暗号のような文字が並べられていて、読むことができなかった。相手に渡せばわかると言ってたけれど一体何が書いてあったのか....
「この手紙......魔女狩りの予告声明じゃぞ......」
え?魔女狩りの予告声明?でもどうして師匠がそんな手紙を?
「おい、お前名はなんと言う?」
そうだ...名乗るのを忘れていた。
「えっと...イエナ・エステカルドです」
私の名前を聞いた瞬間、ステレナ様は驚いたような顔をした。
「エステカルド.....おぬしまさかあのエステカルドなのか?」
どのエステカルド?私には何を言っているのか分からなかった。
「とりあえず、妾についてこい....」
そう言うと私はステレナ様に付いて魔女連邦組合を下へと下っていった。
周りが硬い壁で閉ざされた地下らしき場所。
目の前には大きな扉がある。
「よいか...部屋に入る前に言うておくことがある」
なんだろうか.
「お前の出生に関することじゃが、お前は血の交わりがない」
?血の交わり....混血ってこと?それって普通はありえないんじゃ.....
魔女は女性しかいない。
男性がいないため、子を残すことができないのだ。
なので、魔女の古き友人「魔術者」の力を借り子種を貰い受け
子孫を残しているのだ。故に血の交わりが起こってしまう。
本来の魔女ならば混血を嫌うがそれは昔ならの話である。
今は魔女狩りによって多くの魔女が殺されている。
子孫繁栄以外に生き残る選択肢はない。
そして、血の交わりがない
それはすなわち<純血>を意味する。
<純血>と<混血>には寿命の点で大きな違いがある。
<純血>の魔女は肉体の成長速度が異常に遅くまた、老化速度も成長速度以上に遅い。
しかし、<混血>の魔女は血の交わりにより人間と同等に成長し老化をする。
「妾もお主と同じ純血の魔女じゃ」
ステレナ様が純血の魔女?
今までのことにすべて納得がいく。
純血ならば成長が遅く老化も遅い。
しかし、精神は時と共に成長していく。
ステレナ様の見た目と中身のギャップはこれが原因なのだろう。
「この国の統治者は全員<純血>または子の代まで<純血>で今は<混血>の者が多い。」
「統治者を数年に一度変えるのもそれが一番あるじゃろうな」
そう、子まで純血で孫の代で混血という話もよく聞く。
純血を多く入れたほうが長く生きられ後世に魔女を多く残すことができるからだ。
しかし、魔女狩りの影響があり、純血の魔女の多くは殺されてしまった。
今の魔女の殆どが混血である。一部の魔女には半分純血の血が混じっているらしいが。
全く血が入っていない(交わっていない)魔女はそれより少ないという。
ちなみに師匠も親の代まで純血だったらしい。
師匠が年を取るのが早いのはこれが原因と前に言っていた気がする。
「この部屋には半分純血もしくは<純血>の魔女でしか入ることはできない」
「この国に関する資料が数多く保管されているからじゃ、昔の魔女も考えたものじゃのう」
ステレナ様いわく、この部屋には建国当時の初代統治者が残したある記録があり、そこに私の出生が記録されているという。
「では、入るぞ」
そう言うとステレナ様は扉を開けた。
部屋の中は巨大な司書室のようなものになっていてあちこちに本やら資料やらが散乱している。
暫く進むと一つの石碑が建っていた。
初代統治者ーアステラ・エステカルド
そう石碑に刻まれていた。
「これが....?」
石碑には古代文字のようなもので文章がつづられていた。
「そうじゃ。初代統治者 アステラ・エステカルドが建てたとされている石碑
これに一つ興味深いことが書かれておってな」
私には全く読むことができない。
「何て書かれてるんですか?」
文章の短さからして名前だろうか?
ここに我が子孫。
イェンカ・エステカルド
イエナ・エステカルド
の名を残し、我が意志を伝えんとする。
ーサイレサ国 初代統治者 アステカ・エステカルドー
「と大体こんなことが書かれておるな」
あれ....?イェンカ・エステカルドって師匠と名前が同じ....
「気付いたようじゃの。そうじゃお前とイェンカは血の繋がりがあるのじゃ」
「しかし、イェンカの方は半分じゃがな」
「イェンカはアステカの血を半分のみ受け継いでおるのじゃ」
「じゃが、お前は違うようじゃの」
え?でも師匠と血が同じなら自分も混血になるはず。
「お前はアステカから生まれたのじゃ」
魔女から魔女が生まれる?そんなことってできるの?
「え....でも」
「そうじゃ。通常なら血の交わりが必要になる。魔女単体では子供は作れんからの」
頭が混乱してきた。
「しかし、初代統治者は違ったようじゃの」
昔、師匠に教えてもらった気がする。
純血の祖は自分のみで子孫を残したっていう逸話があるって。
師匠の話に嘘はないんだ....
「お主もこの逸話は知っておるじゃろう。純血の祖アステカが神より子孫を授かる物語を」
じゃあ.....私は神の子?
「違うぞ?正確にはアステカの純血を受け継ぐ子を神から授かったわけじゃから
神の子ではない。」
めまいがしてきた。
情報量が多すぎて処理が追いつかない...
「そして、イェンカはお前のあとに生まれた。お前はイェンカの姉にもなるな」
師匠が私の妹......
信じられない......
「そして、お前がさっき持ってきたこの手紙じゃが」
「イェンカの暗殺予告みたいじゃの」
師匠が暗殺?
「具体的には3日後にアステハイド王国の大広場にて斬首すると書かれている」
3日?もう時間が........
「魔女狩りが行われない可能性は.......?」
少しの希望にかけてみる。
「残念じゃが、それはないのう。魔女狩りの予告が来た者は全員もれなく殺されておる」
そんな......師匠が死ぬなんて........
「人間は頭が働くからのう....我らが気づかぬ間に魔女狩りが行われることだってある」
イエナはこぼれそうな涙をこらえながらステレナ様へ問いかけた。
「せめて、最期の瞬間まで......」
悲しみで言葉が出てこなかった。
「もちろん妾もそのつもりじゃ」
でも、一体どうやって?
魔女だとバレたらそれこそ危ないんじゃ?
「お主が考えていることはおおよそ察しがつく、
じゃが、安心せい。お主、イェンカに変術の魔法は教わっているであろう?」
そうだ。<変術の魔法>師匠に一番最初に教え込まれた魔法。
自分の姿を別人へと変える魔法。
魔女が学ぶ基礎中の基礎の魔法。
師匠との思い出の魔法........
「はい.......一番最初に教え込まれました」
まさか、こんな風に変術の魔法を実践することになるとは。
「なら良い。あれは魔力消費が激しいからのう。まぁお主からすれば水を出すようなものじゃろうが」
魔力量が多いのもはじめからお見通しらしい。
「ここからアステハイドまでは結構な距離がある,今から行っても間に合わんじゃろう」
「通常のやり方ならじゃが」
通常のやり方なら.....?
ステレナ様一体何をするつもりなんだろうか。
「転移門<ゲート>を使う!」
<ゲート>物体や生命体を移動させる魔法門。大幅な移動時間を短縮することができる。
しかし、<ゲート>を使うには緻密な魔力制御や魔力認識が必要となる。
「ゲートを本当に使うんですか.......?」
そう。ゲートは利便性が良いからこそ使用者の魔力的負担が大きく伴う。
最悪の場合、魔力が空になることだってあり得るのだ。
「あぁ、じゃが妾の使う門は少し特殊でな。」
そう言うと資料室の扉に手を当て意識を集中しだした。
「できたぞ」
その言葉とともに資料室の扉が開いた。
「これは.......」
目の前には大広場が広がっていた。
「妾の扉は行きたい場所に直接門を作ることができる、しかし、距離と同等の大きさの扉が必須でのう....使い勝手が良くないのじゃ」
なるほど。
あれだけ魔力消費がはげしい魔法だ。扉から具現化すれば消費量は比にならない。
だからこそ、この大きな扉を媒介にする必要がある。
「ちなみに向こう側からはこちらを視認することはできないから安心していいぞ」
それもそうか。向こう側から見えてしまったら自分たちの居場所を教えているに変わりない。
その点もきちんと考慮してあるのだろう。
「どうする?今から行って待つか?用意は既にできておるが」
心の準備が........
まさか生きているうちに魔女狩りを見ることになるなんて。
魔女狩りは基本的に起こってしまった場合は黙認が鉄則。
魔女狩りを邪魔してここまで狩りに来られたらそれこそ、この世の終わりだからだ。
どんなに酷い結果でも黙って見なければならない。
昔の魔女たちだってきっとそうしてきたはずだ。
けれど自分の心の何処かで決断できない自分がいた。
痛たっ......
何??急に頬に痛みが。
「しっかりせんか!お主は初代統治者の血と意思を受け継ぐものじゃろう?
妹の叶えられなかった分もお前が叶えればよかろう!」
「今、悲しんだところで魔女狩りの事実は変わらぬ、お主も魔女に生まれ魔女として生きると決めたからこそイェンカに教えを乞うたのじゃろうが」
「何を今更、怖気づいておる!」
そうだ....。師匠とこの国を共に出たあの日から。
「ようやく決断ができました」
最期まで.........弟子としてそして血を分ける姉として...
「うむ、では行くかの」
そうして私とステレナ様はゲートをくぐった。
次話 エピソード2 魔女の決意そして旅立ち
魔女の冒険譚 〜イエナ・エステカンドの手記〜 黒川宮音 @kurokawa_miyane
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